第十話 共に生きる重み
ディアナが再び玄関まで来客を迎えに行き、そしてリビングまで連れてきたのは、少年……もしくはそんなふうに見える小柄な男。首輪は付けておらず、丈の長い白衣を纏い、大きなリュックを背負っている。レンズが分厚い大きな眼鏡のせいで顔立ちははっきりとはわからないが、栗色の短髪には所々寝癖がある。
「ん!?んん!!?レミファ氏、それにソラ氏まで!お戻りになってたのですかな!?」
「う、うん……」
「1週間ほどこっちにいるぜ」
「そうですかそうですか!それは僕の研究も捗りそうですなぁ!!でゅふふふ……」
やはりレミファとソラとは顔見知りの様子のその男が勝手に盛り上がってると……
「おいソラ。この変なのは何だ?」
「変態」
「でゅふっ!?ち、違いますぞソラ氏!前にも申し上げました通り、僕は断じて変態ではございませんぞ!」
「はいはい。アイザック、こいつらは新入りのシドとヴェスタとフリーダだ」
「「「どうも……」」」
「これはこれは初めまして。アイザック・アインホルンと申します。どうぞよろしくお願いしますぞ」
「で、ソラ。この人結局何なの?」
「この街に住んでる学者だ。それも魔物学の世界的権威」
「……こんなのがか?」
「こ、こんなのとは失礼ですぞ!そこの美しい方……フリーダ氏でしたかな?」
「おう。名前も美しいのもドンピシャだ」
「アイザック。せっかくだから仕事してるとこ見せてやれよ。レミファも帰ってきたんだし」
「むー……ソラってば他人事だと思って……」
「そうですなそうですな!ディアナ氏、少し場所をお借りしてもよろしいですかな?」
「はい、どうぞ」
「「「???」」」
初対面のシドとヴェスタ、フリーダが困惑する中、アイザックはリュックから何かの機械を取り出す。
「ではレミファ氏、失礼しますぞ」
「う、うん……」
機械には何本かの配線が接続されており、その先には吸盤がある。アイザックはその吸盤を、レミファの身体の各所に貼り付けていく。
「んーっ!んんーっ!やはりレミファ氏のこの赤く艶やかな体毛、実に美しいですなぁ……それに、幼く細身に見えるものの、触ってみるとこの筋肉量、そして柔らかさ、まさに猫科動物の如し……素晴らしい、素晴らしいですぞぉ!でゅふっ、でゅふふふ……」
「変態」
「そういうとこだぞ」
「ハッ……!?し、失礼しました!友魔を見てるとつい……」
「で、この変態行為に何の意味があるんだ?」
「それは見てのお楽しみです……さ、レミファ氏。早速、魔力の解放をお願いします」
「わかった……んんっ!」
レミファは指示通り、まるで大物の魔物と相対しているかのように全力で魔力による身体強化を行う。
「ほほう、魔力値はともかく魔力量が328……前よりも50以上上がってますなぁ。これはやはり……」
「え?何その数字?」
「この装置は僕が発明した魔力測定装置でして……エリクサーという、魔力に反応して膨張する性質を持つ液体がこの配線とこの管の中に注入されているのですが、管のどの目盛りまで液体が膨張したかを見ることで対象者の魔力の量、そして膨張の速度で魔力の強さが測れるのです。もちろん、人間も測定可能ですぞ」
「え?すごくないですか?」
「アイザックはマジですげーんだよ。魔物学だけじゃなくてこういう発明でも有名人だ」
「でゅふふ……わかっていただけましたかな?」
「わかったけど……その数字で具体的に何がわかるってんだ?」
「……レミファ氏の……いえ、『シュレーディンガー』という魔物の生態ですね」
「「!!!」」
ヴェスタとフリーダはその名前を聞いて驚く。
「『シュレーディンガー』って……」
「確か『世界で最も謎の魔物』……だっけ?名前だけはやたら有名な……」
「でゅふふ……その通りですぞ。レミファ氏とディアナ氏は、記録に残ってる範囲では世界で初めての、『シュレーディンガー』の友魔なのです。それゆえに、大統領からも最優先研究対象として命じられているのですぞ」
「……名前はよく聞くけど、具体的にはどんな魔物なの?」
「その説明のためにも、まずは僕の方から魔物についての蘊蓄を少し語らせてもらってもよろしいですかな?」
「お、おう……」
「まずそもそもの話ですが、『魔物』と『それ以外の生物』の違いは何だと思いますかな?」
「え?えっと……魔力が最初から扱えるとか……?」
