筋肉見本市。……お嬢様、それはただの「圧」ですわ
「……ふにゃぁぁ! サーシャ、貴女を救わなくてはなりませんわ! 貴女の瞳には今、圧倒的な『栄養不足』が影を落としています!」
リリアーナは絶叫し、翌朝、伯爵邸の広大な訓練場に「ベルシュタイン騎士団」を総動員しました。
そこには、リリアーナが選び抜いた、多種多様な筋肉の標本(騎士たち)が並んでいました。
「……さあ、サーシャ! まずは彼らを見てください! ベルシュタイン家が誇る『重装マッスル・カルテット』ですわ!」
リリアーナが合図を送ると、岩壁のような四人の男たちが前に出ました。
「……見てください、あの**『冷蔵庫のような筋肉』! 厚みだけで人を殺せそうですわ。……隣は『戦車のような筋肉』! もはや生物というよりは攻城兵器ですわね。……さらに『象のような筋肉』に、『ゴリラのような筋肉』**! これぞ、大地を揺るがすパワーの真髄ですわ!!」
「……お嬢様。……暑苦しいですわ。……あと、汗の飛散量が異常です。……普通に、怖いです」
サーシャは無表情で、飛んできた汗を扇子で防ぎました。
リリアーナは焦りました。「(……ふにゃ!? 重厚派がお好みではない!? ……ならば、スピード系ですわね!)」
「……ならば、こちらを! 洗練された野生、**『ピューマのような細マッチョ』と、『チーターのような細マッチョ』**ですわ! 無駄を削ぎ落とした、しなやかな殺傷能力を見てくださいな!」
しかし、しなやかに跳躍する細マッチョ騎士たちを見ても、サーシャの瞳は「死んだ魚」のようでした。
「……お嬢様。……あの方たち、さっきから不自然なポーズで止まってますけど、足が攣りそうでプルプルしてますわよ。……無理をさせるのはおやめなさいな」
「……ぐぬぬ……! ……では、これならどうです!? **『アスリートのような機能美』**に、……極め付けはこれ! **『普通の人が少し鍛えた、ちょうどいい感じの筋肉』**ですわ! 万人受けする、健康的なバルクですわよ!!」
リリアーナは、容貌魁偉な男たちを次々と「至高の芸術品」として褒め称え、その美しさを熱弁しました。
「見てください、この血管の走る角度!」「この広背筋の広がりは、もはや羽衣ですわ!」
しかし、熱く語れば語るほど、サーシャの心は北極圏のように冷えていきました。
「……リリアーナ嬢。……今、確信いたしましたわ」
「……ふにゃっ!? ……ついに、筋肉の愛に目覚めましたのね!?」
「いいえ。……**『やっぱり、普通が一番良いわ』**と、魂の底から思いました。……何事も、過剰なのは毒ですわね。……私は、服の上から筋肉が全く分からない、むしろ少しひょろりとした男性と、静かに紅茶を飲みたいですわ」
「……ふにゃぁぁぁぁぁ!! ……サーシャが……サーシャが、真理に背を向けましたわぁぁ!!」
訓練場に響き渡るリリアーナの悲痛な叫び。
対照的に、サーシャは清々しい顔で、並んでいるマッチョたちに「お疲れ様。早く服を着て、お仕事に戻ってくださいね」と、まるで子供を諭すように告げるのでした。
リリアーナの再洗脳作戦は、皮肉にもサーシャの「正常化」を完璧なものにしてしまったのです。




