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望んだのは腕の中

「好きだよ」


 やっと、言えた。

 ずっと言いたかった言葉。告げたかった。

 しかもさっき聞いた彼の言葉は、あれはどう解釈したって――プロポーズ。

 ずっと一緒にいていいよって、オニキスは言われたのだ。


「俺もだ」


 告げて、ヴェルネードが近寄ってきて、オニキスを抱きしめる。一度は手放して、二度と得られないと思ったぬくもり。そのすべてを身体に染み渡らせていく。

 だが――問題はある。

 オニキスが現在、何の力も立場もない『孤児』であることだ。なにせ、せっかくの職場もすでに退職してしまった。これから彼の傍にいるためには、いろいろと面倒である。

 いっそ侍女として再就職でもしてしまおうか。

 ……などと考えていると、ふわりと抱き上げられた。

 俗に言う、お姫様抱っこというやつだ。

「ヴェルネード?」

「……」

 彼はオニキスを横抱きにしたまま、彼が走ってきた道を戻っていく。途中で追いかけてきたらしい数人の兵士と合流するが、彼らの言葉をヴェルネードは適当に流していた。

 城に到着すると偉い人――としかオニキスはしらない貴族が、血相を変えてやってきて。

「ひ、姫様が!」

 今にも死にそうな声で、ヴェルネードの前に立った。

 そこで、オニキスはスピカ姫のことを思い出す。名目は違うけれどヴェルネードと結婚するためにやってきた、隣国のお姫様。誰もが、彼らの婚姻を望み、認めるだろう姫君。

 一応、その背を押したオニキス的に、この状態は見られるとちょっと厄介だ。

 というか、あのことを蒸し返されると、やっぱり恥ずかしい。

 特にヴェルネードなんかは、一度怒ったし、改めてまた怒られてしまうだろうか。その時こそ貞操が風前のともし火を通り越して、完全に消えてしまうかもしれない。


 あぁ、将来設計がかなりあさっての方向へ、鳥より早く飛んでいく。

 もう流れるまま、流されてしまおうか。

 どうせ、どうにかするだけの力などないわけだし。


 そんな諦めの境地に至ったオニキスを他所に、貴族とヴェルネードのにらみ合いは続く。

 ――いきなり飛び出した王子は、戻ってきたら元魔術師を抱えていた。

 そして彼は。

「俺は姫とは結婚しない。俺の伴侶は、ここにいる」

 などと宣言したのだ。

 オニキスが、どういう存在なのか。城の関係者ならみんな知っている。ある日、王子が誘拐同然に連れ帰ってきた、黒い娘。そのまま彼の魔術師となって、本日をもって退職した。

 それがなぜか、王子の伴侶として戻ってきている。

 すっかり姫との縁談が調ったと思っていた側からすると、意味不明に違いない。

「ひ、姫に何と言えば」

「向こうからはそれらしい話は聞いていない。それで通せばいい」

「ですが……」

 何か言おうとするのを放置し、ヴェルネードは歩き出す。

 周囲の戸惑いは、オニキスの戸惑いでもあった。誰がどう見たって、それこそオニキスが見たって、二人の関係は確かなものだった。それが実を結んだ直後に、この状態である。

 確かにこれは、オニキスにとっては好ましいこと。

 いつまでもヴェルネードの傍にいられたら。

 でも、そのせいで彼に、要らぬ負担をかけるわけにはいかないのだ。


「……王子」


 貴族も兵士も置き去りに部屋に戻る途中、その赤は現れた。先ほど見かけた、豪奢なドレスを纏った彼女は、実に姫らしい姫。絵に描いたような王女。その瞳は、まっすぐ彼を見る。

 彼女は、スピカ姫は何も問わなかった。

 声に問いを出さなかった。

 彼女は静かに目を伏せ、左に寄って歩き出す。

 そして、そのまま侍女とともに通り過ぎていった。

 何も言わずとも、すべてわかってしまった――のだろうか。いや、わかったのだろう。オニキスが知る彼女はとても聡明で、その程度なら悟ってしまえるはずだから。

 だからこそ、申し訳なくなってくる。

 だって、彼女がすばらしい人物であると認めている。だからヴェルネードとの縁を結ばせようとしたわけなのだし。けれどそれを、最後に破壊して掠め取ったのは、結局自分だった。



   ■  □  ■



 侍女にひそひそされながら、オニキスは無事にヴェルネードの部屋に運ばれた。

 なぜかベッドにぽいっと投げるようにおろされて、放置されたが。

 部屋の主はいそいそと寝室の隣に戻り、なにやら作業をしてきたらしい。施錠する音に限りなくよく似た音が聞こえたが、気にしないことにした。軟禁でも監禁でもいいから。


 ただ、彼の傍にいられればいい。

 危ない思考も、高ぶったままの心には心地よい。


「オニキス?」

 嬉しくてベッドの上でごろんごろんしていたオニキスを、戻ってきたヴェルネードは不思議そうに見ていた。いつの間にかラフな格好に着替えていた彼は、ベッドに腰掛ける。

 そして転がるオニキスを捕まえると、腕の中に収めた。

「んー、くすぐったいー」

 ぎゅうぎゅう抱きしめられて、首筋とかにキスが落とされる。

 後から抱かれ、オニキスはそのたくましい胸板に背中を預けていた。身体の前に回されている腕を撫でて掴んで、その感触と強さに酔いしれる。きっと、これは酒よりも酔えるだろう。

 やっぱり、彼の腕の中はとても心地よい。

 オニキスの居場所はここだ。ヴェルネードがいる部屋の中の、彼の腕の中。抱きしめられたまま身をよじるように、彼女は彼と向かい合う。そして、彼の首に腕をかけて。


「ヴェルネード、大好きだよ。だから、ずーっと僕と一緒にいてね」


 彼の返事を聞く前に、その唇をふさいだ。

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