第二話 雪兎
「おうてめェらァ!よォくもアタシの実家に勝手に住み着いてくれたなァ!?出てきやがれオットー・キンカーズ!今投降すりゃ他の党員だけは『国中の便所掃除100年』で勘弁してやる!ただしてめェだけは責任取って『ハラキリ』だ!よくも親父と姉貴殺しやがったなクソ野郎が!」
復古派が旧王城前に到着して、姫は早速大声で投降勧告。
それに応じたのか、まもなく旧王城の門が開かれた。
「フフフ……境遇の割に元気があって大変結構だ、異国の姫君よ」
「「「「「……!!?」」」」」
しかし、門から出てきたのは予想したものとは全く異なっていた。先ほどの軍勢よりはだいぶ少数であるものの、装備も体格も明らかに優れる屈強な兵達。
ただ、先ほどの声は彼らから発せられたものではない。彼らは門から全員出た後、隊列中央に通り道を作り、そちらに向いて跪く。その通り道を堂々と歩き、復古派の目の前に現れた彼女こそが、先ほどの声の主。軍服で白い肌を包み、左耳にはブラザー党のシンボルマークである『双子星と双剣』と同じデザインの耳飾り。そして長く毛先に癖のあるブロンドヘアーをなびかせる長身の美女。
「久しいな、同志シルヴェスタ・シルヴァスタイン。大きくなったものだ」
彼女の関心は、復古派の中核たる姫君よりもその側近……ヴェスタに対しての方が強かった。
「二度と"同志"って呼ぶな。オレはお父様とは違う」
「『ゆえにここにいる』、ということなのかな?」
「そうだ。そしてブラザー主義をこの手で滅ぼすために」
「ブラザー主義はこれからの時代に必要不可欠だ。『第五世界』の実現のためにな」
「……『第五世界』?」
「え……?何だ?どういうことだ?」
「ヴェスタさんが"同志"……?」
「おいおい、知らねぇのか?ヴェスタはシルヴァスタイン家の……」
予期せぬ敵の存在、そして復古派主戦力と謎の女との因縁。復古派の兵達はただ困惑するばかりだった。
「ブラザー党序列1位……オードリー・オブライエン総書記……!」
その女がどれほどの存在かは、ヴェスタのみならずフリーダも知っていた。
「え?"総書記"ってオットー・キンカーズじゃ……?」
「『我が国の』はそうですね」
「あのオバハンは『セントエスノリアの』ブラザー党のトップだ。そして事実上、今の我が国の支配者」
「我が国のブラザー党はセントエスノリアの力で革命を成したようなものですからね。今でも"宗主国様"には頭が上がらないという話です」
姫の近くで敵の動きを警戒しつつ、ジュリアが補足する。
「少々人聞きが悪いが、ご解説いただき感謝する」
「そりゃどうも。大好きな内戦の匂いを嗅ぎつけてきたか?そういうのはウチに帰ってから好きなだけやれや、"天使思想の駒"どもが」
「フフフ……"駒"か。言い得て妙だな。では"内戦の玄人"として手解きをさせていただこう」
オブライエン総書記が右手を挙げると、跪いていたセントエスノリア兵達が立ち上がり、復古派の方を向いて構える。
「……ウチのブラザー党の差し金か?」
「異国の同志達の危機だ、『義によって』に決まってる。それに、ウォーリア国民諸君にはこれから先も我々ブラザー党とエスノ族の台頭に協力していただかねばならんからな」
「『黙って一生奴隷でいろ』と?」
「捉え方『は』自由だ」
歴戦の復古派の兵達は察していた。対峙する者達を打倒するには一筋縄ではいかないと。
「参ったな……俺らこんな奴がいる時に限って『革命返し』しちまったのか……」
「むしろチャンスだよ、ウィンストン。『革命返し』する以上、どのみち必ずセントエスノリアと対立することになる。順序が変わっただけだし、しかも向こうの大物が今このくらいの数の兵隊しか抱えてない。ここでついでにアイツを倒せれば、セントエスノリアの勢いを大きく削ぐことができる」
「フフフ……勇ましいことを言うではないか、シルヴェスタ少年。理屈としては至極正しい。あとは大言壮語ではないことを実証していただこうか」
「「「「「……?」」」」」
総書記は左手をかざし、そこに本のようなデバイスを展開する。
