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第5話 不毛の地の黄金

 辺境ヴァルシュタイン領は、帝国の地図ではいつも灰色だった。


 ――不毛。

 ――寒冷。

 ――魔物多発。


 要するに、「使えない土地」。


 帝都の会議でこの地名が出るとき、

 それはたいてい“予算を削る理由”や”邪魔者を左遷する場所”としてだった。


 けれど実際の辺境は、

 灰色などではない。


 朝の光を受けた岩肌は、

 淡い青と白を混ぜたような色をしている。

 風に揺れる短い草は、

 霜をまとってきらりと光る。


 何もないのではない。

 派手な色を持たないだけだ。



「……本当に、ここか?」


 カイは、足元の地面を見下ろしていた。


 風に削られた岩肌は荒々しく、

 まばらに生えた、背の低い草は元気がなかった。

 踏めば、乾いた土が軋んだ音を奏でる。


 だがよく見れば、

 岩の隙間には苔が張りつき、

 小さな花の芽が、風を避けるように身を寄せている。


 冷たい空気の中に、

 石と土と、かすかな金属の匂いを感じさせる。


 辺境では作物は育たず、

 住民は最低限の糧を確保するので精一杯だ。


 帝国の目には、

 “価値がない”と映る景色に見えるのだろう。


「はい」


 フロナは即答した。


「この一帯の地下。

 深さは……そうですね、三十から四十層」


「層って言うな。わかりにくい」


「すみません、癖で」


 フロナは小さく咳払いをした。




 二人が立っているのは、

 村から少し離れた、使われなくなった採石場の跡だった。


 切り出されずに残された岩壁は、

 長い年月をかけて角が取れ、

 夕方の光を受けて柔らかな影を落としている。


 どこかで、

 小石が転がる音がした。


「ここ、昔は石を切り出していたらしいですね」


「ああ。

 でも質が悪くて、すぐ捨てられたと聞いている」


 カイは肩をすくめる。


「帝国の基準じゃ、“価値なし”だったようだ」


「でしょうね」


 フロナはしゃがみ込み、

 そっと地面に手を当てた。


 ひんやりと冷たい。

 だが、ただ冷たいだけではない。


 土の奥から、

 静かな脈動が伝わってくる。


(……いる)


 霊素フェアリーが、

 風に触れた水面のようにざわめいた。


 地の奥で、

 濃く、重く、そして澄み切った魔力が眠っている。


 濁りはない。

 むしろ、長い時間、

 ”誰にも触れられなかったからこその純度”が感じられた。


(これは……)


 思考が、一気に加速する。


 地層。

 圧力。

 温度。

 魔素の循環。


 構成魔導アーキテクトが、

 頭の中に精密な図を描き上げる。


(蒼魔石……それも、高純度だ)




「……カイ様」


「なんだ」


「ここ、帝国が扱っていないタイプの資源が出ます」


 カイは眉をひそめた。


「魔石か?」


「はい。ただし――」


 フロナは、少しだけ言葉を選ぶ。


「“量”じゃなくて、“質”がすごいです」


 地面に、指で円を描く。


「帝国の魔石は、基本的に大量消費型。

 魔導兵団や、魔導灯、都市駆動用」


 別の線を引く。


「でも、ここにあるのは、

 少量で高出力。

 精密制御向きです」


 その間にも、

 風が吹き抜け、

 採石場の壁に反射した音が、静かに返ってくる。


 カイの目が、わずかに鋭くなった。


「もしかして……兵器になるか?」


「そうですね。兵器にもなります」


 フロナは否定しない。


「でもそれ以上に――」


 一拍置き、はっきり告げる。


「制御系。

 演算補助。

 結界維持。など


 “国を回す核”になるでしょう」




 風が強くなった。


 不毛と呼ばれた土地の上を、

 冷たい空気が、何事もなかったように流れていく。


 遠くで、小さな青い鳥が一羽、

 岩の上に降り立ち、首をかしげた。


「……それが本当なら」


 カイは、ゆっくり息を吐いた。


「帝国が、喉から手が出るほど欲しがるな」


「はい」


 フロナは淡々と頷く。


「でも、今まで無視されてきました」


「……は?」


「帝国は、“見える価値”しか評価しません」


 フロナの声は静かだった。


「派手な出力。

 分かりやすい成果。

 数字にしやすいもの」


 指先が、地面を軽く叩く。


「でも、これは――

 “分かる人にしか分からない価値”です」




 カイは、思わず笑った。


「なるほどな」


「不毛の地だと思ってた場所に、

 黄金が埋まってたってわけか」


「正確には、“黄金より危険”ですね」


「怖いこと言うな」


「扱いを間違えると、です」


 フロナは真面目な顔で付け足す。


「なので、帝国には知られない方がいいです」


 カイは即答した。


「当然だ」




 二人は、しばらく黙り込んだ。


 風の音が響く。

 岩に触れる空気の擦れる音だ。

 遠くで小さな鳥が鳴いている。


 この土地が、

 何もないのではなく、

 ”豊かな黄金の土地”だということを、

 二人とも感じていた。




「……フロナ」


 カイが名前を呼ぶ。


「帝国は、お前を“失敗作”と呼んだんだったな」


「はい」


「だったら、尚更だ」


 カイは地面を踏みしめる。


「失敗作に、

 帝国を救う義理はない」


 フロナは、一瞬だけ目を見開き、

 すぐに視線を落とした。


(……ああ)


 胸の奥で、

 何かが、静かにほどける。




「ここは、私たちの土地です」


 フロナは、はっきりと言った。


「帝国の“予備”でも、

 “捨て場”でもない」


「同意する」


 カイは頷く。


「じゃあ――」


 彼は地図を広げた。


「この“黄金”、どう使う?」


 フロナの思考が、即座に動き出す。


 供給。

 防衛。

 流通。

 情報遮断。


 そのすべてが、

 この静かな土地を守るための線として結ばれていく。


「まず、採掘は最小限」


「慎重だな」


「価値を知られたら終わりですから」


 フロナは、顔を上げた。


「でも、これがあれば――」


 一拍置いて。


「辺境は、帝国に依存しなくて済みます」




 夕暮れが、地平線を赤く染めていく。


 灰色だと思われていた土地が、

 今は、柔らかな橙と紫に包まれている。


 不毛の地と呼ばれた場所の下で、

 静かに眠る“黄金”。


 それはまだ、

 誰にも知られていない。


 だが確実に――

 この土地の価値を、

 世界の見方そのものを、

 ひっくり返す力だった。






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