第5話 不毛の地の黄金
辺境ヴァルシュタイン領は、帝国の地図ではいつも灰色だった。
――不毛。
――寒冷。
――魔物多発。
要するに、「使えない土地」。
帝都の会議でこの地名が出るとき、
それはたいてい“予算を削る理由”や”邪魔者を左遷する場所”としてだった。
けれど実際の辺境は、
灰色などではない。
朝の光を受けた岩肌は、
淡い青と白を混ぜたような色をしている。
風に揺れる短い草は、
霜をまとってきらりと光る。
何もないのではない。
派手な色を持たないだけだ。
◆
「……本当に、ここか?」
カイは、足元の地面を見下ろしていた。
風に削られた岩肌は荒々しく、
まばらに生えた、背の低い草は元気がなかった。
踏めば、乾いた土が軋んだ音を奏でる。
だがよく見れば、
岩の隙間には苔が張りつき、
小さな花の芽が、風を避けるように身を寄せている。
冷たい空気の中に、
石と土と、かすかな金属の匂いを感じさせる。
辺境では作物は育たず、
住民は最低限の糧を確保するので精一杯だ。
帝国の目には、
“価値がない”と映る景色に見えるのだろう。
「はい」
フロナは即答した。
「この一帯の地下。
深さは……そうですね、三十から四十層」
「層って言うな。わかりにくい」
「すみません、癖で」
フロナは小さく咳払いをした。
二人が立っているのは、
村から少し離れた、使われなくなった採石場の跡だった。
切り出されずに残された岩壁は、
長い年月をかけて角が取れ、
夕方の光を受けて柔らかな影を落としている。
どこかで、
小石が転がる音がした。
「ここ、昔は石を切り出していたらしいですね」
「ああ。
でも質が悪くて、すぐ捨てられたと聞いている」
カイは肩をすくめる。
「帝国の基準じゃ、“価値なし”だったようだ」
「でしょうね」
フロナはしゃがみ込み、
そっと地面に手を当てた。
ひんやりと冷たい。
だが、ただ冷たいだけではない。
土の奥から、
静かな脈動が伝わってくる。
(……いる)
霊素が、
風に触れた水面のようにざわめいた。
地の奥で、
濃く、重く、そして澄み切った魔力が眠っている。
濁りはない。
むしろ、長い時間、
”誰にも触れられなかったからこその純度”が感じられた。
(これは……)
思考が、一気に加速する。
地層。
圧力。
温度。
魔素の循環。
構成魔導が、
頭の中に精密な図を描き上げる。
(蒼魔石……それも、高純度だ)
「……カイ様」
「なんだ」
「ここ、帝国が扱っていないタイプの資源が出ます」
カイは眉をひそめた。
「魔石か?」
「はい。ただし――」
フロナは、少しだけ言葉を選ぶ。
「“量”じゃなくて、“質”がすごいです」
地面に、指で円を描く。
「帝国の魔石は、基本的に大量消費型。
魔導兵団や、魔導灯、都市駆動用」
別の線を引く。
「でも、ここにあるのは、
少量で高出力。
精密制御向きです」
その間にも、
風が吹き抜け、
採石場の壁に反射した音が、静かに返ってくる。
カイの目が、わずかに鋭くなった。
「もしかして……兵器になるか?」
「そうですね。兵器にもなります」
フロナは否定しない。
「でもそれ以上に――」
一拍置き、はっきり告げる。
「制御系。
演算補助。
結界維持。など
“国を回す核”になるでしょう」
風が強くなった。
不毛と呼ばれた土地の上を、
冷たい空気が、何事もなかったように流れていく。
遠くで、小さな青い鳥が一羽、
岩の上に降り立ち、首をかしげた。
「……それが本当なら」
カイは、ゆっくり息を吐いた。
「帝国が、喉から手が出るほど欲しがるな」
「はい」
フロナは淡々と頷く。
「でも、今まで無視されてきました」
「……は?」
「帝国は、“見える価値”しか評価しません」
フロナの声は静かだった。
「派手な出力。
分かりやすい成果。
数字にしやすいもの」
指先が、地面を軽く叩く。
「でも、これは――
“分かる人にしか分からない価値”です」
カイは、思わず笑った。
「なるほどな」
「不毛の地だと思ってた場所に、
黄金が埋まってたってわけか」
「正確には、“黄金より危険”ですね」
「怖いこと言うな」
「扱いを間違えると、です」
フロナは真面目な顔で付け足す。
「なので、帝国には知られない方がいいです」
カイは即答した。
「当然だ」
二人は、しばらく黙り込んだ。
風の音が響く。
岩に触れる空気の擦れる音だ。
遠くで小さな鳥が鳴いている。
この土地が、
何もないのではなく、
”豊かな黄金の土地”だということを、
二人とも感じていた。
「……フロナ」
カイが名前を呼ぶ。
「帝国は、お前を“失敗作”と呼んだんだったな」
「はい」
「だったら、尚更だ」
カイは地面を踏みしめる。
「失敗作に、
帝国を救う義理はない」
フロナは、一瞬だけ目を見開き、
すぐに視線を落とした。
(……ああ)
胸の奥で、
何かが、静かにほどける。
「ここは、私たちの土地です」
フロナは、はっきりと言った。
「帝国の“予備”でも、
“捨て場”でもない」
「同意する」
カイは頷く。
「じゃあ――」
彼は地図を広げた。
「この“黄金”、どう使う?」
フロナの思考が、即座に動き出す。
供給。
防衛。
流通。
情報遮断。
そのすべてが、
この静かな土地を守るための線として結ばれていく。
「まず、採掘は最小限」
「慎重だな」
「価値を知られたら終わりですから」
フロナは、顔を上げた。
「でも、これがあれば――」
一拍置いて。
「辺境は、帝国に依存しなくて済みます」
夕暮れが、地平線を赤く染めていく。
灰色だと思われていた土地が、
今は、柔らかな橙と紫に包まれている。
不毛の地と呼ばれた場所の下で、
静かに眠る“黄金”。
それはまだ、
誰にも知られていない。
だが確実に――
この土地の価値を、
世界の見方そのものを、
ひっくり返す力だった。