「半分正解……というよりも、それは答えの一部ですな。あくまでこれは僕が研究してきた範囲での話ですが、魔物が他の生物とは明らかに一線を画す点……それは、『同種の中での個性のなさ』ですぞ」
「『個性のなさ』……?」
「僕とヴェスタ氏……同じ『人間』ですが、顔だったり生まれ持った才能だったり、違うところはいくらでもありますな?」
「うん、まぁ……」
「人間に限った話ではなく、馬や牛だってそうですな。同じ馬でも顔つきや毛の色が違ったり、牛だって身体の模様の位置なんかが違いますな。そういう個体間の違いというのは、生物としてはあって当たり前のもの。そうでなければ、この世界に何千、何万種類もの生物など存在し得なかったのですから」
「それが魔物にはない、と……」
「そう、ほぼないのです。明確にあるのは雌雄くらい。魔物自体は数多く種族があるものの、同種内での個体差がなさすぎる。まるで神か、もしくはそれに準ずる何かの意思が働いたとしか思えないほどに。これは生物としては『異常』なのです。魔物がみな必ず魔力の才能を有するのも、種族ごとのランク付けが成立するのも、この『個性のなさ』があってこそなのですぞ」
「そういう異常性ももしかしたら『黒い世界の謎』に繋がってる部分があるのかもしれねぇな」
「そういうことですな。それも大統領が魔物学の研究を進めたがってる理由の1つ……ただ、この『個性のなさ』というのは2つ例外がありますな。1つは『友魔』。友魔は見た目だけでなく、訓練を積まなければ強くなれなかったり、個人としての明確な意思があったり、そういう部分も人間と同じ。ただし、元になった魔物の身体的特徴や能力の一部、ランクに比例した魔力量の上限、そして魔力を扱える才能が必ずあるのは変わらず。そして、もう1つの例外が……」
「レミファ達、『シュレーディンガー』……」
「『シュレーディンガー』という呼称はそもそも、遥か昔の魔物学が未熟だった時代、まだ研究が進んでいない未知の魔物を一纏めに呼ぶためのものだったのですが、長年の研究の中で、こういう親子間ですらも特徴が全く異なる魔物が存在することが判明し、そこで『シュレーディンガー』という呼称が魔物の種族名へと変わったのです。それくらい『シュレーディンガー』は特異な存在なのです。魔物の中で唯一ランクが存在しないのもそれが理由。レミファ氏に至ってはデバイスすらも使いこなせてしまう」
「!そっか、デバイスって確か……」
「『人間の創造力と想像力の象徴』、とされていますね。それゆえに魔物は『Sランク』……『魔王』しかデバイスを扱うことができないはずだったのですが……それに、レミファ氏の先ほどの魔力測定の結果。約半年前と比べて魔物のランクが1段階は変わるくらいの上昇値。単純な戦闘技術……つまり『魔力の扱い方の習熟度や魔力の強さ』はともかく、『魔力そのものの量』がここまで向上するのは友魔含めて通常の魔物では全く前例がないこと。ほんとレミファ氏は研究のしがいがありますぞ」
「好きでこんな変なわけじゃないぞ……」
「でもレミファが強くなったおかげでおれも助かってるぞ」
「ほんと!?」
「ああ。いつもありがとな」
ソラのフォローでコロッと機嫌が治るレミファ。
「僕としても、レミファ氏とディアナ氏のおかげでわかったことが相当ありますぞ。特に個人的に収穫なのは、『友魔はたとえシュレーディンガーであっても、親子であれば人間的な部位の特徴が似る』ということ。これだけでは特に何のプラスもないのですが、僕は何となく魔物の謎を解き明かす上で重要な要素であると思ってますな……あ、そうそう。ディアナ氏、こちらの本持ってきましたぞ」
アイザックはリュックの中から何冊かの分厚い本を取り出し、ディアナに渡す。
「ありがとうございます。助かります」
「そのためにわざわざ来たのか?博士」
「"博士"はくすぐったですぞソラ氏……これも大切な交流ですぞ?」
「……確かにそうだな」
「では僕は外で『人』を待たせているのでこれで……皆さん、1週間滞在されるのですよね?でしたらこの街の観光もぜひお楽しみください。この街の友魔はみんな親切で優しい『人』達ですから」
そう言って、外に出るアイザック。
「すみませんブルーノ氏、お待たせしてしまい……」
「いえ。お気になさらず」
「街中を出歩くくらいならここまでしなくても大丈夫ですぞ?」
「とんでもございません。博士に何かあっては我々の信頼に関わります。この身に代えても必ず博士のことをお守りいたします」
