第十二話 探検
ソラ達よりも先に鉱山に到着したレミファ。当然、『立入禁止』の立て札も無視してそのまま鉱山の中へ入っていく。
鉱山内部は発光する苔が至る所にあるが、陽の光がほぼ入らない場所のため暗い。しかしレミファは手ぶらで、他に光源を用意していないにも関わらず、そのまま問題なく進むことができている。
レミファは見た目だけでなく身体的な機能も猫に近い。目においても、猫と同じような暗視の機能を備えているのである。
「ドラゴンがいるのは鉱山の奥……鉱山入ったことないけど、普段おっちゃん達が仕事してるんだし、他の魔物は多分いないよね……?」
レミファの推測通り、途中までは何とも遭遇することなく順調に進めていたが……
「……ついてないなぁ」
目の前に黒い塊。『黒い世界』である。そしてそれはすなわち、魔物の出現を意味する。
「ゴアアアアア!!!」
出現した魔物は1体だけ。しかし、その姿は大型のネコ科動物に近く、口には短剣の如き形状と大きさの牙が2本。Cランク『セイバータイガー』である。発生した魔物は早速レミファを睨み、牙を剥く。
「『柱』の圏内ギリギリならこれくらいのがいきなり出てもおかしくないよね……でも準備運動にはピッタリ!」
魔物のランクはある程度強さをそのまま反映できているが、8段階の評価ではどうしても同じランク内でも序列が生じる。こういった凶暴な肉食獣のような魔物は大抵その序列が高い傾向にある。
「いっくぞー!」
レミファはデバイスを展開しつつ間合いを詰める。右腕の肘から下全体を覆うように、5本の大きな爪が円形に配置された手甲が装着され、それをセイバータイガーめがけて振るう。
「ゴアッ!」
「……やるね!」
レミファの最初の一撃を躱し、すぐに反撃。大きな牙で噛みつきにいくが、体長2m近い巨体の突進を、レミファは手甲で受け止める。
まずはお互いにダメージはなし。一旦間合いを取って仕切り直す。
「すばしっこいね……なら!」
「!?」
レミファは何を思ってか、手甲の爪を地面に深く突き刺す。当然その体勢ではその場から動くことができず、反撃も困難。何か企みがあるのは明白だが、セイバータイガーは本能に従い、その機を生かすべく間合いを詰める。
「ゴ!?」
しかし、地中で何かが蠢いているのを察知し、横に跳んで回避。その予感通り、地面からは全体が金属質の巨大な植物のようなものが『咲いて』……
「ゴアアアアア!!!」
直後、その植物らしきものは蛇腹状の2本のツルを伸ばす。さらに回避しようとしたセイバータイガーだったが、ツル1本は右の後脚を捉えて巻きついた。
「捕まえた♪」
これがレミファのデバイス、《冠花》の機能である。プロテアの花言葉は『自由自在』。地面や壁などを介することで、金属の爪を巨大な植物のような形状に変形させられる。この植物は地中を伝ってから『咲く』こととなり、レミファの視界内で地続きになってさえいればかなりの遠距離でも咲ける。また、この金属植物は2本のツルで鞭打ったり拘束したりなどの遠隔操作が可能である。
ただし、金属植物を咲かせたり、ツルを遠隔操作する場合は基本的に今のように、手甲を装着している必要がある。つまり、爪を地面なりに突き刺し、身動きが取れない状態でいなければならない。
「おりゃあああ!」
「ゴウッ!」
動きを封じ、もう1本のツルで鞭打とうとしたが、セイバータイガーは噛みつきで受け止め、それを前脚で抑える。
「ゴハッ!!!」
