兄の純情(マッスル)と、妹の深い勘違い
最近、我がベルシュタイン城には、ピンク色の魔力が漂っている気がする。
発信源は、影の薄かった……いえ、多忙だった兄カシアンと、私のメイド・サーシャだ。
二人が廊下ですれ違う際、兄様が「あ、ああ、サーシャ。今日の掃除も……バルクが効いているな!」と意味不明な声をかけ、サーシャが顔を赤らめて「カシアン様こそ、見事な大腿四頭筋ですわ」と返すのを、私は柱の陰から見守っていた。
「……ふにゃにゃにゃにゃ。……成程。二人は『相愛』の関係にあるのですわね」
だが、私は懸念していた。
サーシャは「三割増し美少女」になったとはいえ、根はストイック。今の兄様の「中途半端な細マッチョ」では、彼女の心を完全にデッドリフトすることはできないはずだ。
「……お兄様を、本物のマッスルに改造しなくては。……それが、サーシャの幸せ……!」
私は夜を徹して、兄様専用の**『強制肥大・ゼリー』**を作成した。
【狂気の数式:親族専用・遺伝子組み換え筋肉ポーション】
H2N-CH(C3H7)-COOH ---[Magic / Kin_Enhance]--> Muscle_Cell + Hyper_Growth
Δ Protein = ∫ (Sister_Love) dG
翌朝。私は朝食の席で、お兄様のスープにこっそりそのゼリーを投入した。
「(……さあ、飲むのですお兄様。飲んで、シュワルツェネッガーのような広背筋を手に入れるのです……!)」
だが、お兄様はスプーンを口に運ぶ直前、ピタリと動きを止めた。
そして、私を真っ直ぐに見つめて言ったのだ。
「……リリアーナ。これは君の『新作』だね? 悪いが、これには口をつけられないよ」
「……ふにゃ!? ……な、なぜバレたのですか? 匂いはバニラ味で消したはず……」
お兄様は静かに立ち上がり、自分の鍛え抜かれた(リリアーナ的には物足りない)腕を見つめた。
「……分かるさ。君の魔力の波形が、このスープから『筋肉を増やせ』と叫んでいる。……だがリリアーナ、聞いてくれ。僕は……僕の好きな人へは、自分の力で、自分の流した汗で、その愛を勝ち取りたいんだ」
お兄様の瞳は、かつてないほどに澄んでいた。
「薬で作った筋肉で彼女を守っても、それは僕の魂が守ったことにはならない。泥臭く、地道に。一回一回のスクワットに愛を込めて、僕は彼女に相応しい男になりたいんだよ」
「……お、お兄様……(じーん)」
私は感動した。
「(……成程。お兄様は、薬による『一時的なバルク』ではなく、一生モノの『永続的な高密度バルク』を自力で構築しようとしているのね! なんてストイックな愛の形……!)」
だが、私の勘違いはそこで終わらない。
「(……つまり、今のお兄様のトレーニングメニューでは、サーシャを射止めるための『筋肥大速度』が足りないということ。……ならば、お兄様が寝ている間に、ベッドを『自動ベンチプレス機』に改造するしかありませんわね……!)」
「ありがとう、リリアーナ。分かってくれたようだね」
「……ええ、お兄様。……いつか、あなたのその魂(広背筋)が、城を支えるほどのマッスルになるその日まで……私は全力で、あなたの背後にプロテインを仕込み続けますわ」
「……いや、そういう意味では……。リリアーナ? なぜそんな、職人のような目で僕の僧帽筋を計っているんだい?」
兄の「真摯な恋心」と、リリアーナの「歪んだマッスル支援」。
二人の想いは、平行線のまま「筋肉の彼方」へと走り続けるのであった。




