第十五話 それぞれの正しさ
鉱山を出て街に入ると、レイヴン自治区の友魔達が街道に集まっていた。
「おおっ!戻ってきたぞ!」
「ソラさん!もう鉱山には……」
ソラが親指を立ててウインクする。
「皆の者、よく聞け!ここにおわす勇敢なるルミナス開拓団の奮闘により、鉱山に巣食っていたドラゴンどもは退治された!この街は救われた!」
「「「「「うおおおおお!!!」」」」」
その姿で、その言葉で、友魔達が沸く。
「……レミファ」
「!!!」
歓喜する友魔達の輪の中から、ディアナが前に出て姿を表す。
「お母さん!……!!!」
母の元へ駆け寄る娘を、母はあえて手で制した。娘はそれに従い、母の前で立ち止まる。
「レミファ、気持ちはわかります。私もそうしたいところです。ですがその前に、私はステイシアの国民として、レイヴン自治区の議員として、そして何より貴女の母として、筋を通さねばなりません。わかりますね?」
本当はとっくに覚悟していたレミファは静かに頷き、そこにまっすぐ立って目を瞑る。そしてディアナはそんなレミファの頬を張った。
「ッ……!」
「何が悪かったか、わかりますね?」
「……勝手なことをしてごめんなさい。みんなに迷惑かけてごめんなさい……」
「正しいですが、謝罪だけで済まないこともあります。ソラも、シドも、ヴェスタも、フリーダも、皆貴女のせいで死んでいたかもしれないのですよ?」
「で、でもレミファ、『たいだんとどけ』出して……」
「ソラ達がそんなもので貴女を見捨てるような薄情な人間だと思ったのですか?」
「……ごめんなさい……」
「謝る相手が違いますよ」
「みんな、ごめんなさい……」
レミファは母の本心を理解していた。好き好んでこんなことをしているわけではないのは理解していた。だから泣くのを堪えて、身体を震わせながら母の言葉を受け止め続けていた。
「ディアナ、それくらいにしてやってくれ」
「「……!」」
割って入ったのは、昨日鉱山でドラゴンに襲撃され、身体中に包帯を巻いている友魔達だった。
「勝手だったとしても、レミファは俺らのために、この街のために戦ってくれたんだ。俺らに免じて、ここは納めてやってくれねぇか?」
「そ、そうですよディアナ議員!」
「鉱山がなけりゃ俺達……!」
他の友魔達も口々にレミファを擁護する。
「……ルミナス開拓団の皆様。この度は娘のせいでご迷惑をおかけしてしまい、誠に申し訳ございませんでした。そして、娘を……この街を救ってくださり、本当にありがとうございました」
「気にしないでください。おれはやりたいことやっただけなんで」
「ボクもまぁ、そういう気分だったんで」
「あれはあれで良い経験になったよ」
「後でまたレミファモフらせてくれるんならもう良いぜ」
「貴方がたにもそう言っていただけたのであれば、示しは付いたと言えるでしょう。レミファ」
「!」
両腕を広げるディアナにレミファは抱きつく。
「無事で良かった……!」
「お母さん……お母さん……!」
またこうして触れ合える喜びを噛み締めるように、2人は涙する。
その一方、街の友魔達がソラ達の元に集まる。
「以前にもソラさんにはこの街を守ってもらったが、今回のことでレミファも……そしてあんた達3人もこの街の英雄だ」
「もしいつか俺達の力になれそうなことがあったら言ってくれ。ディアナも言ってた通り、俺達もステイシアの国民として、必ず協力させてもらう」
「「「ど、どうも……」」」
(((ありがたいけどやりづらい……)))
ヴェスタとフリーダ、そしてシド。ステイシアにとって利益になるとは言い難い目的を秘める3人は複雑な表情で、友魔達の握手に応じた。
(“ステイシアの国民”……ディアナさんはそうなんだろうけど、他の友魔達もそれを本気で望んでるのかな……?首輪を強いられて、見た目が似てるだけで全然違う生き物なのに。オレ達の国がブラザー主義に従わざるを得ないみたいに、この街でもそういうのってあるのかな……?)
