バルクは宿らずとも、その体(フレーム)に宿る正義がある……のかも
アレン王子は、本気だった。
あの日、リリアーナに「バルク不足」で振られた屈辱を晴らすため、彼は王宮の地下に特設ジムを作り、地獄の筋トレを開始したのだ。
「……ふんぬぅぅぅ! あと一回……あと一回、リリアーナのためにッ!」
凄まじい気迫でバーベルを上げる王子。だが、一ヶ月後。
そこに立っていたのは、相変わらず**「無駄な脂肪が一切ない、彫刻のように美しい細マッチョ」**な王子の姿だった。
実は、アルカディア王家には悲しい呪い……もとい、体質があった。
どれほど鍛えても、筋肉が横に広がらず、すべてが「高密度の速筋」へと変換されてしまうのだ。デカくなれない。それはこの国最高のイケメンにとって、リリアーナに愛される権利を失うに等しい絶望だった。
「……クソ。なぜだ。なぜ私の大胸筋は、リリアーナを包み込めるほどに膨らまないんだ……!」
そんな折、事件は起きた。
学園からの帰り道、リリアーナの馬車が、隣国の過激派貴族が放った隠密部隊に包囲されたのだ。
「リリアーナ嬢、大人しく来てもらおうか。君のその『美容の知恵』は、我が国のために使ってもらう!」
「……ふにゃにゃにゃにゃ。……無理です。誘拐されるほどの体力が、私には備わっていません。歩くのも面倒なので、ここで寝てもいいですか?」
「寝るな! 担いでいくぞ!」
屈強な男たちがリリアーナに手をかけようとした、その時。
「――僕の婚約者(仮)に、汚い手を触れるなと言ったはずだ」
漆黒の闇を切り裂き、銀光が走った。
現れたのは、軽装の鎧に身を包んだアレン王子。
「王子だと? 笑わせるな、そんな細い腕で何ができる!」
隠密たちが一斉に襲いかかる。だが、次の瞬間、彼らは自分たちが何に打たれたのかすら理解できなかった。
王子の動きは、もはや人間の動体視力を超えていた。
「(……っ! 速い。魔力定数 v = ds / dt を完全に無視した加速。……あの細い脚のどこに、これほどの爆発力が……)」
リリアーナの目の前で、王子は舞うように剣を振るった。
マッスルな破壊力ではない。一点の無駄もない、究極の「効率」が生み出す神速。
瞬く間に隠密たちは制圧され、王子は息一つ乱さず、リリアーナの前に跪いた。
「怪我はないかい、リリアーナ。……情けない姿を見せた。僕は、君が望むような『巨大な盾』にはなれなかったようだ……。どれほど鍛えても、僕は筋肉に選ばれなかった……」
自嘲気味に笑い、自分の細い腕を見つめる王子。
それを見たリリアーナは、ふらふらと立ち上がり(そして膝をつき)、王子の二の腕にそっと触れた。
「……ふにゃ。……アレン様。……あなたの筋肉は、確かにゴミ……いえ、質量不足です」
「……ああ、分かっているよ」
「ですが。……その、密度の極致に達した『繊維の美しさ』。……化学的に見れば、それは金剛石にも勝る硬度と伝達効率を誇っています。……一ミリの無駄もないそのフレーム。……ほんの少し、一瞬だけ……悪くないと思ってしまいましたわ」
「……えっ?」
王子の顔が、パッと明るくなる。
「それじゃあ、僕を愛してくれるかい!?」
「いいえ。好みのタイプは依然として『歩く冷蔵庫』です。あなたはあくまで『鑑賞用の最高級精密機械』。……恋愛対象としては、アミノ酸の摂取効率と同じくらい対象外です」
「……結局ダメなのか!!」
王子の絶叫が夜の森に響く。
救出された感謝はあっても、筋肉の好みは曲げない。リリアーナの鉄の意志(と筋肉への偏愛)は、王子の決死の救出劇を以てしても、一ミリも揺らぐことはなかった。
だが、王子の心には希望が灯っていた。
「(『悪くない』……彼女はそう言った! ならば僕は、世界一の精密機械(細マッチョ)として、彼女を一生守り抜いてみせる!)」
こうして、二人の距離は「ほんの数ミリ」だけ近づき、そして恋愛感情は「ゼロ」のまま、新たな日常へと戻っていくのであった。




