1.朝の街
Oh どうぞ勝手に降ってくれポシャる迄
Woo いつまで続くのか見せてもらうさ
──RCサクセション「雨あがりの夜空に」
30歳を過ぎたら恋人といっしょに隠れ家ホテルへ行くつもりだった。それが35になった。穂口比那に恋人はいない。ずっといなかったわけではない。高校生のときには、1年次と3年次に2人の男の子と付き合った。でも、付き合っていた期間は2人あわせて7ヶ月に満たなかったから、お世辞にもモテるほうだったとは言えない。
春川亜梨沙は、比那の数少ない友人のなかでも、とりわけ比那と仲の良いいわゆるマブダチだった。……「マブダチ」って今どき言わない? まあ良い。
春川の口癖は、
「比那、アンタモテないよ! そんなんじゃモテないよ!」
正直、余計なお世話だと思った。春川がそれほどモテるとも思えない。……にも関わらず、春川はよくモテた。「亜梨沙」と名前で呼ぶのがなんだか口惜しいから、「春川」と苗字のほうで呼んでいる。こういう抵抗は、比那にとっては心地良い。
S市の北山の街並はいつもの通り清潔に澄んで、若干の涼気が比那のTシャツ姿の腕を刺していた。比那は、愛車のスーパーカブを職場にむかって走らせていく。
北山は静かな街だったから、朝の駆け込みで飲食店やバーがゴミ出しをしているようなこともなかったし、野良犬や野良猫、そして烏なんかがそんなゴミを漁っているようなこともなかった。閑静な地方都市であるS市のなかでも特に閑静な一角──福祉系の私立大学なんかはあるものの、あとは数か所の寺院や神社があるばかりで、居酒屋やラブホテルもない、そういう心地良さを絵に描いたような場所──が、北山だった。ほんの少しの例外として、隠れ家ホテルや手作りパンの店なんかがある。
比那はそれらを横目で見ながら、職場である同人会系の病院へと向かう。彼女はそこで看護師の仕事をしていた。すでに13年目である。──13? 不吉だ。
大体が比那は性格がだらしない。
春川は比那にむかってよくこんなことを言う、
「比那、なんでアンタのスマホの画面って、ジェンガみたいなの?」
「うっせーだまれ、オヤジ女!」
そんな2人を見て、年下の友人である山田根舞羅(=ネビュラ)は言う、
「お前ら、2人ともオヤジだって……」
2人は、肩をすくめて彼(根舞羅)から顔を背ける。
そもそも、比那の両親は「オヒナサマ」のように可愛らしい娘に育ってほしいと思い、彼女に「比那」という名前をつけた。
しかし、実際には彼女は「比」にある「那須の御用邸」のような(意味不明!)女に育った。だから、未だに女としてのもらい手がない(などと言えば、両親は娘にはり倒されると分かっているので、恐くてそんなことは言わない)。
ゴリラのような強面でもなかったし、愛情が細やかでないわけでもなかったが(でなければ、看護師の仕事なんてやれない)、何分性格がガサツなせいで、恋は永続きしなかった。
* * *
「朝の街が本当に気もち良くって、こんな日には何か良いことがありそう。だから、何か嫌なことがあっても、やっぱり一日仕事をがんばれそう……」
そんな彼女のことをしおらしいと思ったら、きっと痛い目に遭うだろう。
看護師とキャバ嬢の話です。