そして、口を開けたままレミファの方を向くと、大きな牙の先端もレミファの方を向き、直後、牙は高速で射出された。牙を瞬時に生え替わらせることができるセイバータイガーならではの能力である。
「そうくるよね……でも!」
「!?」
レミファは手甲を地面に刺したまま右腕を引き抜き、牙を跳んで回避しつつセイバータイガーの方へ接近。
金属植物の操作は手甲の装着が必須で、このままだとまもなく右後脚の拘束も解かれてしまうが、《冠花》はほんの3秒間だけ、手甲から離れた状態でも制御を維持することができる。
「3秒ルール♪」
「!!!」
「ニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャニャ!!!」
生え変わった牙を再び射出する暇を与えない、素手による超スピードのラッシュ。当然、その拳は魔力によって強化されており、殴打の一発一発が岩さえひび割れるほどの威力である。
「ゴフッ……」
「これで終わりだぞ!」
ラッシュにより怯んだ隙に、レミファは右腕を天にかざす。すると制御を失った金属植物と手甲が一度分解され、部品が全て瞬時にレミファの右腕に集まり、再び元の手甲の形状に戻った。すかさず手甲の爪をセイバータイガーに突き刺す。
「グ……ウウ……」
急所を突かれたセイバータイガーは、まもなく息絶えた。
・
・
・
・
・
・
レミファが戦闘を繰り広げていた頃、ルミナス開拓団4名も鉱山に到着した。彼らは鉱山の中へ入っていきつつ、歩みながら照明器具が付いたヘルメット、もしくはヘッドランプを着用し、その明かりを照らした。
蒸気機関もまだ再現困難な技術として認識されているこの世界では当然、電化製品などは存在しない。その代わり、昨日アイザック博士が披露した装置のように、魔力を動力とするものが広く実用化されている。
この照明器具はこの世界に魔物が出現するよりも前から存在しており、魔力に反応して発光する物質を活用したものである。人類が『柱』の恩恵を受ける以前、まだ微弱な量しか扱えなかった魔力は、こういう形で活用されていたのである。逆にこういうものがあったからこそ、魔力に依存しない科学技術の発展が遅れたとも考えられるが。
「「「「……あ」」」」
レミファと同じく順調に進んでいた4人だったが、ついに問題発生。
「分かれ道……」
「どうします?二手に分かれたら戦力減ですよ?」
「……分かれようぜ」
「フリーダ、その心は?」
「ソラも言ってた通り、今回はとにかく『レミファの救出』最優先。ドラゴン退治は一度帰ってから再チャレンジでも良い。出くわしても逃げりゃ良いんだから、戦力減のリスクはそこまででもねェ。それに、こいつがあるしな」
フリーダは《残光》のサブ端末を展開。
「あー、そいつか。訓練の時に見せてた……」
「映像通信できるんでしたっけ?」
「コイツをアタシの方じゃない組に渡す。どうだ?」
「大丈夫ですか?それ出しっぱなしだと傘使えないんじゃなかったですか?」
「その制約があるのはアタシ専用のメイン端末だけだ。サブ端末は機能を最小限にしてるから、出しっぱなしでも魔力を喰うだけだ」
「それでも、連携を取るためにもフリーダの魔力をなるべく温存する必要があるな。となるとメンバー分けはおれとフリーダ、シドとヴェスタってとこか……」
「ま、そうなるわなァ。ヴェスタ、使い慣れてるお前が持っとけ」
スムーズにメンバー分けが決まったが、ヴェスタはジトっとした目でソラを見る。
「ど、どうしたヴェスタ……?」
「変なことすんなよ」
「?お、おう……」
ソラにそう耳打ちするヴェスタ。
(何なんだ……?)