「そう言われたら弱いですな……いつもありがとうございますぞ」
「……その言葉だけで十分です」
アイザックと、外で待機していたボディーガードと思われる屈強で大柄な友魔とのやりとりを、ヴェスタ達は窓から見ていた。
「"良い奴"だろ?」
「うん。変態だけど」
「……アイツはな、小さい頃に友魔に命を救われたらしい」
「え……?」
「まだこの国が友魔と積極的に関わってなかった頃……それでもこの辺りで採れる金属とかがどうしても必要だからってことで最低限のやり取りはあって、アイザックは両親と一緒に使節団としてこの街に向かってたんだが……もう少しで到着ってところで強い魔物に襲われて、両親が殺されちまって……」
「「「…………」」」
「当然アイザックも殺されかけて、その時の怪我で目を悪くしちまったらしいが、街の防衛のために巡回してた友魔がたまたま通りがかって、それでアイザックや一部の人間だけは助かったんだってさ」
「それでアイツは……」
「みてぇだな。魔物学ってのは魔物を倒すのが目的で始まった研究なんだけど、アイツが目指してるのは、人間と友魔が協調できる世の中……もっと言えば、友魔が魔物の一種じゃなく、人間の一種として認められる世の中」
「もちろん、私達もそういう世の中を目指す以上、アイザックのような人ばかりに頼るわけにはいきません」
「ディアナさん……?」
ディアナは自らの首輪に手を添える。
「魔物はみな生まれながらに人間に対して敵意を抱くようになっておりますが、稀に先天的、あるいは後天的に私達のような友魔となります。そして友魔は次世代以降は必ず友魔になる……とされています。ですがそれは『事実としてそうなってる』だけで、『どういう理由でそうなるのか』はいまだにわからないのです。ですから、時代が進むごとに友魔が増えてきてるとしても、逆にそれによって人類側が危機感を募らせ、私達を根絶やしにする未来も十分にあり得るのです。現に今でさえ、私達を"首輪付き"と呼び、蔑む者もいるのですから」
「「「「「…………」」」」」
「私達の生態についての研究はアイザックに頼るとしても、私達自身もまた人類社会の一員になれるよう、教養を身に付け、自分達を売り込んでいく必要があります。この街の同胞達は古くから鉱山の恵みを糧に石や金属の加工技術を磨いてきました。そして、近年のステイシアは交通網や機械類の技術革新に積極的と聞きます。そこで私達の存在感を示すチャンスがあると考えております。しかし、その一歩目はまず『信頼を勝ち取ること』。私達にも『人格』がありますので、自ら首輪を望むことには当然思うところはあります。ですがレミファ達が……そして子孫達が安心して暮らせる未来の代償と考えれば安いものです」
「お母さん……」
(どっかの国のクソ政府の連中に見習わせたいね、為政者の心がけとして)
「……皆さん、これを見てもらえますか?」
「「「「……!!!」」」」
ディアナがそう言うと、ディアナの姿はあっという間に巨大な白い狼へと変わった。
「私の本当の姿は普段通りのものなのか、あるいはこの姿なのか、私自身にもわかりませんが……少なくともこの力はレミファには受け継がれていません。このように魔物の名残を強く残す私達はともかく、これから人類領ステイシアの国民として生きていくレミファ達を、皆さんにはどうか暖かく見守ってくださればと思います」
「ディアナさんだって立派なステイシアの国民だよ」
「……ありがとうございます」
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レミファの実家で一夜を過ごした次の日。
「よーし、今日はひとまず全員で訓練も兼ねて街の外で魔物を狩るぞ!」
しかしその出発前に……
「らっしゃいらっしゃい!おっ、レミファにソラさん!そっちは新しいお仲間かい!?とりあえず見るだけ見ていってくれよ!」
「おう。そんじゃ、邪魔するぜ」
街の市場で必要な物資を買い足すついでにちょっとした観光。レミファ達と顔見知りの友魔が経営する武具屋へふらりと入る。
「へぇ……剣がいっぱいある。ちょっと抜いても良い?」
「おう、どんどん見てくれ!どれもこの街の鍛冶連中が造った業物だぜ!」
デバイスの剣を扱う剣士として実体のある剣に関心を示したヴェスタ。立てかけられた数本の中で気になった1本を手に取り、鞘から引き抜き、刀身を眺める。
「……うん、良い仕事してる」
