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第6話 新しい「家族」

 辺境ヴァルシュタイン領に、奇妙な噂が流れ始めた。


 ――水色の髪の女がいる。

 ――帝都から追い出された“混ざり物”だ。

 ――だが、あいつの言う通りにすると、土地が息を吹き返す。


 噂は最初、焚き火を囲む夜の酒の席で囁かれただけだった。


 薪の爆ぜる音や、酒の匂い、

 酔いに紛れた、半分は冗談の与太話から始まった。




「……で、本当に水が出たんだと?」


 砦の作業場で、ひとりの男が言った。


 煤けたゴーグルに、油染みの外套を着ている、

 魔導器具を握り慣れた、節くれだった手をした初老の男だった。


 作業場には、鉄と油の匂いに混じって、

 かすかな霊素フェアリーの気配が漂っていた。



「嘘だと思ったんだがな」


 男は肩をすくめた。


「例の“混ざり物令嬢”が言った場所を掘ったら、

 十年止まってた水路が、急に――流れ出した」


「へえ……」


 別の男が、顎を撫でる。


「帝国の技師団が何年も調べて、

 “構造的に不可能”って切り捨てた場所だぞ」


「だからだよ」


 最初の男が、低く笑う。


「俺たちみたいな“半端者”の居場所が、

 あそこにあるんじゃないかって話だ」




彼らは、いわゆる“混ざり物”だった。


帝国では、魔法は一つの属性に収まっているのが“正常”とされる。

火なら火。

水なら水。

それ以上でも、それ以下でもないことが、美徳だった。


複数の属性が混ざる者は、

「制御しにくい」

「管理できない」

「規格外」

「使えない者」

として扱われる。


彼らは専門部署にも配属されず、

魔導式も、教本通りには当てはまらなかった。


技術があっても、成果を出しても、

評価の席に並べられることはない。


問われるのは、能力ではなく

“その魔法が、ひとつかどうか”だけだった。


だから――

彼らは、噂に引き寄せられた。



「……来たぞ」


 砦の門前で、カイが腕を組む。


 数人の男と女。

 年齢も、出身も、魔法適性もばらばら。


 装備は揃っていない。

 服も、道具も、寄せ集めだ。


 だが全員、

 風の冷たさに身をすくめながらも、

 引き返そうとはしていなかった。


 共通点は一つ。


 帝国に“不要”と判断されたこと。



「用件を言え」


 辺境伯カイの声は、相変わらず硬い。


 先頭に立っていた女が、一歩前に出た。


「フロナ・ドレイクハルト様に会いたい」


 その名を聞いた瞬間、

 カイはちらりと砦の奥を見る。




「……私に?」


 フロナは、書類の束を抱えたまま首を傾げた。


「何か、やらかしました?」


「違う」


 カイは短く答える。


「会いたいって連中が来た」


「……?」


 フロナは少し困った顔で、外へ出た。




 門前に立った瞬間、

 彼女は理解した。


(ああ……この空気)