(あんの"エロウサギ"、よその女にまた……)
そんなヴェスタをフリーダはジトっとした目で見送りつつ、2組はそれぞれ分かれ道に入った。
「「…………」」
元々会話が弾むような状況でもないが、ヴェスタとシドは黙って淡々と前に進む。
(いくら国のためにソラを接待しなきゃいけないとしても、フリーダを差し出すのは流石に……)
(状況的にしょうがないとは言え、監視対象と別行動ってのはね……)
お互いに自分のペアよりももう片方のペアにばかり関心を寄せていると……
「「……!」」
先ほどのレミファの時と同様に、眼前に『黒い世界』の出現。ただし、ヴェスタ達からはかなり離れた場所。
「クエーッ!」
現れたのは、二足歩行するプテラノドンに似た大型爬虫類の魔物。身体付きは全体的に逞しく、とても飛べそうにはないが、代わりに太い脚でしっかり大地を踏んでいる。Cランク、コートザウルスである。
「昨日の訓練の時にあのくらいのが出てくれてたらなぁ……」
ヴェスタはそう愚痴りながらも戦闘体勢に入ろうとするが、シドが前に立って手で制する。
「ボク1人で良いです。ヴェスタさんはフリーダさんからデバイス預かってますよね?」
「確かに。じゃあ頼むよ」
ヴェスタは易々と譲った。シドと敵の能力を理解した上で。
「お言葉に甘えて」
シドはデバイスを展開。《千鳥》。『渡り鳥』の名を持つ二丁拳銃である。
「でもできれば楽に勝たせてくださいね?」
そんなことを溢しつつ、早速二丁同時に射撃。しかし……
「クェェェェェ!!!」
「やっぱり通してくれませんよね」
コートザウルスは腕にある皮膜状の翼を飛行のためでなく防御と攻撃のために用いる。普段ははためくくらい柔軟だが、魔力を込めて硬質化すれば、このように魔力で強化した銃弾も容易く弾くほど堅牢となる。
コートザウルスは翼をマントのようにして身を包みつつ、前進して間合いを詰める。
「なら……」
「!?」
シドは再び銃弾を発射したが、右手に握った方で一発だけ。それもコートザウルスの頭上、まるで明後日の方角である。この銃弾は当然、鉱山内の天井に着弾した。
「クエーッ!」
間合いに入ったコートザウルスは、今度は翼を盾としてではなく剣の如く振るった。
「クエッ!?」
翼による斬撃はシドを捉えていたはずだったが、目の前からシドの姿が消え、その斬撃は空を斬ることになった。
「!?クエエエエエ!!!」
直後、コートザウルスの背後に数発分かの衝撃。振り返って見てみると、そこには右手の銃を向けるシドの姿。それも左手の銃のグリップエンドを天井に付着させ、ぶら下がった状態である。
これがシドのデバイス、《千鳥》の機能である。渡り鳥が磁覚を頼りに国境や大海を越えるように、このデバイスも磁力に似た性質の魔力を操る。
二丁の拳銃とそれによって放たれた弾丸は左右でそれぞれ異なる磁極の魔力を発する。先ほど天井に撃った銃弾は右手に握った銃から放たれたため、左手の銃そのものかその弾丸と強く引き合う。また、本来の磁力と同様、鉄などの金属に貼り付くことも可能である。
加えて、磁力の強さもある程度制御可能である。強めることも弱めることもできれば、一旦磁力を完全に切ることもできる。先ほどのシドは敵を飛び越す形で回避しつつ、左手の銃の磁力を最大限に強めて、弾丸が着弾した天井へ自らを高速で運び、すかさず右手の銃でコートザウルスの背後を撃ったのである。
「ク、クエエ……!」
「あら丈夫」
翼の防御が最大の持ち味だが、身体の皮膚そのものも爬虫類らしく堅牢で、背中に銃弾の痕跡が残っているものの、貫くには足りなかった。
「でももうチェックメイトですよ」
「!?」
シドはいったん磁力を緩めて天井を降り、今度は逆にシドが間合いを詰めつつ、左手の拳銃を連射。当然、コートザウルスは先ほどのように翼で身を包んで防御するが……
「クエッ……!?」
銃弾の威力は先ほどよりも強く、翼を貫かれることはなかったが身体がよろける。
この磁力の魔力は弾丸を当てることでそこに付着させることができる。付着した魔力がどれだけ維持できるかなどは銃弾がどれだけ深く入ったかで決まる。
また、現実の銃弾も距離が遠くなるほど弾丸の速度が減退して威力が落ちるが、魔力による銃弾の強化も時間に応じてどんどん減退する。撃ち手の手元から離れてしまうことで魔力の維持ができないからである。
