追憶の守護者。なぜ私は「力」を求めるのか
私は時々、夢を見る。
バニラの香りのプロテインでも、重いバーベルの音でもない。もっと冷たくて、鉄の匂いがする、暗い夜の夢だ。
「……ふにゃぁ。……また、あの夢」
十四歳になり、人並み以上の美貌を経てなお、私の体は虚弱なままだ。
前世で45歳のおっさんだった記憶があるから、私は筋肉を愛している。……ずっとそう思っていた。
けれど、心の奥底。魔力の深淵には、それだけではない「原風景」がこびりついている。
私がまだ、三歳にも満たなかった頃の話。
当時のベルシュタイン家は、今よりもずっと危うい立場にあった。
生まれながらに膨大な魔力を持ち、けれどその器(体)が余りにも脆かった私。
「触れれば壊れる魔力の塊」を、隣国の息がかかった悪徳侯爵が見逃すはずもなかった。
「……連れて行け。その娘の魔力があれば、我が家は王をも超える力を手にする」
嵐の夜。屋敷の結界が破られ、黒装束の刺客たちが私の寝室に踏み込んできた。
当時、父も兄も遠征で不在。
絶体絶命の私の前に立ちふさがったのは、一人の老騎士だった。
「お嬢様……お下がりください。……この命に代えても、あなたを『不自由』な場所へは行かせません」
彼は老いていた。筋肉は全盛期を過ぎ、傷だらけだっ
た。
けれど、彼が私を守るために剣を振るった瞬間、私は見たのだ。
刺客の刃を弾き飛ばし、私を抱き抱えるその腕に宿る、鋼のような「意志」と、それを支える「筋繊維の躍動」を。
血を流しながらも、彼は笑っていた。
「……強いことは、自由であることなのです。……お嬢様。どうか、いつかご自身を……守れるほどに……」
老騎士が倒れる中、私は雨の庭へと放り出された。
そこへ駆け寄ってきたのは、私とさほど歳の変わらない、一人の少年だった。
「……泣くな。僕が、君を離さない」
少年の顔は、暗闇と雨でよく見えなかった。
けれど、彼は震える小さな腕で、私の体を必死に抱きしめた。
追っ手の刃が彼をかすめても、その腕の「力」は決して緩まなかった。
子供の細い腕。けれど、そこには絶望を撥ね退ける、確かな「筋肉の収縮」と、熱い「生命の鼓動」があった。
――その日、侯爵家は取り潰された。
私は保護されたが、あまりの恐怖に当時の記憶の多くを封印してしまった。
今、私が異常なほどに「発達した筋肉」に惹かれる理由。
それは、前世の趣味だけではない。
「力がないことは、奪われること」
あの嵐の夜。私を暗闇から救い出してくれたのは、美しい言葉でも魔法でもなく、物理的に私を抱え、守り抜いた「筋肉の力」だったから。
「(……だから私は、今でも求めてしまうのね)」
鏡に映る、折れそうなほど細い私の腕。
この世界で、誰にも奪われず、そして大切な誰かを守るために。
私が「冷蔵庫のようなバルク」を求めるのは、幼き日の私が抱いた、切実な「自由への渇望」の現れだったのだ。
「……ふにゃにゃ。……さて、感傷はここまでですわ」
私は震える手で、再びフラスコを握る。
「(……あの時の少年。……今はどこで、どんな筋肉を育てているのかしら。……もし再会できたら、最高のプロテインを飲ませてあげたい……)」
その少年が、今、私の隣で空回りしながら筋トレに励んでいる「あの彼」だとは、まだ気づく由もない。
私はただ、自分の虚弱を呪いながら、明日もまた「最強の肉体」を求めて化学式を綴り続ける。




