功績の代償。侯爵になっても、私の自由(バルク)は遠のくばかりです
ベルシュタイン伯爵家……いえ、今日からは**「ベルシュタイン侯爵家」**に、国中から祝いの品と称賛が降り注いでいた。
事の始まりは、国王陛下による異例の速さでの陞爵の裁定だった。
「神速の騎士団」を生み出し国防を飛躍的に高めたこと、全貴族の悲願であった「育毛剤」の開発、そして王妃様を含む美魔女たちの肌を劇的に若返らせた美容理論。これらが「国家の至宝」と認められたのだ。
「リリアーナ! お前は我が家の誇りだ! 侯爵になれば、より広い領地……いや、より広大な『私設トレーニングジム』を建設する予算も通るぞ!」
美魔男化したお父様が、仕上がった腹斜筋を誇示しながら私を高く抱き上げる。
「リリアーナ、本当によくやったね。君の才能は、もはや一伯爵家(旧家)に収まるものではなかったということだよ」
お兄様も、ストイックな顔を崩して私の銀髪を優しく撫でまわす。
「ああ、私の可愛いリリアーナ。なんていい子なの。今日は一日中、お母様がヨシヨシしてあげますわね。さあ、こちらへいらっしゃい!」
「……ふにゃぁ。……お、お母様、力が強すぎます。……広背筋で締め付けないで……酸欠に……」
侯爵家への昇格。それは名門貴族の仲間入りを意味し、本来なら一族を挙げて狂喜乱舞すべきことだ。
だが、主役である私の心は、枯れたプロテインの粉末のように乾いていた。
「(……不自由だわ。……ふにゃにゃにゃにゃ。……侯爵令嬢なんて立場になったら、これまで以上に社交界の監視が厳しくなる。……こっそり裏通りへ行って、荷運び人の上腕三頭筋をスケッチすることも、野良マッチョの汗の匂いを嗅ぐことも、もはや絶望的だわ……)」
私にとっての「成功」は、理想のバルクを追求するための環境作りであって、政治の表舞台に立つことではない。
夜。お祭り騒ぎが続く屋敷の喧騒を離れ、私は自室のテラスで月を見上げていた。
「……はぁ。……侯爵令嬢なんて、肩書きの質量が大きすぎて、私の脆弱な僧帽筋が悲鳴を上げていますわ」
「……お疲れ様でございます、お嬢様」
温かい「高タンパク低カロリー」のハーブティーを持って現れたのは、サーシャだった。彼女だけは、私のこの「虚無」の正体を見抜いている。
「皆様は喜んでおいでですが、お嬢様にとっては、また一つ『筋肉への自由』が制限される枷が増えたようなものですものね」
「……そうなんです、サーシャ。……ふにゃ。……私はただ、静かにフラスコを振り、たまに美しい広背筋を見て『おっさんスマイル』を浮かべたいだけなのに。……侯爵家として出席する晩餐会なんて、着飾っただけの細男ばかりで、私の網膜が重度の栄養失調になりますわ」
「ふふ、お嬢様らしいですわ。さあ、今夜はもうお休みください。明日は侯爵令嬢としての『品格ある立ち居振る舞い(=体幹を24時間意識し続ける地獄)』のレッスンが待っていますから」
「……ふにゃぁ。……やっぱり、新たな修行の始まりなんですわね……」
サーシャに優しく髪を梳かされながら、私はまどろんでいく。
侯爵令嬢。その輝かしい称号という名の「重り」を背負いながら、私はいつか必ず、この国の全ての男を「冷蔵庫」にするための、新たなる化学式を夢に見るのだった。