そのため、現実における銃撃以上に、魔力を用いての銃撃は距離による威力の振れ幅が大きい。
そしてシドの場合、これらだけでなく、磁力による加速・減速も要素として加わるのである。
「エエエ……」
よろけて防御が緩んだ瞬間、シドはさらに距離を詰めつつ左手の拳銃から銃弾を放つ。近距離による少ない威力の減退、さらに磁力による銃弾の加速でコートザウルスの皮膚を貫き、致命傷を与えた。
「お見事」
「まぁこのくらいは」
ヴェスタに賞賛されつつ、シドはわざとらしく銃口に息を吹きかける。
「……あ、フリーダからだ」
その時、フリーダから預かっていたデバイスに着信。応答するとフリーダの顔が画面に映る。
「ヴェスタ、そっちどうだ?」
「シドが魔物倒してくれたけど、それ以外は今のとこ何もなし」
「こっちは収穫だ。魔物の死体があった」
フリーダが画面の前から離れて、代わりにセイバータイガーの遺体と、それをしゃがんで観察するソラの姿。
「無数の殴打した跡、それにこの円形に並ぶ5つの刺し傷……間違いねぇ。コイツを倒したのはレミファだ」
「ってことはそっちにレミファが行ったってことだよね?」
「ああ。そういうわけで急いでこっちに来い。アタシ達は合流までここで待つ」
「オッケー。すぐ行くよ」
ヴェスタは通話を切り、本当に魔物を倒せたか念の為確認しているシドの方を見る。
「そういうわけで、一旦引き返すよ」
「はい」
シドは撃破を確認してからデバイスを消去し、2人並んで駆け足で分岐点の方へ向かう。
「……ヴェスタさん。ちょっと良くない状況かもしれません」
「?どうして?」
「高ランクの魔物ほど『柱』の圏内になかなか入ってこられないのは、『柱』と相反する強い力を持ってるからと言われてます。つまり水と油みたいなもの。でも裏を返せば、そういうのがいざ『柱』の圏内に入ってしまえば……」
「……!そいつがマイナスの『柱』みたいになって、その周りに『黒い世界』が発生しやすくなる……ただでさえドラゴンがいるせいで鉱山に入れない上に、他の魔物もどんどん湧いてくるから、いずれ街に大量の魔物が侵攻してくる可能性も……」
「そして『黒い世界』がこの辺に出たってことは、ボクらは確実にドラゴンの居場所に近づいてるってことです。向こうの魔物の死体にしても。『レミファ救出』を最優先にするとしても、急いだ方が良いですね」
「だね」
足の運びが自然と速くなる。フリーダ達との合流にはそれほど時間はかからなかった。
(そしてそれだけの状況をワイバーン1体で作れるとも思えない。だからこそ、きっと本命が……)
ヴェスタの組がフリーダの組に合流し、4人で一本道を駆け足で進む。それも魔力の強化も使って。単純にレミファとなるべく早く合流するため、というのもあるが……
「チンタラ進んでる間に黒い世界がまた発生しちまったら、どのみち消耗するのは同じだ」
「だね。それだったら走った方がマシってね」
「それに……レミファが勘違いしてる可能性もあるからな」
「何をです?」
「今回の本命のドラゴンはワイバーン1匹だけってな」
「「「……!」」」
・
・
・
・
・
・
そんなふうに4人が危機感を募らせる中、レミファは逆に無駄な消耗を避けるべく普通に歩いて進む。
「ソラも前に言ってたよね?『ドラゴンはみんなプライドが高いから、普段はほとんどの種類が1匹で行動してる』って。ソラみたいに真竜をやっつけるのは流石に無理だと思うけど、亜竜みたいだし。空飛んでる相手は苦手だけど、Bランク1匹だけなら、レミファでもきっと何とか……」
そんな算段を立てつつ進んでいる間、幸いにも2回目の黒い世界の介入はないまま、ついに鉱山最奥の広間の手前まで到着した。
(おおーっ……)
ドラゴンを警戒して声には出さないが、広間のその光景に感嘆する。
狭い道をずっと進んでいたのに一転、そこは長年の掘削作業の成果なのか非常に広大で天井も高い。より具体的に言えば、ドラゴン数体も十分飛び回れるほどである。また、天井にはドラゴンも通り抜けられそうなほど大きな穴が空いており、ちょうど朝日が昇り始めた頃のため、中は照明も必要ないほどに明るい。
(これなら遠くも見えるね。魔力で視力を強化してっと……ん?)