「……?どうしたヴェスタ?」
「あ、ううん。何でも……」
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「ふひゅううううう……!」
街に戻ってきたルミナス開拓団の女性陣はまずレミファの実家の大浴場で身を清め、湯船に疲れを溶かす。
「やっぱ風呂は脚伸ばせなきゃなぁ……」
「ってかお前、骨折れてるんじゃねェのかよ?」
「風呂は別腹だ」
「バーカ、腹に骨はねェだろ」
「~♪」
髪がせいぜい肩くらいまでのフリーダとソラは先に湯船に浸かり、腰くらいまでの長さのレミファは鼻歌混じりに髪を洗っている。
「いかがでしたか新入りさん?ルミナス開拓団、初めてのダンジョン探索のご感想は?」
「ドラゴンの巣穴を研修に使うなんて、とんだブラック開拓団ですわね」
「んふふ、正直な奴は嫌いじゃねぇぜ。まぁでも、その辺も込みで今回は反省点だらけだな。レミファにもうちょっと上手く言い聞かせてりゃ、きっと横っ面を叩かれずに済んだしなぁ」
「お前は仲間が相手でももう少し疑った方が良いぜ?他人は思った以上に賢くて、そして同時にバカなもんだ。自分にできることは他人もできるたァ限らねェ」
「これでもフリーダとヴェスタのこと、結構疑ってるつもりなんだけどなぁ」
「へっ、正直な奴は嫌いじゃねェぜ」
「ついでにシドも」
「一番信頼できるのは魔物とか、お前の人選はどうなってんだよ……?」
「全くだ」
「……それでも、詮索しねェでくれるんだろ?」
「女に二言はねぇ」
「ならアタシも”勇者様の従者”のままだ……ありがとな」
「……お前らもな」
「え……?」
「あの時、メタルファングに囲まれても、お前とヴェスタは逃げなかった。レミファ1人くらいなら振り切れたはずなのにな」
「『だから信じられる』ってか?」
「そいつが良い奴か悪い奴かを最後に決めるのは、言葉なんかじゃなく行動だ」
「…………」
「何を企んでるのかはわかんねぇけど、叶うと良いな。お前らの望み」
(……そんなこと言われちゃ、言いづれェじゃねェか。『お前の力を利用して叶えるんだ』って……)
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次の日。ドラゴン退治の疲れを癒すため、ルミナス開拓団は今日1日休業。ソラは部屋で安静にしつつ、フリーダとシド、レミファは自由に街で行動する中、ヴェスタもレミファの実家に残り、ディアナと向かい合わせで紅茶を飲んでいた。
「すみません。議員さんってやっぱり忙しいですよね?」
「いえ、お気になさらず。”街の英雄”とこうやって交流するのも、この街の為政者としての勤めと言えるでしょう。それで、話というのは?」
「えっと……ここに初めて来た時も色々教えてもらいましたけど、友魔についてもうちょっと色々教えてもらいたくて……」
「ふふっ……興味を持っていただけたのなら光栄です。答えられる範囲でお答えしますよ」
「じゃあ、その……友魔って、この街以外にもいるんですよね?」
「ええ。この国の友魔のコミュニティは私が把握しているだけでも5つはあります。実際にはもっと多くあるでしょうね」
「そういうとこって、どこもこの街と同じなんですか?」
「……?と言うと?」
「この街みたいに、首輪を付けて、ステイシアに従って、みたいな……」
「…………」
「べ、別にこの街の友魔が変だって言いたいわけじゃないんです。ディアナさんが前に言ってたことも、すごく良いことだと思うんです。でもやっぱり、その……いくら人間への敵意がないからってみんながみんなそうしようって思うものなのかなって……友魔であっても悪く言う人間だっているんですし……」
「……言わんとするところはわかります。確かに貴方の言う通りです。私達と異なる考えの友魔などいくらでもいます。そもそも私達のほとんどは元々、文明とは無縁の生物。それが突然変異で急に”人間のような何か”になっただけ。つまり、首輪を付けてでも人間社会と付き合うメリットを理解できない者、理解できてもそこに思い至れない者が大多数なのです。この街を見ているとあまり実感が湧かないかもしれませんが、友魔の文明の水準は全体で見れば人間よりもだいぶ遅れていますからね」
「でも、『わかった上で人間と関わらない』ってのもいるんですよね?」
「ええ。鉱山にいたドラゴンのように、元々言葉を話せたり人間に引けを取らない知能を持つ魔物が友魔になる例もありますからね。アイザックから聞いた話だと、ドラゴンの友魔も実在が確認されているそうです。そういう『あえて』で人間社会を避ける友魔達は私達のように『柱』の圏内ギリギリだったり……ドラゴンの友魔達に至ってはその実力に自信があるためか、あのトロン山脈の近くで集落を構えていると聞きます」
「ディアナさんもですか?すごい賢い人だなぁって思うんですけど……」
「……少し話は変わりますが、私の歳はいくつくらいだと思いますか?」
「え……?えっと、レミファが13だし……30くらいですか?」
(もっと若く見えるくらい綺麗だけど……)
「私自身も実は細かくは数えていないのですが……最低でも100は超えております」
「え……!?」
「まぁつまり、元からではなく年の功というものです。これだけ長く生きられているおかげで私は夫と出逢えましたし、娘にも恵まれました」
「他の友魔もそれくらい生きられるんですか……?」
