3.根舞羅……チーズケーキの問題
やや精神的に老けた22歳、根舞羅の話。
22歳の山田根舞羅の口癖は、
「健康には気を付けるんだよ」
である。
すいぶん老けた22歳だ。しかし本人は、
「俺は気遣いさんだからね」
と、言っている。やっぱり……老けている。
* * *
そもそもの初めから、根舞羅は生意気だった。
彼は、比那の勤める病院に患者として入ってきたのである。同室には、れいのRサンがいた。今から3年前のことで、根舞羅は19歳、比那は32歳だった。ちなみに、春川亜梨沙は当時31歳である。
生温かい春の風が吹いて……いや、そういう抒情は良い。
「ねえ、Rサン。Rサンの病気って、ガン?」
失礼を絵に描いたような調子で、根舞羅はR氏に尋ねる。
しかし、そこには不思議と悪気がない。答えるR氏のほうでも満更ではない様子で、純粋に若者と話ができることを楽しんでいるように見えた。さすが、大学教授……元大学教授である。
「いや、ガンじゃないよ。なんでだい?」
「単純な理由だよ。Rサン、もう長く入院しているって聞いたから」
「単純な理由だねえ。大人には単純な質問をしちゃいけない。がっかりするからね。大人は話したがりなんだ」
「じゃあ、話してよ。Rサンは何の病気?」
根舞羅は目をぱちくりさせる。──R氏は、こちらもわざわざ勿体ぶった調子で答える。
「肺の病気だよ。慢性閉塞性肺疾患と言うんだ」
「肺の病気? Rサンは煙草を吸うの?」
「いや、吸わないよ。煙草は吸わない」
「じゃあ、どうして肺の病気になるの? 煙草の煙って、肺に悪いんでしょう?」
Rサンは、一瞬ためらった後、
「悪いねえ。でも、僕の場合は煙草が原因じゃない。話すと長くなるんだがね……」
と、根舞羅に自分の病気の原因とおぼしき出来事について話して聞かせた。それは、真剣でもあったし、滑稽でもあるような理由だった。
「実は、僕の女房は若くして亡くなってねえ……交通事故だったよ」
R氏の妻という人は洒落っけのある人で、インド製のお香──いわゆるインセンスが好きだった。よく、平瀬通りにあるアジアン雑貨の店へ出かけて行っては、気に入ったお香を何本も買ってくるのだった。
彼女が亡くなった後、R氏は、妻が愛したお香を毎日焚き続けた。
「とくに妻が好きだったのは、ロータスのお香だった」
「知ってる。それ、覚醒剤の原料でしょう?」
「いや、それはケシの花だね。ロータスはハスの花だよ」
「そっか……」
しかし、それが毒だった。少なくとも、R氏はそれを信じた。
「そもそも、僕は昔建築現場で解体のアルバイトをしていてねえ、だから粉塵なんかを吸い込んで、もともと肺を悪くしていたんだと思うよ。ロータスのお香から出る灰のせいで、すっかり肺が弱くなってしまった」
そう言って、カラカラと笑った。「灰」と「肺」とを掛けたつもりだったんだろう。しかし、その場にいた誰も──R氏以外は──笑わなかった。それはそうだろう……とても笑える話ではない。
そんなこんなで、R氏は煙草を吸っていないにも関わらず、50歳を過ぎてから慢性閉塞性肺疾患を発症した。
「なんか、スゴイね。病気って、そんなことが原因になったりするんだね」
根舞羅は、R氏のその奇妙な病気のいきさつに感心したようだった。そして、こう言ったのだった。
「Rサン、健康には気を付けないとね!」
* * *
そんな根舞羅は、ふだんはチーズケーキの店で働いていた。学校は高校3年生のときに退学して、それ以来アルバイトを続けていた。
家族は当初学校を辞めることに反対したそうだが、結局は説得させられたらしい。──今の時代、どんな生き方をしたとしても、それが子供の経験になるのであれば、そうさせたほうがいい、学校に行きたくないのであれば(両親は、その理由は無理に聞かなかったらしいのだが)、無理する必要はない……と。実に理解のある親である。
もっとも、たった一人の息子に「ネビュラ(星雲)」などという名前をつける親でもあった……
比那と春川と根舞羅は年の離れた友人の関係になります。




