第7話 祝宴という名の屠殺場
帝都に、久々の喧騒が戻っていた。
市場には人が溢れ、
止まっていた工房の扉が開く。
街道には荷車が並び、
魔導灯は夜通し灯される。
人々は口にした。
「帝国は持ち直した」
「やはり皇太子殿下は違う」
だが、その活気の下に何が流れているのかを、
知ろうとする者はいなかった。
◆
王城の大広間は、過剰なほど明るかった。
金と赤で彩られた天井。
並べられた料理。
惜しみなく注がれる酒。
その中央に立つのは、
セドリック・ハーグレイヴ。
皇太子は杯を掲げ、満足そうに微笑んだ。
「見ろ」
その声には、疑いが一切ない。
「これが、正しい統治だ」
貴族たちは一斉に視線を向ける。
「物流は回復し、結界は安定した。
街にはパンが戻り、暴動の兆しも消えた」
事実だった。
つい数日前まで、
帝都は崩壊寸前だったのだから。
「力は、使い方を誤らなければ応える」
セドリックはそう言って、
隣を一瞥した。
そこにいたのは、
リリアーヌ・フレアライト。
真紅のドレス。
燃えるような赤髪。
美しさは、何一つ失われていない。
だが。
視線は伏せられ、
瞳は焦点を結ばない。
まるで、精巧に作られた人形だった。
「そうだろう、リリアーヌ?」
セドリックが、何気なく問いかける。
彼女は、わずかに頷いた。
それだけ。
声は出ない。
意思も、そこには見えない。
貴族の一人が、
その異様さに気づいて目を逸らした。
だが、誰も口にしない。
「彼女は、帝国の象徴だ」
セドリックは続ける。
「純血。
力。
美しさ」
リリアーヌの顎に、指を添える。
持ち上げるように。
「そして――飾りだ」
その言葉に、
彼女の睫毛が一瞬だけ揺れた。
だが、何も言わない。
「感情は、統治には不要だ」
セドリックは杯を掲げ直す。
「女は特にそうだ。
感情を持たせるから、歪む」
笑みが、深くなる。
「道具は、黙って働けばいい」
乾いた拍手が起きた。
誰も、心からは叩いていない。
「フロナは、よくやっている」
その名を、
セドリックは雑談のように口にした。
空気が、わずかに凍る。
「帝国の結界、街道、軍需。
すべてが、彼女一人で回っている」
誇らしげでもあり、
同時に冷酷だった。
「壊れかけていた国を、
“一人の女”で立て直した」
杯を傾ける。
「やはり女は、支配してこそ価値がある」
その言葉に、
リリアーヌの指が、微かに震えた。
だが、誰も見ていない。
◆
一方、地下では。
構成室は、変わらぬ音を刻んでいた。
規則正しい振動。
冷たい灯り。
無機質な計器。
フロナは、台座に繋がれたまま、
処理を続けている。
帝国全土の情報が、
休みなく流れ込む。
補正。
修正。
最適化。
それを繰り返すたび、
頭の奥が軋んだ。
(……遅い)
思考が、わずかに追いつかない。
数式が、重なる。
正解が、一つに定まらない。
霊素の囁きが、
不協和音に変わる。
(……静かに)
念じても、
情報は止まらない。
視界が白く滲む。
胸が、苦しい。
呼吸のリズムと、
装置の振動が合わない。
(……カイ)
名前を思い出した瞬間、
胸の奥が、耐えきれずに締め付けられた。
(会いたい)
その感情が、
一瞬、処理を乱す。
警告音が、微かに鳴った。
(……だめ)
必死に意識を繋ぎ止める。
でも、頭が拒否する。
構成図が、悲鳴を上げ始めた。
◆
祝宴は、成功のうちに終わった。
セドリックは満足そうに席を立つ。
(完璧だ)
帝国は戻った。
力は掌中にある。
地下で何が起きているかなど、
考える必要もない。
装置は最高傑作だ。
フロナは壊れない。
――壊れるまで、使えばいい。
◆
その夜。
構成室で、
フロナは初めて“誤差”を出した。
ほんの僅か。
だが、帝国規模では、
致命傷になり得るズレ。
霊素が、
甲高く悲鳴を上げる。
(……あ)
意識が、遠のく。
最後に浮かんだのは、
辺境の空と、黒髪の背中。
(……助けて)
その声は、
誰にも届かない。
祝宴の灯りが消えたあとも、
帝国の歯車は回り続けた。
一人の心を、
確実に削りながら。




