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第1話 帳簿じゃなくて帝国の血流です

 朝日が射し込む皇太子執務室は、

 まるで光そのものが主役かのように輝いていた。


 磨き上げられた床は金色の縁取りを抱き、

 高窓に吊られた薄布は風に揺られて、

 白い羽根のように光を散らす。


 ――そこで、ひとりだけ浮いている存在がいた。


 **フロナ・ドレイクハルト、公爵家令嬢。水色の髪をした美少女。**

 帝国では「混ざり物の失敗作」だと囁かれている令嬢だ。


(徹夜三日目の顔って、鏡で見る勇気がない……

 髪色は水色でも、顔色は青白いままだし……)


 額に残る魔素疲労のじんじんした感覚を押し隠しながら、

 フロナは抱えていた光式束を、そっと机へ置いた。


 中身は完璧。

 帝国全域の魔素循環と物流を再構成した

 最新の**構成魔導アーキテクト**最適化案だ。


 そして今回は、父が叩き込んだ論理だけじゃない。

 母の**霊素魔法エーテル・フェアリー**で読み取った

 風の流れや季節の癖――自然の呼吸までも織り込んだ。


 帝国の未来を守るための“二本立て”。

 フロナにしか作れない成果だった。


「殿下。構成魔導による魔素流再編案です。

 三年先までの予測を反映しています」


 指先で光式束を解くと、

 パチッと音を立てて魔素が弾け、

 青白い地図が空中に立ち上がる。


 帝国全土をつなぐ魔素路は光線となって脈動し、

 地図全体が巨大な心臓のように呼吸して見えた。


(これが完璧に回れば……

 前線は枯渇しない。

 民は飢えない。

 ――殿下の肩に、血の色を背負わせずに済む)


「――ああ、その前にフロナ」


 皇太子セドリックは、地図には一切目を向けず言った。


「今日の会議、ネクタイどっちがいい?」


 机の上には、紺と水色のネクタイ。


(ネクタイィ!? この映像よりそっち優先!?)


「北方方面軍との会議なので……紺色が良いかと。

 落ち着いて見えます」


「そっか。やっぱり君は賢いな」


 無邪気な褒め言葉。

 フロナの胸が一瞬、熱くなる。


(やめて。そんな軽い一言で頑張りが回収されるの悔しい……

 語彙飛びそうだから今はやめてぇぇ……!)


「で、これは何? 数字いっぱいだけど」


「構成魔導による魔素循環計画です。

 物流と兵站と魔素の流れを再設計すれば――」


 光の地図を操作すると、魔素路が生き物のように揺らぎ、

 より滑らかな流れへと変わる。


「魔素枯渇を五分の一に抑制できます。

 補給の足りない地区には新しい中継陣を置き――」


「ふーん」


 セドリックの口から、世界最薄の相槌が落ちた。


 紙束をぺら、と人差し指でつまむだけ。

 一文字も読んでいないことが、逆に明瞭だった。


「相変わらず数字の列だな。見てるだけで目が疲れる」


「数字を嫌っても、魔素は勝手には運ばれません」


 口が滑った。

 睡眠不足と、三日分の祈りが滲んだ結果だ。


 けれどセドリックは怒らず、にこりと笑う。


「そこが君らしくていいさ。

 ――で、要点は?」


「派手な魔法を撃たずとも勝てる、ということです」


 言葉を締めくくると、セドリックの眉が深く下がる。


「いや。私が求めているのは**戦場を焼き尽くす一撃**だ」


 執務室の空気が、すっと冷えた。


「こんな細かい数字の羅列、商人の帳簿と変わらない」


(帳簿……!? 帳簿扱い!?

 帝国人口分の計算したんですけど!?

 睡眠、返して!!)


 胸に刺さる痛み。

 彼女を支えていた唯一の支柱――

 **「殿下の役に立てるなら価値がある」**

 その前提が否定された。


「これは帝国の血流です。帳簿ではありません」


「だが、民が求めるのは数字じゃない。

 敵国を吹き飛ばす炎の光だ」


 セドリックは確信に満ちた声で言った。

 そこには疑いという概念すら存在しない。


「英雄譚に残るのは炎だ。

 細かい裏方は、君が勝手にやればいい」


「勝手に、ではありません。必要なので――」


「フロナ」


 声色が甘く沈む。

 けれど中身は空っぽだ。

 ただ役割を押し付けるための飾り。


「君は私の婚約者だ。

 帝国は私たちを見る。

 青髪と青髪の、理想的な組み合わせを」


 フロナの水色の髪――

 帝国では忌避される“混ざり物”を持つ者だからこそ、

 その皮肉は胸に重く刺さる。


「だから私の望む形で、君の力を使ってほしい」


(その“望み”が帝国を壊す未来に繋がるんですけど!?

 言えない……言ったらまた帳簿扱い……)


 フロナは必死に冷静さを守る。


「殿下の『一撃』のためだけの計画は、賛同しかねます」


「頑固だなあ」


 セドリックは肩をすくめ、光式の束をぱさりと落とす。

 まるで、紙束ではなく、存在ごと払い落とすように。


「この案は却下だ。

 構成魔導は官僚にでも任せろ」


(官僚の皆さんに謝りたい……。でも時間がない……)


「フロナは、大魔導一撃案を考えてくれ。

 魔素でも兵でも、何でもいい。派手な勝利を」


 その瞬間――扉が荒々しく開いた。


「報告です!!!!」


 土埃にまみれた若い兵士が駆け込む。


「北方第三師団より緊急通信!

 魔素供給陣が二箇所同時に停止!

 前線維持困難! 至急帝都からの魔素支援を!」


 セドリックの顔色が変わる。

 やっと、“現実”を見た。


 フロナは即座に地図を展開し直す。


 光の帝国図に、

 赤いひび割れが走り、北方を侵食していく。


「殿下。

 帳簿が破れた音が聞こえた気がします」


「……っ」


「対応は、既に計算済みです。

 構成魔導案そのまま実行します」


 セドリックの声が焦りを帯びる。


「フロナ、頼む!」


「承知しました。

 ――カイ・ヴァルシュタインに繋いでください。

 現場を最も理解している人です」


「誰だそれは?」


(殿下、ほんとに現場知らないのね……!)


「これより帝国の血流を再接続します」


 フロナは踵を返す。

 背中に、なお刺さる皇太子の視線。


(わたしはこれでいい。

 飾りじゃなくて、“機能”で価値を証明する)


 震える指先。

 それは徹夜のせいではない。


 ほんの少しだけ、胸の奥で

 何かがひび割れた音がした。


(でも、殿下のためになるなら――

 私はまだ走れる)


 彼女は駆け出した。

 机に投げ出された“帳簿”と呼ばれた紙束を残して。


 愛しい婚約者のために。

 水色の髪、失敗作と呼ばれた少女は

 今日も帝国を支えていた。



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