「僭越ながら紹介させていただこう。我がデバイスの1つ、《真理省》。この書物はいくつかの命を記載でき、同志はこれを遵守する見返りとして我が魔力の恩恵を受けられる。このようにな」
「「「「「!?おおおおお!!!」」」」」
総書記が本を開き、右手で素早くペンを走らせると、セントエスノリア兵達の身に纏う魔力がより増幅され、屈強な身体がより大きく隆った。
「要は他者の強化か、だりィな……ヴェスタ」
「はい」
「お前が先行して連中の隊列を乱せ。言い出しっぺの責任は取れるよなァ?」
「もちろんでございます、姫様」
ヴェスタは再び2本の剣を展開し、復古派の最前列に立つ。
「ほう、それがシルヴェスタ少年のデバイスか。名は何と言う?」
「《雪兎》」
「なかなか可愛らしいじゃないか。君によく似合う。不謹慎ながら、その名に違う脅威を期待せずにはいられないな……」
総書記が右手を前に差し出す。
「『2分間憎悪』、開始」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
それと同時に、セントエスノリア兵達は猛獣の如く突撃を開始した。
「どけどけクソチビィ!」
「ハハハ!ほんとウォーリア人はひょろい奴ばっかスノ!!」
「…………」
セントエストリア兵達の中で先陣を切る2人の兵。頭1つ分以上は背が低く、無防備に2本の剣を握っているだけのようにしか見えないヴェスタに向かって大上段から意気揚々と斬りかかるが……
「え……?」
「が……ッ!?」
ヴェスタは自然体から一瞬で距離を詰め、すれ違いざまに両者に斬撃。両者は何が起こったのかもわからないまま倒れた。
「な、何だ今の動き……!?」
「速すぎるスノ……」
「び、ビビるんじゃねぇ!所詮は単騎!囲い込め!」
少数で闇雲にかかっても返り討ちに遭うだけ。それを悟ったセントエスノリア兵は、今度は5人でヴェスタの周囲を囲み、一斉に攻撃。
「「「「「オラァ!……!?」」」」」
ヴェスタは魔力による身体強化を生かし、空高く跳んで回避。しかし……
「ハッ!やっぱり素人だぜアイツ!わざわざ跳びやがった!」
「いくら高く跳べるからって、空中じゃ無防備になるだけスノ!」
「これだから壁に引きこもってる奴らはいけねぇなぁ!」
着地点を読み、構える兵達。
「「「「「ここだ!!……は……!?」」」」」
着地の間際を狙って再び一斉に攻撃。自然落下していればその狙いは誤ってなかった。しかしヴェスタは敵の攻撃の一瞬先、空中に剣を『突き刺した』。すると落下がほんの少しの間止まったことで、攻撃を回避。
「「「「「ぐあ……ッ!!!」」」」」
そして、敵の攻撃直後の隙を突き、空中で独楽のように回転して斬撃。見事に着地した瞬間、敵5名はその場に崩れ落ちた。
「流石ですね」
「ああ。あの剣は世界そのものを『凍らせる』氷の刃。空を跳ね回るウサギだ」
ヴェスタのデバイス、《雪兎》が秘める機能は、概ね姫の解説通り。
「あぐっ……」
「!?アリョーシャがやられたスノ……!!?」
「くそッ、何だよこの動き……!?」
「目で追い切れねぇ……全然読めねぇスノ……!」
「おい!全員落ち着け!!」
《雪兎》は刀身が触れた空間そのものを『凍結』させる。その範囲は狭く、凍結の時間もわずかだが、それでも凍結した空間を支えにすることで、空中を跳ね回れる機動力を得られる。剣士としては身軽さを売りにし、速度に長けたヴェスタにとっては、まさに鬼に金棒。
「今だ!総員突撃!!」
「「「「「!?やべぇ……」」」」」
姫の目論見通り、ヴェスタの速度と機動力により翻弄され、隊列を乱したセントエスノリア兵達。そこからの掃討は容易いものであった。
「くそぉぉぉぉぉ!!!」
「!」
やぶれかぶれになった一際大柄なセントエスノリア兵の大剣での一撃。それがたまたまヴェスタの動きを捉え、ヴェスタを防御に回らせた。
「くひひひひ……!どうだどうだ?すばしっこいチビだが力で押さえ込んじまえばこっちのもんスノ……!」
「…………」
