体育祭の景品は、禁断のバルクアップ・チケットでした
聖ローゼス貴族学園の体育祭。それは、日頃の教養を捨て置き、若き貴族たちが肉体の躍動を競い合う野蛮……もとい、華やかな行事だ。
「リリアーナ様! 私のこの大胸筋を見てください! 優勝したら、あなたをエスコートしてみせます!」
「いいえ、リリアーナ様! 私の大腿四頭筋こそ、あなたを運ぶに相応しい!」
校庭には、上半身の制服をはだけさせた「自称・マッスル」な男子生徒たちが溢れかえっていた。だが、十四歳最高の美少女となった私は、観覧席で冷めた紅茶を啜りながら溜息をつく。
「……ふにゃにゃにゃにゃ。……嘆かわしい。どの筋肉も『実戦の重み』が足りない。ただ膨らませただけの、中身のないパンケーキのようです」
「お、お嬢様……。皆様、必死にアピールしてくださっているのに……」
隣でサーシャが困惑する中、私はふと思いついた。
このままでは、私の網膜が質の低い筋肉で汚染されてしまう。ならば、私が「創れば」いいのだ。
私は立ち上がり、拡声の魔道具を手に取った。
「――皆様、お聞きなさい。本日の体育祭、総合優勝者には、私から特別賞を授与します。それは……一口飲むだけで私の理想、すなわち『歩く要塞』へと変貌する特製ポーションですわ!」
「「「な、なんだってえぇぇぇ!!!」」」
学園中に激震が走った。
リリアーナの好みの男になれる。その一言が、男子生徒たちのドーパミンを暴走させた。
「やるぞ! 俺は今日、人間を辞めて筋肉になる!」
「リリアーナ様の理想を、この手にッ!」
競技は一変して地獄の様相を呈した。
百メートル走は地面を削り取る重戦車レースとなり、綱引きは綱が千切れ、騎馬戦はもはや格闘技の祭典。
その中心で、一人の男が立ち上がった。
「……勝ったぞ。俺が、俺がリリアーナ様の理想だぁ!」
優勝したのは、学園でも有数の巨漢だったボリス。彼は表彰台で、震える手で私のポーションを飲み干した。
「……オォォォ! 細胞が、細胞がミシミシと鳴る! 筋肉が……止まらない!」
ボリスの体が膨張し、制服が粉々に弾け飛んだ。
そこに現れたのは、全盛期のプロボディビルダーも裸足で逃げ出すような、「筋肉の要塞」。
「リリアーナ様……! 見てください、この圧倒的な質量を! あなたのために、私は最強の男になりました! 愛しています、私と結婚してください!」
ボリスが愛の言葉を叫び、私に手を伸ばす。
その時、観客席から一筋の閃光が飛び出した。
「待った! その手、離してもらおうか!」
アレン王子だ。彼はボリスの巨大な腕を、鋭い眼光で牽制する。
「リリアーナ! 薬で作った筋肉など、偽物と同じだ! 僕は認めないぞ、こんなバルクで君を奪われるなんて!」
「(……あ、王子、相変わらず嫉妬の方向がマニアック)」
私はボリスの至近距離に立ち、その巨大な上腕二頭筋をじっと見つめた。
……だが。
「……ふにゃにゃ。……ボリス様。……残念ですわ」
「えっ?」
「……今、あなたの細胞内で、魔力の分解が始まりました。私の計算では、持続時間は三分。……ほら、もう萎んできましたわ」
プシュー……。という情けない音と共に、ボリスの巨大な肉体はみるみるうちに元の姿へと戻っていく。
リリアーナの薬は、あくまで「一時的な潜在能力の爆発」。持続力がなかったのだ。
「……あ、ああ……俺のマッスルが、俺の愛が……」
「……ふにゃにゃにゃにゃ。……やっぱり、人工的なパンプアップは、心に響きませんわね。中身が伴わない筋肉は、私の網膜を素通りしていくだけです。……あぁ、虚しい。私は本物の『天然記念物級バルク』を求めているのに……」
私は興味を失い、フラフラと保健室へ向かった。
「人工筋肉は、結局のところ、ふにゃにゃにゃにゃなのです……」
後に残されたのは、抜け殻のようなボリスと、ライバルがいなくなって安堵するものの「本物の筋肉」への劣等感をさらに深めたアレン王子、そしてカオスすぎる体育祭の惨状だけだった。
「(……次こそは……持続時間二十四時間の『不滅の広背筋』を開発してやる……!)」
彼女の執念は、またしても誰一人幸せにしない方向へと、静かに燃え上がるのであった。




