鉄血宰相の苦悩。プライドと毛根、最後に勝つのは……
国の政を一手に引き受ける、鉄血宰相エドワード。
彼は今、侯爵家となったベルシュタイン邸の応接室で、震える手で紅茶を啜っていた。その額には冷や汗が浮かび、視線は対面に座る「この世で最も美しい(が、中身は残念な)少女」リリアーナを直視できずにいた。
「(……ふにゃにゃにゃにゃ。……わかりますわ、宰相様。その、不自然なほど深く被った帽子の下から漂う、毛根の絶望的な叫び(カタボリック)が……)」
「……リリアーナ嬢。折り入って、内密な相談がある。……これは、国家の存亡に関わる……極めて、極めて秘匿性の高い案件だ」
宰相の声は重々しい。彼は、王家への忠誠と並び、この国で最も高いと言われる「貴族のプライド」の塊だった。その彼が、わざわざ一令嬢を呼び出した理由。それは――。
「……君が作ったという、例の『ポーション』だ。……あれは、その……『毛』だけではなく、その下の……『地盤(頭皮)』を強化する効果もあると聞いたが、相違ないか?」
「……相違ありませんわ、宰相様。……私の化学式は、単なる発毛に留まりません。……頭皮という名の『フィールド』に、毛根という名の『マッスル』を強制的にスクワット(細胞分裂)させる。……いわば、頭部のバルクアップですわ」
リリアーナは銀髪をなびかせ、聖女のような微笑みを浮かべながら、空中に光り輝く数式を展開した。
【聖域ノート:王道発毛式『スカルプ・レボリューション』】
Density = (Total_Follicles / Shiny_Area) x Testosterone_Boost
Limit (t -> Now) of (Reflectivity) = 0
(※反射率を極限までゼロにする)
「……ふにゃ。……ですが宰相様。この薬は、あまりの威力ゆえ、服用する者の『プライド』を一時的に生贄に捧げる必要がありますの。……具体的には、服用後三十分間、毛根が活性化する際に『ふにゃにゃにゃにゃ!』という奇声を発しなければなりません」
「な、なんだと!? 私が……この鉄血と呼ばれた私が、そんな……そんな痴態を晒せというのか!」
宰相は立ち上がった。彼の高いプライドが、そんな屈辱を許さない。だが、窓から差し込んだ西日が、彼の帽子の隙間から覗く「不毛の荒野」に反射し、壁に眩い「光の円」を描き出した。
「(……ああ。……宰相様の頭部が、落日の如く輝いている……)」
「……ぐ、ぬぬぬ……。プライドか、それとも……若き日のあの『フサフサとした栄光』か……。……選べというのか、神よ……!」
一分間の沈黙。それは一時間のようにも感じられた。やがて、宰相は静かに座り直し、リリアーナが差し出した漆黒の薬瓶を……震える手で、しかし力強く掴み取った。
「……リリアーナ嬢。……国家の……国家の安定のため、私は『悪魔』に魂を売ることにした」
「……賢明な判断ですわ、宰修様。……さあ、一気に飲み干して。……あなたの頭皮に、新たなる『筋肉』の夜明けを!」
「……ゴク、ゴク、ゴク……。…………ッ!!」
数秒後。侯爵邸の応接室に、普段の彼からは想像もつかない、しかし生命力に満ち溢れた叫びが響き渡った。
「ふ、ふにゃにゃにゃにゃぁぁ! くる、来るぞ! 我が毛根が、一斉にデッドリフトを開始しているッ! おぉぉぉ、立ち上がれ! 私の髪の毛たちよ!!」
その三十分後。そこには、プライドを一時的にドブに捨てた代償として、漆黒の、あまりにも「剛毛」すぎる、マッチョな髪質を手に入れた宰相が立っていた。
「……リリアーナ嬢。……恩に着る。……この件、もし他言すれば……国家反逆罪で処刑するからそのつもりで」
「……ふにゃぁ。……承知いたしましたわ。……でも宰相様。……その新しく生えた髪、一本一本が自意識を持って筋肉運動(収縮)していますので、たまに勝手に逆立つかもしれませんが、ご了承くださいね」
「……構わん。……抜けるよりは、よほどマシだ」
高いプライドを捨て、最強の毛根を手に入れた宰相。
彼はその夜、王宮で「最近、宰相の頭から野生のパワーを感じる……」と噂されることになるが、リリアーナは今日もまた、自分の作った薬が「人を救った(物理的に)」ことに満足し、プロテインを啜るのだった。




