● いつもの応酬
オニキスは、元孤児の魔術師だ。
変わり者の王子に拾われ、変わり者の魔術師に魔術を学んだ、やはり変わり者の少女。
その口調は丁寧なのか敬語なのか、それとも不遜なのか。一つだけ言えるのは、年頃に差し掛かりつつある少女のものでは断じてない、ということぐらいかもしれない。
普段、彼女は師匠から譲られた愛用の杖しか荷物を持たなかった。彼女が得意とする黒の魔術は他のものと違って、触媒を必要としない。必要なのは体内に生まれ持つ魔力のみ。
黒の魔術は、黒を操る。攻撃性も補助性もない特殊なものだ。たとえば相手などの影を使って敵を拘束するというのが、最も使われる頻度の高い魔術だろうか。
それ以外にも、呪術の類の気配にも敏感で、一つの城に一人は必要な人材。
オニキスは、まさにその『黒の魔術師』だった。
他の緑や青や赤といった魔術と異なり、黒には『得意とする一族』が存在しない。ある日突然どこからともなく、その才能を持ったものがポンっと生まれてくる感じだ。
なので、国によっては数百年、黒の魔術師がいないなんてところもあるという。
どこの場所でも需要に供給が追いついていないので、黒の魔術師の才能がある子は生まれてすぐにしかるべき教育を受けさせるべく、親元から引き離されることが多かった。
それが罪人の子であろうと、孤児であろうと、罪人そのものであろうと。才能があるだけで彼らは、貴族やそれに順ずる名家で構成された魔術師の世界へ、投げ捨てられてきた。
希少価値や生まれゆえに妬まれ、あるいは忌み嫌われるばかりの世界に。
ヴェルネードに拾われたオニキスも、そんな子の一人。幸いにも罪人の類ではなく、ごく普通――というのもなんだが、どこにでもいる孤児院に捨てられていた、ごく普通の孤児だ。
元々、闇のような黒髪と黒い瞳のせいで、それなりに嫌われていたオニキス。
だから、魔術師の世界に放り込まれ、いろんな反応をぶつけられても、さほど日常としては変化など感じなかった。それよりも、ヴェルネードの傍にいられることが嬉しかった。
「んー、ほんとーに、幸せでよいことだね」
オニキスはいつものように、王子の部屋の傍をうろつく。
他の系統の魔術の才能にも恵まれていたオニキスは、ヴェルネードが求めたこともあって直属の魔術師になれた。これで、大義名分をもって、傍にずっといていい理由を得たわけだ。
直属とは、護衛もかねている。四六時中一緒にいなければいけないわけではないが、基本的にオニキスはヴェルネードの傍から離れない。必ずその気配を読める場所にいる。
今日も、彼の仕事の邪魔をしないよう、離れた場所にいたのだが。
「ふん、ついに捨てられたのか」
現れたのは、緑のラインが入った黒いローブをまとう、金に近い茶髪の男。
ヴェルネードの友人で幼馴染で、そして彼の長兄の直属の魔術師だ。
名をジェイといい、それなりに格式ある貴族の次男、とオニキスは聞いている。しかし彼女にとっては初めて会った頃から露骨に毛嫌いし、顔を合わせる度にあれこれ言う相手だ。
昔はその容赦のない嫌味の前に、泣いてばかりだった彼女だが、もう十四歳。
成人まで数年という、ほどほどに大人なお年頃になった。
いつまでも、言い負かされて泣かされるばかりの、お荷物ではない。
「で、三桁の女性を抱いては捨てお付き合いしては捨て婚約しては捨てた、家柄も人柄もすばらしく出来上がっている貴族令息様が、この僕に何か御用なのかな? 決闘はお断りだよ」
「……相変わらず野蛮な魔術師だな。口の利き方もあのジジィと同じで、虫唾が走る」
その言葉に少しだけ、オニキスの中で怒りが生まれた。
何だかんだで、その『ジジィ』が今のオニキスを支えている。彼が授けてくれた黒の魔術がなかったら、今頃、ヴェルネードの傍にいるどころか城にすらいられなかったはずだ。
確かにヒトとして、いろいろおかしいところはあった。
だが、初対面から人を見下す『お貴族様』に、なんら劣るところなどない。
彼は立派な、オニキスの師匠だった。
「相変わらずそこの緑は、ぴーちくぱーちくキャンキャンキャンとうるさいね」
「オレは、ジェイだ。緑は称号で、魔術質のことで、名前ではない!」
「はいはい、緑。うるさいからちょっとお静かにした方が、いいんじゃないかなと思う」
「貴様……っ」
「そろそろ用事があるんで、僕はさよならするよ」
怒りか何かで震えるジェイを残し、オニキスはヴェルネードの部屋に向かう。
幸いというか、いつも通りジェイは追いかけては来なかった。
彼には彼の仕事がある。そもそも、オニキスにつっかかっているヒマさえ、本来なら惜しむべきはずなのに。そんなに王族に大事にされる孤児が、気に入らないのだろうか。
まぁ、それはどうでもいい。
今はもうすぐ到着するという、隣国の王女スピカの方が重要だ。彼女の来訪は自身の見聞を深めるためにこの国に来るという名目だが、実際のところはヴェルネードとの縁談だろう。
「僕のおめがねに叶うのかな、お姫様」
実に失礼なことを言いながら、オニキスは主の部屋に向かっていった。