6.ツインルームのホテル
隠れ家ホテルに泊まってプチ贅沢をする春川と比那。
初夏が訪れて、早咲きのキョウチクトウの花が咲き始めた。比那はこの花の香りが一番好きだ。生命力が強く、少しイランイランに似た匂いがする。花言葉は、「油断大敵」「たくましい精神」「心の平和」など。「危険な愛」なんていうのも、調べるとあった。
根舞羅との関係なんかを思うと、若干不安に思えるような要素もあったけれど、摘んで持ち帰ったりするわけでもないし、病院への行き帰りに他人の家の庭や生け垣に咲いてあるのをこっそり目にする分には、何の問題もなかったろう。
そもそも、比那は花言葉を調べて、「この花にはこんな意味がある」と思うことはあっても、恋人に贈り物として贈るわけでもないのだし、占いか何かのようにふかく考えてみることもなかった。
それにしても……「たくましい精神」、これは比那や春川のようにハードな職場で働いている女性にとっては、「行幸」と言っても良いような花言葉だったろう。
* * *
比那は、梅雨を迎えそうになって沈みがちになっている心を奮い立たせるために、ちょっとした冒険を企図した。
つまり、春川といっしょに閑静な隠れ家ホテル(その名前は、「北山ホテル・ベルフラワー」と言う)に、お泊りするのである。
「私たち、レズビアンに見られるかなあ?」
「まさか! 知佳じゃあるまいし」
なんてことを、春川は言う。
知佳というのは、春川と比那の高校生時代の友人で、レズビアンだという噂があった。しかし、そんなことはまったくなくて、知佳自身は(LGBT差別をするわけではないのだが)はっきりとヘテロセクシャルだった。
少し乙女々々していて、ロリータ・ファッションがよく似合う。そんな女子だから、オタクやスポーツ男子まで幅広い層から好かれるのかと思いきや、クラスのお姉系男子からの人気があった。隠れてこっそりと彼女を好いている女子もいたのかもしれない。とくに801が好きだけれど、801に手を染める勇気はないといったような、腐女子未満の女子に人気が高そうだった。
要するに、親戚や近所にいそうな、「カワイサ」を嫌味にしてしまわないような魅力が、彼女にはあったのだろうと思う。
「知佳ねえ……懐かしいなあ、今何してんだろう?」
「OLやってたけれど──」
「お! OLって古い言葉ねえ……」
「うっさいわね! 今は結婚して、2人の子供持ちだっていう話だったよ? なんでも教育ママなんだとか……同級生の間ではわりと有名。アンタ知らなかったの? アンタくらいだよ、多分知らなかったの……」
「やっぱヘテロセクシャルだったんだ?」
「だから、違うって言ってたじゃん、私たち」
「うん。言ってた、言ってた。お姉系男子が、きょとんとしてたっけ」
「そんなこともあったねえ……」
そこで、2人とも沈黙した。
今話題に上がったお姉系男子のみんなも、比那や春川を差し置いてほとんどは結婚していた。男であれ、女であれ、若いころの性自認や性指向なんて当てにならないものである。もちろん、生涯貫く人もいるわけなんだが……。
「ところでさ、やっぱり私たち、」
「うん?」
「レズビアンに……」
「殴るよ、比那!」
「うへえ……」
* * *
まあ、レズビアンに見られるかも?なんて言ったのは、比那の冗談だったのだけれど、比那も春川もそのお泊りでは、めいっぱい贅沢をすることにした。梅雨の時期。ベタベタとした心と体が良い感じに洗い流せて、ちょうど良かっただろう。
「あのさ、今日はハウス・オブ・ローゼのボディソープとかシャンプーとか持ってきた、私」
「ん? アタシはボディショップだよ、シアバターも。こういうときの定番じゃん、安いし」
「シアバターは嫌だなあ、ベタつくから。あれ、冬につけるもんでしょう?」
「いや、ローションのだよ、ベタつかない奴」
「えーっ、あんただけ使って?」
「なんだよ、冷たいなあ」
「って、なんで風呂周りだけセコイの、私たち? 2人で一泊8万5千円もするんだよ?」
「ふんぱつしたからねえ」
「でも、大したことないじゃん、1人4万ちょっとだよ? プチ贅沢ではあるけれど……」
「どっちなんだよ!」
春川は、呆れたように頬を鳴らして、比那の背中を叩いた。
「んがあ……」
チェック・インは午後の3時から6時半まで。チェック・アウトは午前10時。値段は、先ほど比那の言葉にもあったように、「2人一部屋の値段」で8万5千円。……いい値段である。ラブホテルとは訳が違う。朝夕の食事付きで、それぞれリビングのような部屋で取ることになる。部屋のなかに大きなバスタブもあり、さながら都会の小オアシスといったところだ。
こういうところで、ぜひ恋人とクリスマスなんかを過ごしたい。いや、せっかく隠れ家的に過ごせるのであれば、逆に何もない平日がいいのか。
夜は、2人で枕投げをして……X JAPANかよ……テレビを壊しそうになったり。お風呂は、お湯をさんざん床にぶちまけて……。
2人は夜半まで楽しく過ごした。「深更」という言葉がよく似合う時間帯まで。
「ねえ、春川ってさあ、どんな曲が好き? 音楽……」
「何よ急に? アタシはRCサクセションかなあ! 忌野清志郎サン」
「さすがオヤジ……」
「うっせーよ、豚(=ブタ)!」
「いやあ、またオヤジだ。で、私はさあ、tk from 凛として時雨とかかなあ?」
「何? tk? 小室哲哉?」
「コムロ? コム・デ・ギャルソン? 古っ!」
「何よ? お前こそ、ナントカシグレなんて知らないわよ!」
「凛として時雨。ちょっとアンビエントなボイスが良いんだよ? tkさんはtkさんだけれどね」
「何なに、アンタやっぱりヤオイ系?」
「違うってばあ……やだなあ、だからこの人は……」
「またオヤジって言うんだろ?」
「言わないけどさ、」
「清志郎サンの良さが分かんないかな?」
「それは分かる気がするけれど……」
同意を示せないもどかしさに、比那は首をかしげる。
「リンとして、シグレてるの。しつかりしてるけれど、すっきりもしているっていうこと。したたかなの……」
それを聞いて、春川も比那と同じ方向に首をかしげる。
「ふうん。したたかねえ……」
「私らしいでしょ?」
「まあね、アタシには似合わないな……」
「オヤジだもんね?」
「殺すよ?」
2人で、とにかく笑った。
女同士の友情です。




