貴族学園の調理実習は、マッチョの香りがしました
十四歳。
貴族の義務として、私は『聖ローゼス貴族学園』へ入学することになった。
銀髪碧眼、儚げな美少女が馬車から降り立つ姿に、校門前の生徒たちは息を呑む。
「見て、あの方が『美の聖女』リリアーナ様よ……」
「なんて可憐なんだ。触れたら壊れてしまいそうだ……」
「(……ふにゃにゃにゃにゃ。頼む、誰も触れないでくれ。今の私は重い鞄を持っただけで、広背筋が限界なんだ……)」
私は、周囲の羨望の眼差しを「物理的な圧力」として感じながら、フラフラと教室へ向かった。
今日の授業は「魔法調理実習」。
魔力を込めてお菓子を作り、その品質を競うという、いかにも貴族学園らしい優雅な時間だ。
「さあ皆様。今日は『魔力回復のクッキー』を作りますわよ」
先生の言葉に、周囲の令嬢たちが「あらあら」と可愛らしくボウルを混ぜ始める。
だが、私の脳内は違った。
「(……魔力回復? 違うだろ。必要なのは『筋繊維の修復』だ。この小麦粉、グルテンの含有量が甘いな。もっとプロテインスコアの高い大豆粉を混ぜて、魔力触媒でアミノ酸配列を組み替えれば……!)」
私は無意識にノートを取り出し、ガリガリと数式を書き殴った。
【聖域ノート:調理実習用・超回復プロテイン・バー】
タンパク質の熱変性を抑えつつ、魔法定数 k を用いて吸収率を10,000%に高める。
Rate_of_Absorption = ∫(Heat * Magic_Power) dt
これを食べれば、一回の授業で一ヶ月分のトレーニング効果が得られるはずだ……!
私は、他の令嬢が砂糖を入れるタイミングで、自作の**「魔法抽出・大豆ペプチド」**をドバドバと投入。仕上げに、王宮でくすねてきた最高級の魔力香料(バニラ味)を振りかけた。
オーブンから漂ってくるのは、クッキーの甘い香り……ではなく、なぜか**「ゴールドジムの更衣室」**のような、ストイックな香りと濃厚なバニラの匂い。
「リリアーナ様、それは……一体、何を作っておられるのですか?」
隣の席の令嬢が、顔を青くして尋ねる。
「……これですか? これは『アナボリック・クッキー(筋肉増強焼菓子)』です。一口食べれば、あなたの二の腕も引き締まりますよ。……ふにゃ。私はまず、自分自身のバルクを……」
私は焼き上がった、岩のように硬い(高密度な)クッキーを一口かじった。
「……っ!? (熱い、全身の血流が加速する! 細胞が、細胞が分裂したがっている!)」
あまりの栄養価の高さに、私の豆腐のような体は耐えきれず、鼻血を出して倒れ込んだ。
「リリアーナ様ーっ!?」
クラス中がパニックになる中、床に落ちたクッキーを、お腹を空かせていた一人の男子生徒がうっかり口にしてしまった。
「お、おいしい……バニラ味で、なんだか力が……おおおおおっ!?」
次の瞬間。
その男子生徒の制服が、パツンパツンに膨らんだ。
「なんだこの漲る力は! 今なら……今なら、校庭を百周走れる気がするぞおおお!!」
彼は教室を飛び出し、爆速で校庭を走り始めた。
それを見た他の生徒たちも、「何かしらあの魔法のクッキー!」と、興味津々で私の「失敗作」を一口ずつ試食し始め……。
数分後、教室には、
「腹筋が……腹筋が浮き出てきましたわ!」
「見て、僕の上腕三頭筋がキレてる!」
と叫びながら、優雅なドレスや制服をはち切れんばかりに膨らませた、**「学園一ストイックなクラス」**が誕生してしまった。
「……リリアーナ……。君は、ついに教育現場まで『マッチョの聖域』に変えるつもりかい?」
騒ぎを聞きつけた第一王子アレンが駆けつけた時には、私はすでに王子の母親(王妃様)のことを思い出しながら、「お姉様……ヨシヨシ……」と寝言を言って、幸せそうに泡を吹いていた。
翌日から、リリアーナのクラスだけは「体育の授業の成績が異常に良い」として、学園七不思議の一つに数えられることになる。




