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第5話 親という名の契約

 目を開けた瞬間、世界は冷たかった。


 石の天井。

 均一な灰色。

 温度のない光。


 構成室は、眠っている間も変わらず稼働していた。


 耳を澄ませると、

 低く、規則正しい振動音が聞こえる。


 人の呼吸に似ているのに、

 どこにも“生き物”の気配はない。


 ――装置の音だ。


 首元に走る違和感で、フロナは状況を思い出す。


 魔導線は外されていない。

 金属と魔力の混じった感触が、皮膚の奥に残っている。


 少し首を動かすだけで、

 台座が反応した。


 微かな音。

 魔導線が張り直される。


 人の意思とは無関係に、最適化される動き。


(……道具だ)


 思考がそこに至る前に、

 身体が理解してしまった。


 考える前に、使われる。


 ここでは、

 それが当たり前なのだ。


 意識が完全に覚醒したところで、扉が開いた。




 父・ヴァルターと、母・エリセ。


 二人は、装置の前で立ち止まった。


 娘の顔より先に、

 構成室の様子を確認する。


 父は、壁を流れる構成図に目を細めた。


「……安定しているな」


 それが、最初の言葉だった。


「想像以上だ」


 感嘆に近い声音。


「セドリック殿下と組んだ甲斐があった」


 フロナの胸が、少しだけ沈む。


 母は、装置に繋がれたフロナを一瞥してから、

 視線を逸らした。


「……仕方がなかったのよ」


 まるで、壊れた調度品について話すように。


「家は、もう後がなかった」


 父が続ける。


「お前の才能は、家を再興させるためにある」


 フロナは、台座に預けた指先に力を込めた。


 金属は、冷たい。


 体温を、まったく受け取らない。


「道具が、親に逆らうな」


 その言葉が、

 装置の無機質さと重なって聞こえた。


 ここでは、

 人も、感情も、同列だ。


 母が、小さく息を吐く。


「私だって、苦しかったの」


 そう言いながら、

 フロナの手には触れない。


「でも……戻れるのよ」


 声を低くする。


「ここにいれば、昔の暮らしに」


 フロナは、何も言えなかった。


 装置の振動が、わずかに強くなる。


 帝国のどこかで、問題が起きたのだろう。

 彼女の脳が、勝手に反応する。


 ――止められない。




 二人が去ったあと、

 構成室には、再び装置の音だけが残った。


 規則正しく、

 無慈悲に。


 時間の感覚が、曖昧になる。


 ここには昼も夜もない。

 あるのは、処理と補正だけ。


 ふと、フロナは目を閉じた。


 意識を、無理やり内側へ引き戻す。


 そうしないと、

 世界が全部、流れ込んでくる。


(……カイ)


 思い浮かんだ名前に、

 胸が、きゅっと縮む。


 黒髪。

 不器用な言葉。

 翻訳してやる、と言った声。


(今頃、どうしてるだろう)


 辺境の冷たい風。

 朝の光。

 人の体温。


 ここにはないものばかり。


(また……会えるかな)


 そう思った瞬間、

 胸の奥が、少しだけ温かくなる。


 でも、すぐに別の感情が追いかけてきた。


(……無理、かもしれない)


 国境。

 皇太子。

 この装置。


 現実は、あまりにも重い。


 それでも。


(会いたい)


 願ってしまった自分に、

 フロナは小さく息を吐いた。


 装置は、その感情を記録しない。


 効率にも、出力にも関係がない。


 だからこそ――

 それだけが、まだ“奪われていない”ものだった。


 フロナは、そっと目を開ける。


 冷たい光。

 無音に近い振動。


 ここは牢獄だ。


 けれど。


(……覚えておく)


 この装置の癖。

 父の理論。

 セドリックの設計。


 そして、

 ここから抜け出したいと願った、この感情。


 それらすべてを、

 いつか終わらせるために。


 構成室は、今日も無言で動き続けていた。


 人の心など、

 最初から存在しないものとして。



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