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第7話 祝宴という名の屠殺場

 帝都に、久々の喧騒が戻っていた。


 市場には人が溢れ、

 止まっていた工房の扉が開く。


 街道には荷車が並び、

 魔導灯は夜通し灯される。


 人々は口にした。


「帝国は持ち直した」

「やはり皇太子殿下は違う」


 だが、その活気の下に何が流れているのかを、

 知ろうとする者はいなかった。



 王城の大広間は、過剰なほど明るかった。


 金と赤で彩られた天井。

 並べられた料理。

 惜しみなく注がれる酒。


 その中央に立つのは、

 セドリック・ハーグレイヴ。


 皇太子は杯を掲げ、満足そうに微笑んだ。


「見ろ」


 その声には、疑いが一切ない。


「これが、正しい統治だ」


 貴族たちは一斉に視線を向ける。


「物流は回復し、結界は安定した。

 街にはパンが戻り、暴動の兆しも消えた」


 事実だった。


 つい数日前まで、

 帝都は崩壊寸前だったのだから。


「力は、使い方を誤らなければ応える」


 セドリックはそう言って、

 隣を一瞥した。


 そこにいたのは、

 リリアーヌ・フレアライト。


 真紅のドレス。

 燃えるような赤髪。


 美しさは、何一つ失われていない。


 だが。


 視線は伏せられ、

 瞳は焦点を結ばない。


 まるで、精巧に作られた人形だった。


「そうだろう、リリアーヌ?」


 セドリックが、何気なく問いかける。


 彼女は、わずかに頷いた。


 それだけ。


 声は出ない。


 意思も、そこには見えない。


 貴族の一人が、

 その異様さに気づいて目を逸らした。


 だが、誰も口にしない。


「彼女は、帝国の象徴だ」


 セドリックは続ける。


「純血。

 力。

 美しさ」


 リリアーヌの顎に、指を添える。


 持ち上げるように。


「そして――飾りだ」


 その言葉に、

 彼女の睫毛が一瞬だけ揺れた。


 だが、何も言わない。


「感情は、統治には不要だ」


 セドリックは杯を掲げ直す。


「女は特にそうだ。

 感情を持たせるから、歪む」


 笑みが、深くなる。


「道具は、黙って働けばいい」


 乾いた拍手が起きた。


 誰も、心からは叩いていない。




「フロナは、よくやっている」


 その名を、

 セドリックは雑談のように口にした。


 空気が、わずかに凍る。


「帝国の結界、街道、軍需。

 すべてが、彼女一人で回っている」


 誇らしげでもあり、

 同時に冷酷だった。


「壊れかけていた国を、

 “一人の女”で立て直した」


 杯を傾ける。


「やはり女は、支配してこそ価値がある」


 その言葉に、

 リリアーヌの指が、微かに震えた。


 だが、誰も見ていない。



 一方、地下では。


 構成室は、変わらぬ音を刻んでいた。


 規則正しい振動。

 冷たい灯り。

 無機質な計器。


 フロナは、台座に繋がれたまま、

 処理を続けている。


 帝国全土の情報が、

 休みなく流れ込む。


 補正。

 修正。

 最適化。


 それを繰り返すたび、

 頭の奥が軋んだ。


(……遅い)


 思考が、わずかに追いつかない。


 数式が、重なる。


 正解が、一つに定まらない。


 霊素フェアリーの囁きが、

 不協和音に変わる。


(……静かに)


 念じても、

 情報は止まらない。


 視界が白く滲む。


 胸が、苦しい。


 呼吸のリズムと、

 装置の振動が合わない。


(……カイ)


 名前を思い出した瞬間、

 胸の奥が、耐えきれずに締め付けられた。


(会いたい)


 その感情が、

 一瞬、処理を乱す。


 警告音が、微かに鳴った。


(……だめ)


 必死に意識を繋ぎ止める。


 でも、頭が拒否する。


 構成図が、悲鳴を上げ始めた。



 祝宴は、成功のうちに終わった。


 セドリックは満足そうに席を立つ。


(完璧だ)


 帝国は戻った。

 力は掌中にある。


 地下で何が起きているかなど、

 考える必要もない。


 装置は最高傑作だ。

 フロナは壊れない。


 ――壊れるまで、使えばいい。



 その夜。


 構成室で、

 フロナは初めて“誤差”を出した。


 ほんの僅か。


 だが、帝国規模では、

 致命傷になり得るズレ。


 霊素フェアリーが、

 甲高く悲鳴を上げる。


(……あ)


 意識が、遠のく。


 最後に浮かんだのは、

 辺境の空と、黒髪の背中。


(……助けて)


 その声は、

 誰にも届かない。


 祝宴の灯りが消えたあとも、

 帝国の歯車は回り続けた。


 一人の心を、

 確実に削りながら。



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