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緑の憂鬱

 彼の名前はジェイ。

 誇り高き未来の王に仕える魔術師である。過去に何人か、王族に嫁いだり、王族が嫁いできた歴史を持つ名家で、もし今の王族に王女がいれば、ジェイが伴侶候補に挙がっただろう。

 残念なことに王族は現在王子ばかりで、かなり遠縁までいかないと姫はいないが。


 姫がいないとはいえ、王族はこのごろ明るい話題が尽きない。

 彼が仕える第一王子にはすでに二人の息子がいて、夫婦仲は良好だ。一応、王族同士の政略結婚で最初はかなりギクシャクしていたのだが、今では人が羨むほどの仲睦まじさである。

 残る二人の王子のうち、第二王子は特に浮いた噂がない。というのも彼は趣味が恋人のような状態になっていて、色恋沙汰にはまったく持って興味がないと常々公言している。

 しかし彼の趣味の産物――風景画なのだが、何でも国内外で高い評価を得ているそうだ。


 そして最後の、第三王子ヴェルネードは、最近婚約した。

 ただし、自称である。正式にはまだ届けでもなければ許しも出ていない、あえて言うなら秘密の恋人関係といったところだろうか。何にせよ前途多難の、茨道の入り口に立っている。

 その相手は、王族でもなければ貴族でもない。

 彼直属の、いや直属だった、魔術師の少女だった。



   ■  □  ■



 それはある魔術師が城を去ったが、すぐに王子の自室と腕の中に囲われた数日後。

 ジェイはいつものように仕事に向かう、その途中だった。最初の仕事は、すでに起きているだろう第一王子に、細々した今日の予定やら報告やらを伝えることだ。

 魔術師という立場ではあるが、その仕事内容はほとんど側近か何かに近い。

 なので彼は城の奥、王族しか立ち入らない場所を進んでいたのだが。

「あの、ジェイ様……」

 と、侍女が申し訳なさそうにジェイに話しかけてくる。

 見覚えのある彼女は、第三王子ヴェルネードを担当していたはずだ。

 彼を訪ねると、いつもおいしい紅茶を入れてくれる。

「何かあったのか?」

「その……実は、ヴェルネード様が、お部屋から出てこられないのです」

「……またか」

 ジェイの呟きに、侍女が苦笑交じりにうなづく。


 ここ数日のヴェルネードは、朝がやたら遅くなっている。元々、そう早いわけではなかったのだが、最近は午後になっても部屋から出てこないことも少なくなかった。

 おかげで、少し前に帰国した隣国のスピカ姫との別れが、相当堪えてしまった……などという事実無根の噂が流れている。本人が聞いたら、面倒なことにしかならない噂だ。

 件の姫は、完膚なきまでにフラれている。

 ジェイが『おせっかい』を焼きに向かったところ、出くわしたのは告白シーン。必死に思いを告白する姫に、ヴェルネードが心底どうでもよさそうに、けれど了承の言葉を返す直前だ。

 自分の足の速さに感謝しつつ、ジェイは彼の最愛の少女のたくらみと、彼女がすでに退職して城を出たことを伝えた。その瞬間の彼の瞳を、ジェイはきっと忘れないだろう。

 そして姫を放置し、彼女を探しに飛び出していった。

 あとで供も何もなかったと気づくが、無事に戻ってきたのでよしとする。

 残された王女だが、フラれたのがわかったのか、すごすごと帰国の途に着いた。かわいそうなことをしたが、妥協で結ばれた縁などいずれ破綻するので、これでよかったのだろう。


「……ヴェル、起きているんだろう」

 侍女と別れたジェイは、友人であるヴェルネードの部屋にいた。寝室に通じる扉を、数回ノックしながら名前や愛称で彼を呼ぶ。中に誰かいるのはわかっているが、誰も出てこない。

 少し迷って、ジェイは勝手に入ることにした。

 何かあってからでは遅いからだ。


「勝手に入る――」

 扉を開き、彼は絶句する。

 ある程度『そうだろうな』と、予想はしていた。

 彼女を同意の上で囲ってからというもの、ヴェルネードは日々、気持ち悪いほどの笑みを浮かべることがふえた。思考を読む力がないことを、心底感謝するぐらいほどに。

 だから、何となくわかってはいた。

 とはいえ、実際に目にするのとさすがに言葉が出ない。

 そこには一人の、黒髪の少女がいた。頭が三つ分ほど大きい青年に抱かれ、すやすやと実に心地よさそうな寝顔をしている。ずいぶんと薄着な寝巻き姿なのは、彼の趣味だろうか。


 彼女こそオニキスという、ヴェルネード最愛の少女。

 そして齢十四の少女を腕に抱いて、満足そうにしていたのがヴェルネード、二十二歳。


 二人の年齢差、実に八歳である。貴族社会ではそう珍しいことではないが、年が下の方もそれなりの年齢であることが多い。十四歳など、早婚社会でも縁談すらないような年齢だ。

 つまり、完膚なきまでに『子供』。

 そんな少女を腕に抱く王子は、突然の乱入者をじとりと睨む。

 これは『ジャマをするな』ではなく、おそらく『オニキスを見るな』という目だ。色ボケもここまで来ると呆れて言葉も出ない。絵に描いたような独占欲の塊である。


 とはいえ、何も言わないわけにはいかない。

 確かに国王夫妻と彼の兄弟は、オニキスに好意的だ。

 特に未来の王妃である第一王子の奥方など、二人の仲を知るや否や親戚から養子に貰ってくれそうなところを『勝手に』探し出すほどである。何が何でも義理の妹にするつもりだ。

 そんな勢いに押される形で、ジェイが特に手を出さずとも二人の仲は公認だ。


 しかし、こればっかりはさすがにまずい。

 オニキスが、ではなくて、ヴェルネードに怒りのカミナリが落ちる。


「おいそこのケダモノ。それが何歳か言ってみろ」

「十四だ」

「お前は何歳だ」

「ジェイと同い年だから、二十二だな」

 それがどうした、と平然とした様子で答えるヴェルネード。

 だが、友人が怒っている理由でも思いついたのだろう。

「大丈夫だ、まだしてない」

 などという言葉を口にした、笑顔で。

 その隣では薄い寝巻きを着用した彼の恋人――という名前の、事実上の伴侶が、幸せそうにすやすやと眠っていた。彼女オニキスは、誰がどう見てもれっきとした『子供』である。


「知ってるか? してなくても犯罪となる場合があると」


 この日ばかりはジェイも、この王子の横っ面を殴りたくなった。

 後日、本当に彼を友人として殴ることになるのだが、それはまだ先の話になる。しかしそう遠くない日にそうなってしまうのだろうなと、ジェイは深いため息をこぼした。

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