「そこは種族次第ですが、どのみち友魔は短命になりがちです。ただ戦うだけだと純粋な魔物より不利ですからね。なのでこの街も『若者ばかりだから』……というのが全てではありませんが、形式的であっても人間に従うのを良しとしない友魔はいます。何なら私自身も最初はそうでしたし、今でも人間に隷従する気は毛頭ありません。あくまで最優先はレミファの……同胞の未来です」
「…………」
「望む答えでしたか?」
「……言ってしまえば、そうですね」
「だから、最初にステイシアの提案を飲んだ時は、ほとんどが現実を見ての打算でした。人間達の技術を吸収しつつ、金属加工などの得意分野でシェアを確立して、人間達が私達を生かさざるを得ない状況を作る。今も基本的な方針は変わっておりませんが、当初は今以上に、友魔としての面子というか、そういうものに固執していたところがありました。その結果……」
「結果?」
「夫が死にました」
「……!」
「前に話した、半年以上前の魔物の大量発生。そういうことは今までにも幾度もありましたが、あの時のものは魔物の強さも量も段違いであると、私達自身も街に直接危害が及ぶ前から把握していたのですが……それでも最初、私達はステイシア政府からの援軍を拒んでしまったのです。『ステイシアの首輪に応じて腑抜けになった』という街の者達の批判を避けるために、せめて防衛の面では以前と変わらず自主独立を示さねばならないと、私達はそう考えてしまったのです。そして私達の正当性を証明するために、夫は率先して先陣を切って……」
「……愚かだとは思いませんよ」
「ありがとうございます……面子の代償はもっと高くつくはずでした。当時はまだ少なかったですが人間の定住者もいて、その責任問題を問われることも懸念されました。下手をすれば、街そのものの壊滅もあり得ました。それでもソラのおかげで、多くの命が救われ、街も存続できました」
「……!」
「ソラは『勇者』という立場を利用して、表向きには『政府からの要請』ではなく、『個人的な支援』という形で、いち早くこの街に駆けつけてきてくれたのです」
「ソラらしいですね……」
「そうですね。レミファや街の者達が憧れるのも無理はありません」
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「ねぇソラ!友魔も開拓団やれるの!?」
「ステイシア国民なんだからそりゃできるだろ。多分前例はないけど」
「じゃあレミファもやる!ソラみたいにみんなを守れる”ヒーロー”になるぞ!」
「レミファ、お前戦えるのか?」
「うん!ほら、デバイスだって出せるんだぞ!」
「アハハハハ!お前すげぇな、気に入った!せっかくだからおれんとこに入るか!?」
「!!!良いの!?」
「おうよ。喜べ、レミファがルミナス開拓団の団員1号だ」
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「そして、私もですね。人間とか魔物とか、そういう枠組みに囚われ過ぎているのは、私達を”首輪付き”と蔑む人間達だけではなく、私自身もそうでした。結果としてこの街は人間の往来も増え、より豊かになれました」
「…………」
「ですが、だからと言って、私達と考えの異なる同胞達が間違っているとは全く思いません。私達には私達なりの正しさ、彼らには彼らなりの正しさがある。今は確かに、私達のやり方が一番正しいようにも見えますが、歴史を重ねれば、答えがどう転ぶかわかりはしません。ステイシアに与することにもデメリットはあると思いますし、最終的には私達が滅びて他の同胞達が栄えるという未来も十分にあり得る話です。だから、『それぞれの正しさ』はいくつあっても良いのです」
「最終的に友魔がこの世界で生き続けることができれば……ってことですか?」
「人間達も、そのためにこの大陸を『国』というもので分けているのでしょう?この世界にいくつもの正しさが共存できるように。この世界がどんなふうになろうとも生物として種を残せるように」
「……きっとそうだと思います」
(それでも……いや、だからこそ、ブラザー主義だけは絶対に滅ぼさなきゃならない……)
ヴェスタは決意を新たにして、すっかり冷めた紅茶を口に運ぶ。
「……ところで、私もヴェスタに聞きたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」
「何です?」
「昨日のことをレミファから聞いたのですが……『ヴォーパル・セイバー』とは何なのでしょうか……?」
「え?」
「え?」
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レイヴン自治区での滞在期間を終えたルミナス開拓団は、本来の任務通り、モミー商会を護衛しつつ首都イーグルシティへと戻ることに。
その道中……
「レミファ~、勉強の時間だぞぉ~♪」
念の為、馬車の中で安静にしているソラが、暇を持て余してレミファをからかう。
「うん」
「あら、今日はえらく素直だな……」
「……レミファはもうあんなバカなことはしないよ」
「……!」
「レミファはソラみたいなヒーローになるけど……大人になったらお母さんみたいな偉い人になるぞ!」
「良い心がけだ」
レミファの意気で、勉強を教えるソラにも熱が入る。