 霊素フェアリーが、静かに波打つ。


 似た歪み。

 似た温度。

 似た“居場所のなさ”。


 異端。

 混ざり物。

 半端者。


「初めまして」


 フロナは、自然と背筋を伸ばした。


「フロナ・ドレイクハルトです」


 その一言で、

 彼らの表情が変わった。


 期待。

 不安。

 恐れ。


 そして――

「ここなら大丈夫かもしれない」という期待でソワソワしていた。




「あなたが、水色の髪の……」


「ええ、噂の“混ざり物”です」


 フロナは、あっさり言った。


 一瞬の沈黙。


 次の瞬間、誰かが吹き出す。


「……正直だな」


「帝都の貴族とは思えない」


「いや、だからこそ、か」


 凍っていた空気が、

 ほんの少しだけ緩んだ。




「帝都では、混ざり物は役立たず扱いでした」


 フロナは淡々と続ける。


「両親の魔法適性が違っても、

 普通はどちらか一方しか受け継がれない。

 両方が混ざるのは稀で――」


 わずかに、言葉を区切る。


「大抵は、“使えない”」


 誰も否定しなかった。

 全員が、それを知っている。


「でも」


 フロナは、顔を上げた。


「ここでは、違うかもしれません」




「あなたたちは、何ができますか?」


 問いは、まっすぐだった。


 魔導具の調整。

 結界の補修。

 水路の設計。

 採掘の補助。


 実務。

 生きるための技術。


 フロナの頭の中で、

 配置図が、自然に組み上がる。


(……足りなかったピースが、全部ある)




「来てください」


 気づけば、そう言っていた。


「ここは、完璧な人間の場所じゃありません」


 混ざり物。

 半端者。

 失敗作。


「でも、“役に立つ人間”の居場所はあります」


 風が、止まったように感じられた。




 最初に頭を下げたのは、

 さっきまで強気だった女だった。


「……お願いします」


 続いて、他の者たちも。


 深く、深く。


 それは服従ではなく、

 ”ようやく辿り着いた居場所への挨拶”だった。


 カイは、その光景を黙って見ていた。




 その日の夜も、

 砦の灯りが穏やかに、闇の中に柔らかく滲んでいた。


「……増えたな」


 カイが言う。


「はい」


 フロナは、少しだけ誇らしげに頷いた。


「人手と、知恵と、胃袋が」


「最後いらねえだろ」


「重要です」


 食い扶持が増えたことはフロナにとっては考えるべき、重要なことだったのだ。




 風が、二人の間を通り抜ける。


「なあ、フロナ」


 カイが言う。


「お前、帝都に戻りたいか?」


 フロナは、すぐには答えられなかった。

 

 砦の灯り、人の話し声、湯気の立つ鍋の匂いが二人を包み込む。

 すべてが、少し不格好で、あたたかい。

 

 ――やがてフロナは、ゆっくりと首を振った。


「いいえ。私はここにいたいです」


「ここには、居場所があります」


「居場所?」


「役に立たなくても、ここにいていい場所。

 失敗しても、次の朝を一緒に迎えてくれる人たちがいます」


 言い切ったあと、

 ほんの一瞬だけ、フロナの声が揺れた。


「……帝都では」

 フロナは、視線を落とす。


「私は、皇太子殿下を――本気で、愛していました」

 胸の奥を、そっと指でなぞるような言い方だった。


「一緒に歩ける未来を、何度も想像して。

 そのために、できることは全部、やったつもりです」

 

「でも……」

 小さく、息を吸う。


「あの方は、私を見ていたわけじゃなかった」

 その声にセドリックを責める響きは、なかった。


「必要な役割を、

 都合のいい位置に置いていただけだったんだと思います」


 言葉を探し、少しだけ間が空く。


「それでも、好きでした」


 だからこそ、と続ける代わりに、フロナは首を振った。


「……私の愛は、

 あの人と並んで生きるためのものじゃなくて」

 

「必要とされたいって願うだけの、

 少し寂しい愛だったんだと思います」

 

 カイは何も言わず、ただ静かに聞いていた。


「ここでは――」

 フロナは、指先をぎゅっと握る。


「誰かの隣に立つ理由を、

 証明しなくていい」


 フロナは息を吐いた。


「だから、みんなを家族だと思えます」


「ここが、私の居場所です」


 その声は、まだ少しだけ震えていたけれど、

 その瞳に迷いはなかった。



 カイは視線を逸らしながら呟いた。


「……厄介な女を拾ったな」


「今さらです」


 フロナは、小さく笑った。


「でも――ここ、好きです」


 霊素フェアリーが、嬉しそうに揺れた。


 混ざり物と呼ばれた者たちが集い、

 不毛と切り捨てられた土地で芽吹くもの。


 それは、まだ国ではない。


 それは小さな、

 けれど確かな――”居場所”だった。




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