広間に足を踏み入れる前に、念の為広間の中をぐるりと見渡すと……
「「グルルル……」」
・
・
・
・
・
・
その間、駆け足が功を奏し、4人もまもなく広間へ到着というところまで進んだ。
「飛行が自慢のワイバーンは本来こんな狭い穴ぐらに閉じこもるような奴らじゃねぇ。その時点で考えられるのは……」
「真竜の眷属……ですよね?」
「そうだ。亜竜も基本は単独行動だが、真竜に眷属として仕えて群れる習性がドラゴン達の間にはある。つまり……」
「「グォォォォォ!!!」」
ソラの推測が正しいことを証明するかのように、鉱山奥から二重に轟く咆哮。
「急ごう!」
「おう!」
4人がとうとう広間へ到着すると……
「ハァ……ハァ……」
すでにデバイスを展開し、2体のワイバーンと相対するレミファ。ワイバーン2体の飛行によるヒットアンドアウェイをどうにか凌いではいるものの防戦一方。
「レミファ!!!」
「!!ソラ……それにみんなも!」
レミファは勇んで単騎で突入したものの、やはりこういう事態に陥ったからか、少し涙目になりながら4人の元へ駆け寄る。
「「グルルル……」」
援軍の実力も相当なものと察したワイバーン2体は滞空しつつ、5人の様子を伺う。
「ごめん、みんな……」
「そういうのは後だ、レミファ」
「……おい、あれ見ろ」
「「「!!!」」」
フリーダが広間の奥を指差し、ヴェスタとソラ、シドがそっちを見ると、山のように積み上げられた貴金属や宝石。
「あのね……あの2匹、何かあの宝を守ってるみたいなんだぞ」
「カネを使う暮らしに縁のねェ引きこもりのくせに、カネメのもんが大好きな真竜……」
「となるともう、『アレ』で決まりだな」
「「「「……!」」」」
ちょうど親玉の推測が終わったタイミングで、天井の大穴の方から羽ばたくような音が2つ。見上げると、シルエットは翼と化した腕以外がワイバーンと似通っているものの、体躯がワイバーンの倍近くはある巨竜。そして後脚で宝箱のようなものを掴むワイバーンが1体、しもべとして付き従うようにその隣に。その2体が、宝の番をしていたワイバーン2体と合流するように広間へ降りると……
「フン……闖入者がまた迷い込んだか」
「「「「!!!」」」」
ワイバーン3体は主人をすぐにでも守れるよう、いまだに羽ばたいて滞空している中、巨竜が羽を休めるように地上に降り立つと、重低音の声で話しかけてきた。
「喋った……!?」
「真竜は人間並か、それ以上に賢い奴が多い。喋る奴だって珍しくねぇ。『ファフニール』くらいの上澄みなら尚更な」
「ほう……我が一族の名を知るとは、愚かな人間にしては賢しいではないか」
真竜の一種、"強欲竜"ファフニール。金属の鱗で全身を包み、それに加えて巨躯ではあるが、そんな身体を大空へ持ち上げられるほどの巨大な翼も備える。それによってあちこちを飛び回り、時には高い戦闘力に物を言わせ奪い取るように貴金属や宝石などの財宝を収集し、それらを守るように洞窟などに住む習性がある。また、魔物の種族名はほとんどが人間によって付けられたものであるが、ファフニールはドラゴンの中でも特に自己顕示欲が強く、魔物側が種族名を名乗って人間側に定着した珍しい例でもある。