ヴェスタが《雪兎》2本で大剣を受け止めているところに、兵が力を思いっきり加え、ヴェスタをそのまま真っ二つに斬ろうとしているものの……
(……!?な、何だコイツ……ビクともしないスノ……)
「らぁっ!!!」
「!!?」
逆にヴェスタが力づくで押し返し、兵の巨体が宙に舞う。
「ぐげ……ッ!!?」
すかさずヴェスタも跳び、その兵の頭を掴み、着地と同時に地面へ思いっきり叩きつける。
「嘘だろ……あのセルゲイが力負けした……!?」
「ば、バケモンかあのチビ……」
「隙あり!」
「「!?がああああっ!」」
復古派の奮闘により、セントエスノリア側で立っているのはとうとう総書記のみとなった。
「これは驚いた……我が『2分間憎悪』にて強化した同志一同を屠るとは」
「よくやったヴェスタ、今のお前は"ブラザー党の同志"なんかじゃねェ。"復古派最強の戦士"だ」
「光栄にございます、姫様」
(切り札のヴェスタの魔力は極力残しておきたかったが、相手が相手だったしな……道中の雑魚どもの時みてェに単純に数と数でぶつかり合ってたらおそらく犠牲が増えるばかりだった。想定通り全滅させられたし、これはこれで後はヴェスタに無理をさせない口実にもなる)
「後はテメェだけだ!」
「お覚悟を……!」
復古派もそれなりの数の兵が倒れたが、主戦力は健在。そんな中……
「見事。空を跳ね回るが如き剣舞。そして味方との連携。なかなかに面白いものを見せてもらった」
総書記は動じることなく、敵の奮闘を拍手で讃えてみせた。
「シルヴェスタ少年、そうまでして人民に与えたいのか?『2足す2を4と言える自由』を」
「人として生まれたら、誰しもがそう言えるものだろ?」
「それもまた真理だ。ゆえに、『これからの』健闘を祈ろう」
「「「「「……!?」」」」」
総書記の左手には、先ほど展開した《真理省》は既にない。代わりに展開したのは、女児がおもちゃとして遊ぶような可愛らしい意匠の人形。それも夥しいまでの数が展開され、1人につき1体ずつ、倒れたセントエスノリア兵の元へ向かう。
「複数デバイス……!?」
「僭越ながら再び紹介させていただこう。我がデバイスの1つ、《豊富省》。これは菓子として具現化した我が魔力を同志達へ配給する人形。そしてその菓子を喰わせると……」
「は……!?」
「「「「「ウ……ウウウ……」」」」」
復古派にとってはセントエスノリア人に手心を加える理由など全くなく、むしろ積年の恨みばかり。ゆえに、倒れたセントエスノリア兵の中には少なくないはずの死者がいたはずなのだが、1人として残らず再び立ち上がった。
「ご覧の通り、ブラザー主義に殉ずる烈士として再び役に立ってくれる」
「要は死体遊びかよ……趣味悪ィな……」
「捉え方『は』自由だ。だがただの人形劇だとは思わないでいただきたい」
「「「「「グオオオオオオオ!!!」」」」」
「「「「「!!?」」」」」
総書記が指を鳴らすと、立ち上がったセントエスノリア兵達が雄叫びと共に再び襲いかかる。
「ッ……!?」
「ヒャハハハハハ!どうしたどうしたァ!!」
「コイツら……さっきまでよりむしろ強い……!?」
「今の同志達は、恐れも理性もなく、本能だけが剥き出しの器。ゆえに我の魔力に抗うことなく追随してくれる」
「アイツ、この数でこれだけ高度な遠隔操作を……!?」
「……チィッ!」
「姫様!!?」
前線の危機を見て痺れを切らし、姫は和傘を展開しつつ前進、さらに和傘の柄を握り、仕込み刀を引き出す。
「アタシも戦る!文句ねェな!?」
「……やむを得ませんね」
「姫様!雑兵の足止めをお願いします!!」
「!?ヴェスタ!!?」
混戦の中、ヴェスタは《雪兎》の空間凍結で空中を跳ね、単騎で総書記の方へ向かう。
「お前さえ倒してしまえば!」
「……面白い」
「!?」
総書記はヴェスタが近づく間に、ヴェスタと同じく2本の軍刀を展開。
「まだ他にもデバイスを……!?」
(いや……剣の腕前も機能も未知数だけど、こんな複雑な魔力操作をしながらだったら、オレの剣が後れをとるわけが……!)
