ポケットの中の幸せ
ふとポケットに手を入れてみた時に思いついたものです。
ポケットの中って意外とあったかいんですよね・・・
このところ雨が続いている。
髪が跳ねて困る。
手鏡を見てふてくされる私。
「奈美!」
振り向くと隼人が部活を終えて階段を駆け上がってきたところだった。
「ごめん。片付けしてたら遅くなった。」
と、息を切らして言う。
「いいよ。別に。そんなに待ってないし。」
「そっか。なら良かった。」
安心したように微笑む隼人が好き。
本当は結構、待っていたけど気にならなかった。
隼人が私の手を握った。
「寒かったろ?」
そう言って隼人は私の手を優しく温めてくれた。
「ありがとう。」
俯き加減に私が言うと隼人は少し顔をあげて微笑んだ。
言わないけど、隼人は私が雨の中、早くから隼人を待っていたのを知っていたんだ。
隼人・・・好き
あの日、私はいつものようにサッカー部の練習を教室から友達と話しながら眺めていた。
一人、気になる人が居たから。
その人を目で追う。
「あっ、抜いた・・・」
思わず口から出てしまった。
「何?奈美また隼人君のこと見てたの?」
加奈子がニヤニヤ笑って言う。
「まあ、ここの席に座るのもサッカー部の練習見るためだしね。」
亜里抄も話を合わせる。
「うっ・・・」
言葉に困る。
「まあ、好きになってもう、一年半経つしね。」
亜里抄が続ける。
「一年半だよ?ろくに話もしてないのにそこまで好きになれる事に驚きだよ。」
加奈子も続ける。
「いいじゃん!好きなんだもん。」
ちょっとムキになって言うとまたもや笑われてしまった。
二人が勝手な方向に話を進めていくのを無視して私はまた視線を校庭に戻した。
隼人は今度はボールを器用に蹴ってパスをしているところだった。
頑張れ。声には出せないけど・・・。
こうして私はいつも放課後は隼人の姿を眺めている。
サッカー部の練習も終わり加奈子と亜里抄と帰ろうとしていた時、
「おい、藤田!」
クラスの森下に呼び止められた。
「何?森下。」
「ちょっとさ用があるんだけどさ、ほら、今日のHRの事でさ。先生がお前に頼めって。」
「ああ、・・・明日じゃだめ?」
「ごめん。すぐ終わるからさ。頼むよ。」
「しょうがないなあ。ごめん加奈子、亜里抄、先に帰ってていいから。」
「待つよ。校門で待っとくし。森下あ、早く奈美返してよねえ。」
「ははっ。もちろん。」
森下は苦笑いを浮かべると「こっち」と言って階段を上がり始めた。
森下の後をついて行きながらふと、この時間帯が好きだと思った。
校舎にはほとんど誰も残っていなくて、少し冷たい空気。
校舎の中の独特の匂い。窓から見える校庭。誰もいない廊下に響く足音。
なんだかその全てが好きだと思った。
気付くと私のクラスの前だった。
「じゃあな。」
「えっ!?」
それだけ言うと森下は私を教室に強引に入れてさっさと行ってしまった。
「あの・・・藤田?」
囁くような緊張した声。
でも、しっかりと聞き取れる真っ直ぐな声。
ドキッとして振り向くとそこには隼人が立っていた。
頭の思考回路は完全に止まってしまった。
何か言うべき?
なんて言えばいい?
それしか頭の中には浮かんでこなかった。
鼓動が速くなっていく。
どうしようもなくて焦って逃げようとしたら腕を掴まれてしまった。
「待って!」
こんなに近い・・・
隼人の手が・・・
隼人の声が・・・
頭が真っ白になっていく。
「あのさ・・・藤田。俺、お前の事好きなんだ。」
その言葉の意味が分からなかった・・・。
あの時自分が何て言ったのか、まったく覚えてない。
でもパンクしそうな頭でもはっきり分かったのは隼人の照れた笑顔だった。
あれから二ヶ月たった今、私は前よりももっと隼人を好きになった。
隼人の声。
隼人の仕草の一つ一つ。
私の手を大切そうに握る手。
いつも前を見てる真っ直ぐな眼差し。
そして私に向けてくれる眩しいほどの笑顔。
好きで好きで仕方ない。
どうしようもないほど好き。
ありきたりな毎日が待ちどうしくて。
なんでもない日が大切で、ごく当たり前な日々を望んでいたりする。
その中に隼人が居るだけで私は毎日が幸せなんだ。
雨が降っていても、蒸し暑い日でも、すごく幸せ。
叫びたいほど幸せ。
だから今、この瞬間に
隼人のポケットの中に私の手があることを確かめさせて。
まだ、恥ずかしくて言えないけど・・・
私はこのポケットの中が、隼人の手の中がすごく好きなんだよ。
いつか言えるようになるまでは
隼人が何気なくしてくれるままでいよう。
ふと、隼人が口を開いた。
「俺さ、奈美の手握るの好きなんだよね。」
私は雨の降る空を見上げて微笑んだ。
幸せ。
最後まで読んでくださり有難うございます。
幸せなんて本当はよく分からないんですけど、
こんな感じだと思い書きました。
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