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ある兄と弟の話

 その日、リアンは久しぶりに実家を訪ねていた。

 普段は城下町に構えたアトリエに、引きこもっている彼の久しぶりの外出である。アトリエと彼は呼んでいるが、それは世間一般的には『豪邸』であり、実家も家というより城だが。

 一応、彼は第二王子という立場だった。

 もっとも、まったく夜会の類に出なかったので、時々存在を忘れられているが。

 しかしそれは望むところで、いっそ王族から籍を抜いてもいいとさえ、リアンは結構真剣に考えていた。そのたびに家族会議が行われ、本人以外から笑顔で却下されているけれど。

「あぁ、めんどくさい」

 呟きながら、彼は久しぶりの城内を歩く。

 顔見知りの侍女が、幽霊でも見たかのように一歩下がるのも慣れた。

 それくらい、自分が城と縁遠くなっている証だから。


「おや。珍しいのがいるね」


 くすくす、と笑いながら声をかけられる。階段がある吹き抜けのスペースで、ゆったりと休憩している二人の男がいた。一人は少し暗い色合いの、銀髪の男だった。

 厄介なのにあってしまった、とリアンはため息をこぼす。

 彼はセレスティア。リアンより三つ上の二十八。

 同じ父と同じ母を持つ、実の兄弟である。

 なお、彼の傍にいるのは側近でもある『緑の魔術師』ジェイ。その瞳には疲れがにじんでいて哀れでもある。その原因はセレスティアで、彼は笑みの奥に獰猛な牙を隠していた。

 あぁ、遊ばれるんだな、とリアンは我が身の不幸を憂う。

「久しぶりだねリアン」

「そうですね。兄さんもお変わりなく」

「あぁ」

 くすくすと笑う兄が、どうにもリアンは苦手だった。

 というより、怖かった。下の弟ヴェルネードは長兄を慕っているが、それは彼の恐ろしさを知らないからに他ならない。そして、彼が恐ろしさを知る日は、きっと来ないだろう。


 万が一にも、あの『黒猫』を手放したら――さて、どうなるやらとは思うが。


「ここにいるってことは、またルチルを怒らせたんですか」

「……別に、怒らせたわけじゃ、ないよ」

「俺の目の前で致そうとするからだ、この万年発情期のケダモノが」

「だって、ルチルがかわいい格好をするから……」

 しゅんとした様子で、セレスティアは言う。

 何でも、彼の最愛の奥方ルチルは、久しぶりにドレスを新調したらしい。夜会用の、少しだけ露出のある派手目のドレス。何でも知り合いの令嬢に、挑発されてのことらしいのだが。

「それがね……すごくかわいくてさ、つい」

「いそいそと、夫に見せに来た彼女を押し倒したんだ」

 俺の前で、とジェイが深くため息をこぼす。

 後のことはもう、見ずとも光景を思い浮かべることができた。人前でキスされるのさえ恥らうような『常識人』である彼女は、夫の行動に慣れているとはいえ大激怒。

 部屋をたたき出され、寂しくここですねていたのだろう。


 身内ながら、泣きたくなる愚兄である。

 これでも次の国王だし、王子としては申し分ないのがもっと悲しい。


「ふ、リアンにはわからないさ。愛に狂った男の悲哀なんて」

「正直、妻に『犯罪者』呼ばわりされる夫、というのは頼まれてもごめんですが。あいつみたいに子供を言葉巧みに誘い出して、自分のテリトリーに囲ったりもしませんし」

 と言い、リアンは弟ヴェルネードのことを思い出す。

 隣国のスピカ姫とのあれこれの話があって、だいぶ日にちが過ぎている。しかし、彼女はすでに自国に帰ってしまった。それ以降、縁談が進んだなどという類の話はまったく聞かない。

 周囲の貴族は残念がっていたが、リアンからすると当然の成り行きと思えた。

 なぜならば、彼の弟ヴェルネードは、最愛への執着というだけならば兄セレスティアにも負けないほどのものを持っている。さすがのセレスティアも、子供を誘拐はしていない。

 孤児院から、いきなり小さな子供を連れ帰ってきた第三王子に、城は騒然とした。その子は黒の魔術の才能があったので、流れるままに『黒の魔術師』になったのだが、彼はさも当然といった様子で、あの子を欲しがる周囲を完全に無視して自分の傍に囲ってしまった。


 それは、きっと今も続いている。

 姫が帰っていったのが、何よりの証拠だ。


 しかし、姫との縁談を進めたかった貴族は少なくない。あの子――兄弟が『黒猫』と呼んでいるオニキスという少女は、才能こそ稀有だが少女で、孤児だ。

 調べられるだけ調べたらしいが、物語のように貴族の隠し子というわけでもない。

 いくら当人が望んでも、そううまくはいかないだろう。

 兄として弟はやはり心配なので、形ばかりの王子でも何かできないか。

 そんな思いを持ちつつ、久しぶりの帰宅となったのだ。もっとも、未来の国王夫妻が味方となっていれば、よほどのことでもない限りは二人の仲を引き裂くことなどできない。

 ルチルがオニキスを気に入っているから、セレスティアは愛する妻の笑顔のために、怖気で凍りつくような微笑を浮かべて『敵』を合法かつ穏便に始末するだろう。

 わかっていて、じゃあなぜ城に来たのかというと、やっぱり心配になったからだ。

 城にいなければ耳に入らない、そんな話も少なくはない。味方をするのなら、それなりに情報を仕入れなければ、ジャマをすることになってしまうかもしれないのだ。


「兄さん、ヴィーはどうなったんですか?」

「ヴィーかい? あいつなら……まぁ、なんだ。昔の私と同じことしてるよ」

「……拉致監禁ですか」

「本人がむしろ望んでいる、という違いはあるけどね。羨ましい。私なんてね、散々引っかかれたし蹴られたし、もう少しで少々いけない薬まで使おうかと思いつめてしまったよ」

 さらりと危ない発言をする未来の王は、遠い日のことを思い出してため息をひとつ。

 ため息をつきたいのは彼以外の全関係者だが、言うのもムダだ。

 彼がお見合いで見初めたルチルを、強引に連れ去ったのは記憶に新しい。その見合い相手が自分だったことは、リアンの今生最大にして最悪最強の不幸である。

 まぁ、要するに弟の見合い相手を連れ去って拉致監禁し、政略という檻と既成事実を作ったうえで結婚したのだが、とりあえずは幸せそうである。たまにはた迷惑なケンカをするが。

「ま……大丈夫そうなら、それでいいんですけどね」

「心配かい?」

「弟ですから、ヴィーは」

 せっかくだから会ってきます、とリアンは兄に一礼し、背を向けた。



 弟の部屋に向かう彼を、見送るセレスティアは。

「お前も、一応『弟』なんだけどねぇ……これでも心配しているんだよ、私なりに」

「じゃあ少しぐらい、兄らしい姿を見せたらどうだ」

 などと言い合う、主従の姿があった。

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