さらば金尾
〈鳥渡る出るも入るも日本なり 涙次〉
【ⅰ】
永田です。テオに訊いた一部始終を。
その日、金尾は普段通りに出所した。全くいつも通り、事務所のカネに纏はる仕事を一人で片付け、晝には持參のベーグルサンド(シオニストである彼は、所謂* コーシャに從つた食事しか受け付けない)を食べ、定時まで事務所内にゐた。カンテラの事務所には、殆ど殘業と云ふ惡弊はなく(平穏時、に限られるが)、金尾、退所からだう時間を潰したか分からないが、事務所のポーチで、日没と共に泥になり、午后7時きつかりにゴーレムと化した(前回參照)。
* ユダヤ教の教へに從つた食材の決まり。
【ⅱ】
だが彼は、その時點で彼の主、ヤーヴェを裏切つてゐた。魔導に墜ちた者を神が良しとする譯がない。だとすれば、金尾に憑依した【魔】・「引つ付き蟲」の影響はヤーヴェをも欺いたのだ。* 彼は信教上のコードに抵触すると、ゴーレムには變身出來ぬ筈であつた。
* 当該シリーズ第95話參照。
【ⅲ】
ゴーレムと化した金尾。然し、そんな彼の、一味に對する裏切りを、カンテラは知つてゐた。じろさん始め、一味のメンバーには知らせてゐない。この問題には、獨りで對處する積もりだつたのだ。だが、君繪のテレパシー網を侮つてはいけない。じろさんにも、テオにも、君繪は金尾の眞實を報せていた。じろさん「水臭い事は一切拔きにしやうぜ、カンさん」-カンテラ「君繪だな。余計な事を」-テオには然し、カンテラの身を案じた君繪の氣持ちが痛い程分かつた。それはじろさんとて同じだつたらう。
※※※※
〈バロックに向かひし詩には世紀末の特徴べたりと貼り付いてゐる 平手みき〉
【ⅳ】
だがじろさん・テオには、單獨で事に当たらうとしたカンテラの氣持ちも、良く分かつた。事務所の長であるカンテラ。けれどもじろさん、分かつてゐて、かう云ふのだ、「獨善は金尾にだけ、させて置かうぜ」と。と、どすんどすんと音がし、事務所の建物が揺れてゐる。「ゴーレムが突きをくれてゐる! この儘では事務所が破壊されちまふ!」とテオ。カンテラはすらり拔刀して、事務所のドアを開けた...
【ⅴ】
カンテラ、何を思つたか、火酒の酒瓶を持つてゐた。そして-「やあ、金尾くん。きみに裏切られるとは、思つてもみなかつたよ」。ゴーレムは口を利かない。ゴーレムには聲帯と云ふ不便な附属物は、付いてゐなかつた。たゞ、カンテラの襟首を摑み、彼の躰を持ち上げた。ゴーレムは、カンテラの躰を、地面に叩き付けやうとした。「危ない、カンさん!!」-じろさん。
だが、カンテラは落ち着いてゐた。火酒を酒しぶきとして、ゴーレムの顔に吹き付けたのだ。ゴーレム、目潰しをされ、思はずカンテラに隙を見せた。「しええええええいつ!!」カンテラはゴーレムの額のマーク、emethの最初のeを、刀で斬り取つた。
【ⅵ】
ゴーレムの躰は瓦解した。後には裸の金尾が殘つたのみ。それを見てゐた、「ゲーマー」、顔を變へてはゐるが、一發で彼だとじろさんには分かつた。「おつと、逃げるのはなし、だ。よもや約束不履行しやうつてんぢやなからうな」じろさん、「ゲーマー」を羽交ひ締めにし、其処にテオがテオ・ブレイドを突き付けた。
「分かつた分かつた。だうせ俺はヘマの責任を取らされ、蘇生は出來ない。命は惜しい」
【ⅶ】
「約束の担保として、貴様の右腕を貰ふぞ。約束が履行された暁には、返却しやう。何、それ迄冷凍保存しとくから、解凍してまたくつつければいゝ」-カンテラ。「ゲーマー」、「わ、わ、わ」だが冷酷にカンテラは「ゲーマー」の右腕を斬り取つた。
「さて、当該ポイント數は?」-「ゲーマー」、「25だ。分かつてる癖に、いちいち訊くな」-「これでお前ともおさらばだ。すつきりしたぜ」累計100! この日を以て、金尾は解雇された。命は特に取り上げなかつた。後は人間として、勝手に更生すれば良い。
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〈鳩吹の珍しき藝見かけたり 涙次〉
さて、金尾なき後の一味は? そして、君繪の成長した姿は... だが今回はこれでお仕舞ひだ。さらば「ゲーマー」、さらば金尾重悟。ぢやまた。