肝心の実力は、真竜ということもありAランクの魔物の中でもトップクラス。Sランク……『魔王』に迫る怪物。習性的に人里を襲うことも珍しくなく、まさに災害級の脅威である。
「さて……用は何だ人間ども?我が珠玉の財宝に目が眩んだか?」
「迷子の子猫ちゃん探しだ。お騒がせして悪かったな。一応聞いとくが、おれらは最低限用は済んだし、帰っても良いか?」
(((マジで帰れるんなら帰りたい……)))
ヴェスタとフリーダ、シドは空気を読んで、心の中で本音を吐き出す。実際、真竜1体に加えて亜竜3体など、普通なら人間数人でどうにかするような事態ではない。
「ククク……良かろう。どうせ帰る先はあのレイヴン自治区なるところであろう?あそこはこの近辺で採れたミスリル銀の加工品が流通しているはず。それらを収集するために近いうちに攻め入るつもりであった。よって、汝等の命がここで終わるか後で終わるか、そして巻き添えで死ぬ人間がいるかいないかの差でしかない。好きな方を選ぶが良い」
「そう言われちゃ弱いなぁ……」
「ソラ……」
「わかってる。そんなことはさせねー。どのみちこの鉱山を取り戻さなきゃ街の経済が死ぬし、コイツらがここに居座り続けたら魔物がわんさか湧いてくる。それでも街は終わりだ」
「戦るしかねェよなぁ……」
「元々その覚悟の上でここに来たんだしね」
レミファ以外はまだデバイスを展開していないが、ドラゴンの群れに対して立ち向かう姿勢を見せる。
「ククク……その勇気だけは褒めて遣わそう。そして褒美に、その勇気は単なる蛮勇でしかないと思い知らせて遣わそう」
「みんな、聞いてくれ。おれがあのデカブツと戦る。残りの3匹はお前らが何とかしてくれ」
「へっ……露払いは"お供"の役ってこったな、"勇者"様?」
「なるべく早く片付けて加勢できるようにするよ」
「……それはありがたいんだけどな、それ以前に、その……」
「「「「?」」」」
「おれはまた『1人』で戦うけど……」
「今度は『独り』にゃしねェよ」
「……!」
「案外寂しがり屋なんだね」
「"ウサギちゃん"には言われたかねーよ」
ソラは以前にもドラゴンと相対し、仲間が逃げたことで『独り』で戦った時のことを思い出してしまっていたが、フリーダ達のおかげで、再び自分の中で『笑い話』に戻すことができた。
「……よかろう。それも一興。汝等の企みに乗って遣わそう。黒髪の人間よ、戦士として真竜に立ち向かい果てられることを誇りに思うが良い」
「お前こそ、久々に本気出す"勇者"様に討たれるんだぜ?ありがたく思えよ」
(ってことは、ついにソラのデバイスの機能を……)
「フン……『勇者』か。脆弱な人間どもがどんぐりの背比べの如く、そのようなくだらぬ格付けを行なっているというのは知っているが……」
「すぐにわかるぜ。伊達じゃねーってな」
「面白い……我が眷属どもよ、残る芥どもと戯れて遣わせ。それが済むまで、こちらへの手出しは無用だ」
「「「グォォォォォ!!!」」」
「こっちへ来な、"羽トカゲ"ども!」
ソラとファフニールはその場で、ルミナス開拓団の残りの4名とワイバーン3体は少し離れたところに場所を移し……
「《雪兎》!」
「《雨四光》!」
「《千鳥》!」
「……《金剛》!」
レミファ以外もデバイスを展開。まもなく、レイヴン自治区の存亡を賭けた激戦が幕を開けた。




