王の謀略と、家族の逆鱗。……私、伯爵のままが良いです
ベルシュタイン家の侯爵への陞爵。
それは単なる褒賞ではなく、国王陛下による狡猾な「檻」であった。
「リリアーナを王子の妃として固定し、その魔導化学の才を王家の独占物とする。侯爵という地位は、彼女を逃がさないための美しい鎖だ」
玉座でそう漏らした王の目論見は、しかし、予期せぬ方向から総攻撃を受けることとなった。
「陛下。……もし、リリアーナを政治の道具として王宮に閉じ込めるというのなら、私、ベルシュタインは今この場で爵位を返上し、王家に対し『筋肉の反乱』を起こす覚悟ですわ!」
お父様が、侯爵の衣装をはち切れんばかりの大胸筋で威圧しながら叫んだ。その背後には、同じく殺気を放つお兄様の姿もある。
「父の言う通りです。リリアーナの自由な発想を奪うことは、この国の未来を去勢することと同じ。我ら一族、彼女の自由のためなら国を敵に回すことも辞さない!」
さらに驚くべきことに、つい先日「剛毛」を手に入れたばかりの宰相までもが、逆立った髪を揺らしながら王に進言した。
「陛下、おやめなさい。彼女は……リリアーナ嬢は、王妃として収まるような器ではありません。彼女を無理に縛れば、王宮全体が謎のプロテイン臭に包まれ、全ての騎士が理性を失ったマッチョに変貌する……。それはもはや、別の意味で国の滅亡ですぞ!」
アレン王子までもが、「僕の愛は、彼女が自由であってこそだ!」と父王に反旗を翻した。
彼らは知っていたのだ。リリアーナを王妃という型に嵌めれば、彼女の「おっさん脳」が王宮の伝統を根底から破壊し尽くすことを。
結果、王は折れた。
しかし、功績を無視することもできない。そこで捻り出されたのが、前代未聞の特例であった。
「……分かった。陞爵は取り消す。だが、ベルシュタイン家をこれまでの伯爵家とは一線を画す**『至高伯爵家』**に封ずる」
それは、名称こそ「伯爵」だが、特権と領地は侯爵と同格。そして次期当主への代替わりの際に正式に侯爵へ昇格するという、リリアーナの代だけ「自由な身分」を保証するための奇策であった。
数日後。元の「少し豪華になった伯爵邸」に戻った私は、テラスで深く息を吐いた。
「……ふにゃぁ。……助かりましたわ。……侯爵令嬢なんて肩書きで、王妃教育なんて受けさせられたら、私の脆弱な大脳新皮質がオーバーヒート(カタボリック)して死んでしまいますわ」
「お嬢様、皆様のおかげですね。特にお父様と王子様は、お嬢様が『お妃様』なんて窮屈な生活に耐えられるはずがないと、必死でしたから」
サーシャが淹れてくれた紅茶を啜りながら、私は空を見上げる。
「(……王家への反乱、ですか。……お父様の広背筋なら、王宮の門くらいは物理で壊せそうですものね。……ふにゃにゃにゃにゃ。……愛されていますわね、私)」
「至高伯爵家」という、なんだか強そうな名前になった我が家。
相変わらず「ちょっといい家のお嬢様(虚弱)」というポジションを守り抜いた私は、今日もまた、誰にも邪魔されることなく、地下室で怪しい筋肉増強薬の研究に没頭するのだった。
「……さて。……お父様たちの期待に応えるためにも、次は『反乱に使えるほどの大臀筋』を育てるプロテインを開発しなくては……!」
彼女の「自由」は、これからも多くの人々の胃袋と筋肉を振り回していくことになる。