「おっ、わかるかい嬢ちゃん?俺らはレミファ以外はデバイスが使えねぇからな。昔からこういう武器造りに力入れてきたから、品質は首都で売ってるようなやつにも負けねぇ自信があるぜ」
("嬢ちゃん"って……)
「でも銃は置いてねェんだな」
「そこはステイシア政府のお達しでな。まぁ銃は魔力をロクに扱えねぇ奴でも下級の魔物なら十分倒せるようになる便利なもんだが……あいにく俺らは友魔なもんでな」
「ああ、確か友魔って高ランクの魔物ほどそうなる確率が高いんだっけ?」
「そういうこった。そのランク相応の実力を身に付けるにゃ相当鍛える必要があるが、それでも銃に頼るよりは単純に剣とかを強化して突っ込んでいく方が強ぇ奴がほとんどだ。それに、そもそも製造方法がわからんから俺らにゃ今んとこ無縁の代物さ」
「首都で売ってるような銃でも、ボクが使ってるデバイスの銃と比べたらショボいものですからね」
「銃は遥か昔に転生者が製造技術をこの世界にもたらしたと言われてるけど、人間達は魔物の撃退に忙しくてそこからなかなか技術を上げられなかったらしいからな。ここ最近の技術革新路線で色々変わってくると思うけど……」
ヴェスタは2本目の剣を眺めていた。今度は先ほどの剣よりやや小振りなものである。
「ひょっとして嬢ちゃん、予備の剣をお探しかい?」
「うん。デバイスが維持できないくらい魔力がヤバい時用に……でもやっぱりこのくらいのサイズだと普段持ち歩くのに邪魔になりそうかなぁ……?動きが鈍るの嫌だし」
「だったらこっちの短剣はどうだい?」
店主に案内されて、ヴェスタは短剣が陳列している棚へ。
「おお、いっぱいある……」
「俺らにとっても携行性は死活問題だからな。短剣はある意味ウチで一番の売れ筋商品だ。嬢ちゃんのご要望ならこれなんてどうだい?」
店主がおすすめの1本を鞘から引き抜く。
「この辺に置いてるのは最近ここいらで採れるようになったミスリル銀で造ったもんなんだが、こいつはその中でも一番薄く軽く造ってある。その分ちょっと耐久性が落ちるが、薄い分斬れ味が良い。刃渡りも他のよりほんの少し長めだ」
ヴェスタは店主から渡された短剣を軽く振って、具合を確かめる。
「……これ、いくらくらい?ホルスターも一緒で……」
「俺らは逆に耐久性取る奴が多いから、こいつは正直ここいらじゃあんまり人気のねぇモデルだ。それにソラさんのご一行で、何より嬢ちゃんは可愛い。だから負けに負けてこんなもんでどうだい?」
店主がそろばんを弾いて額を伝える。
「うーん、やっぱミスリル銀のって高いの?」
「稀少な素材だからな。それでも短剣で薄手だから使ってる量は少ねぇし、ここいらで採れたもんだから余計な卸値も付いてねぇ。そして武器の素材としては折り紙付きの代物だ。命がかかってるんだからその辺はケチケチしねぇ方が良いぜ?」
「まぁそうだよね。買うよ」
「毎度!」
「良かったなァ〜"嬢ちゃん"。サービスしてもらえて」
「……うるさいよ」
フリーダに揶揄われつつ、ヴェスタは早速短剣を差したホルスターを腰に巻く。
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そして、目的の魔物狩りは……
「……ねぇねぇ"勇者さん"」
「何だい"嬢ちゃん"?」
「ここに来る前、運が極端とか言ってたよね?」
「おう」
「揺り戻しは?」
「……こういうこともある」
帰り道、ヴェスタとソラがそんなやりとりをするような結果であった。それなりの数の魔物を倒したが、どれも下級で、肉や毛皮などの価値も低いものばかり。
「く、クッソォ……アタシはティーカップより重いもんは持たねェ主義なんだぞ……!」
「まるでお姫様みたいなこと言いますね……」
「えっほ、えっほ♪」
その中でも比較的高値で換金できそうな獲物を全員で持てるだけ持って運搬。フリーダとシドは明らかに不満げだが、レミファはこんな状況も楽しんでいる。
「まぁでも訓練の意味はあっただろ?お互いのデバイスも大体わかったはずだし」
「……ソラのは?」
「だって使ったらおれの訓練にならねぇし」
「まぁそうなんだろうけど……」
そんなこんなで街に入ると……
「……ん?」
「何か騒がしいな……?」
いつも賑わってる街の中央通りが、いつもとは違う形で賑わっていた。
「あ、ソラさん!」
「おう。みんなどうしたんだ?」
「非常事態です!鉱山にドラゴンが出たって……!!」
「「「「「……え?」」」」」




