3話 友との再会②
「……荷物は特に問題無さそうです、警備隊長!」
「分かった。よし、門を開けろ! ……ところでライエル隊長、護衛は大丈夫なのでしょうか? 確かパルティーヤからマール方面の道で、盗賊がたまに出ると聞いたことがあるのですが」
「ああ、パルティーヤで護衛を雇おうと思ってる。あの国なら金次第で人は集まるだろ? 問題ないさ」
「確かに、余計な心配でしたね。お気を付けて! ……君も、マールで落ち着けるといいな」
「……はい! ありがとうございます」
無事に馬車は走り出した。
別れ際にマモルを気にかけて励ましてくれたのは、多分警備隊長だろう。残念ながら顔を見る事は出来なかったが、そういう人間がいるという事は覚えておく。
そして後ろから門が閉まる音が聞こえる。ここまで来れば大丈夫だろうと板を最大まで開き、思う存分呼吸をした。
「はっはー! お前ら、とりあえず最初の難所は越えたぜ! この調子でマール連邦まで一気に行きたいが、そういう訳にもいかねえ! パルティーヤに着いたらしばらく滞在して、一芝居打つ必要がある!」
「それはつまり、わざと追っ手に追いつかせるってことか!?」
「そうだ! 向こうは馬車を使わない以上、絶対に追いつかれるからな! それならしっかり馬車を調べてもらって、脱獄犯なんていませんよと身の潔白を証明する!」
追いつかれるのは確定。ならば搦め手で翻弄という作戦らしい。
当然、パルティーヤにも協力者はいると考えていいだろう。
「滞在するってことは、お湯で体くらいは拭けますか!?」
「勿論だ! 二人とも酷い匂いだからな、もう少し辛抱してくれ! 詳しいことはパルティーヤに着いてから話す!」
「良かったー! 出来れば歯も磨きたいなあ」
それに関しては切実な問題だ。特にこの世界において虫歯は、放置すれば死に至る病である事に間違いない。
「ライエル! ここから先は途中の村々で馬を休ませながら、パルティーヤを目指すってことでいいのか!?」
「そういう事だ! お前達は無事にマールまでたどり着けるよう、神様にお祈りでもしとくんだな!」
先はまだまだ長い。神に祈ることは無いが、代わりにクラスメイト達の無事を祈っておく事にした。
◇◇◇
ここは商業国家、パルティーヤ共和国。
この国は大陸随一の金が動く国だが、国の成り立ちに関しては面白い逸話がある。
まあ大昔の話だから、それなりに脚色されている所はあるんだろうが。
三百年前にこの大陸で大きな戦争があった時、ここにあった国はとことん破壊され、辺りはすっかり焼け野原になったらしい。
そんな戦争の中で暴れまくったある国の悪い王様の配下に、シシリーという女がいた。彼女の二つ名は《おしゃべり好き》。
そいつは悪い王様と一緒に召喚されてきた人間で、とにかく交渉事に長けていたそうだ。
戦争に負け、王様を失ったシシリーは焼け野原に人を集めた。そして皆の前で言った。
『ここに新しい国を作ろう』、と。
戦争で暴れた王様の味方の話なんて、まともに聞いてもらえる訳がない。
それどころか、吊し上げられ殺されるのが当たり前の存在だ。
だが神能の力がそうさせたのか、そんな事は起きなかった。
皆が協力して彼女に従い、荒れ果てた土地はみるみる復興していった。
シシリーは十年ほどこの地に留まりパルティーヤの礎を築いた後、表舞台から姿を消した。
以来この国は、王を必要としない議会制度を利用しながら国家を運営している。
それが三百年も続いてるってのは、称賛に値するといっていいだろうな。
「あの、ライエルさん。僕たち、こんなにのんびりしてていいんですか?」
「あん? ま、大丈夫だろ。一応、追っ手の奴らは昨日パルティーヤに入国したらしいが」
俺達がパルティーヤに入国してから三日目。
現在宿泊しているのは、俺の古くからの知人が経営している宿屋だ。
部屋は一部屋。俺とマモルの二人で利用していて、予めベッドをもう一つ用意してもらっていた。
「僕たちが動くのを待ってるんですかね」
「……だろうなあ」
間者の報告によると、奴らは少し離れた宿で俺達の様子を窺っているらしい。
率いているのは、なんとジークベルト王子。
《種馬》の神能持ち、ソウマが自らの姉であるエリノア王女に接触する事は、なんとしても阻止したい立場だろうからな。
「……ソウマ、大丈夫かな。風邪とか引いてないといいけど」
「宿屋の主人曰く、意外に居心地は悪くないらしいぜ? クソ狭い御者台の中よりずっとマシだろうさ。まあ、奴らに見つからないといいが……」
ソウマは別の場所に隠れてもらっている。
何やら不満そうだったが、一度お湯で体も洗うことが出来たんだ。
三食の食事付き、おまけになんと歯も磨ける。全く、甘えるなっつうの。
「いつ頃、動くつもりなんですか?」
「これ以上は待つ理由が無いな。明日の朝、すぐにでもここを発つ。ま、そのタイミングで奴らもゾロゾロとやってくるだろうぜ」
「……あの王子様、苦手なんだよなあ。ライエルさん、僕、大丈夫ですよね?」
「ははっ! あいつらの目的はお前じゃなくてソウマなんだ。心配すんなよ」
マモルを拾ったのは囮にするためだ。
二人とも一緒の方が、ソウマも従順になってくれるだろうという狙いもある。
尤も、あいつにその辺りは見透かされていそうだが。勿論、別にそれならそれでいい。
今回の作戦が成功した場合。
あいつの友人を守り、安全な場所に送り届けたという事実が残る。
余程アレな人間でもない限り良い行いを受ければ、歩み寄りの姿勢を見せるのが人間というもの。
別に俺は善良な人間でもないし、相手にそれを期待している訳でもない。
ただ、それで物事がいい方向に動いていくのであれば、俺はそれに従い、またそれを利用して生きていくだけだ。
「じゃあ明日はやっぱり、正面突破みたいな感じで?」
「ああそうさ。邪悪な王子様からリヒトブリックを守るために! 正義は俺達にありってなもんよ。ほら、明日に備えて寝ようぜ」
「そうですね……。変に動揺すると怪しまれるから、気をつけないとなあ」
恐らく明日がマール連邦に着くまでの最大の山場。
絶対に突破してみせる。それが俺の仕事だからだ。
明朝。朝食を食べ、馬小屋に行き馬の健康状態をチェックする。特に問題は無さそうだ。
納屋に格納してある馬車まで連れて行き、マモルにも手伝ってもらいながら馬を繋ぐ。
御者台のソウマが隠れていた部分には、『ある仕込み』をしてある。これが上手くいくことを願うしかない。
「……さてさて。そんじゃマモル君、用意はいいかね?」
「な、なるべく自然に振る舞えるように、頑張ります」
「そうそう。いつも通りに、な」
マモルの肩をぽんと叩き、落ち着かせる。
俺は念の為にもう一度馬車の車輪等を確認しつつ、それとなく辺りの様子を探る。
ったく、見られているのが丸わかりだっつうの。もうちょいマシな奴らはいなかったのか?
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。