接近したヴェスタはすかさず一閃を放つが、総書記は軽々と受け止め、鍔迫り合いとなる。
「フフフ……正しい判断だ、シルヴェスタ少年。『本体を倒せば全て解決する』。理屈としては至極正しい。だが……」
「!くっ……」
膂力でこちらが劣ると判断したヴェスタは一旦距離を取る。
「それは絶対に叶わぬことだ」
「何……!?」
「僭越ながら……と言いたいところだが、生憎とこれはまだ何の変哲もない、無銘の2振りの剣だ。もう少し白兵戦に向いた機能が欲しいところだが……それでも今君の相手をするには十二分だ」
「ッ……!ほざけ!!」
ヴェスタは再び突撃。しかし直進はせず。太刀筋を読ませぬよう、空間凍結による機動力を生かし、翻弄するように蛇行しながら。そして間合いに入った瞬間、高速の剣舞。
「……!?」
しかし、それさえも総書記はその場から一歩も動かず、紙一重の回避と最低限の防御のみで凌ぐ。
「青い」
「!!ぐぁッ……!!!」
そして、一瞬の隙を突いて一蹴り。ヴェスタはあっさりと蹴り飛ばされてしまった。
「ヴェスタ!?」
「そんな……あのヴェスタさんが……!?」
「何なんだよアイツ……いくら何でも強すぎだろ……!」
「……お前ら、少しだけ時間稼いでろ!」
姫は展開していた和傘を一旦消去しつつ、後退。そして別の種類のデバイスを展開。先ほど待機を命じた兵に渡したのと同じ、長方形の板状のデバイス。
このデバイスの名は《残光》。かつて"勇者"と讃えられた転生者達が元いた世界で普及していたという通信機器を模したもので、原理は不明だが、姫が持つメイン端末と他者に貸与可能なサブ端末の間で映像通信が可能である。
「おいトム!緊急事態だ!とっ捕まえた連中は放っといても良い!全員王城前に急いで来い!」
「ひ……姫様!こちらも今緊急事態で……がぁッ!!!」
「な……!?」
焦る兵が倒され、端末の画面には一瞬だけ暴れ回る敵兵達が映し出され、そこで通信が途切れた。
「くそッ、さっきの人形か!?捕えてた奴らを操って……」
「フフフ……予備軍くらい計算の内だ。何せ君も認める"内戦大好き女"なのでな」
「てめェ……!」
この事態に、流石の姫も焦りを隠せなくなった。
「ガハハハハ!どうしたどうしたァ!!」
「コイツら、倒しても倒しても……!」
「元が死体だからでしょうか……?」
「ぐふっ……!」
「ヒャハハハハハ!!もっと殺り合おうぜぇ!!!」
「くそッ、くそおおおおお!!!」
混戦の中、主力組はまだどうにか持ち堪えているが、他の兵達は少しずつ、だが確実に、その数が減り続けている。
「さて……この国のことはできるだけこの国の同志の意向を尊重したいところだが、またこのようなことがあっては困る。やはり王族は放し飼いではなく、首輪を付けるべきだな。そしてそうなれば、他の復古派を生かしておく理由も希薄。まぁ国防は手薄になるが、そこは独断の責任を取って、我々の方で人員を補填すれば良かろう」
勝利を確信……いや、おそらく最初からこうなると高を括っていた総書記は皮算用を始める。
「クソッタレが……!」
しかしそんな慢心を目の前にしても、姫には何の打開策も思いつかなかった。再び前線に戻り加勢することで、兵の消耗を遅らせる。それで精一杯だった。




