3話 友との再会①
目を閉じ、馬車の揺れに身を任せていた。どのくらい経っただろう。なんだかんだで振動にも慣れ、うとうとしていた時の事だった。
(馬車が減速してるな……)
やがて馬車は完全に止まった。
「お疲れ様です、ライエル隊長! こんな時間に馬車で、どうされたのですか?」
「ああ、王様の命令でね。マールにいるエリノア王女に手紙を渡しに行くついでに、色々物資を運ぶのさ。ほら、ルガール国王陛下の印が入った命令書だ」
「行き先はマール連邦ですね。……命令書、確認しました。開門!」
馬車が再び動き出し、最初の門は驚くほどスムーズに通過出来た。
後は南門を突破すれば、気持ち的には少し余裕が出る。ひとまず安心していると、ばんばんと上から御者台を叩かれた。
「ソウマ、聞こえるか? 声を出しても大丈夫だ! 次は南門だが、さっきよりは馬車を詳しく調べられる! 音を立てたりするなよ! 息苦しいかもしれないが、横の板も可能な限り閉めておけ!」
「ああ! 分かった!」
「門が近づいたら、また御者台を叩いて合図するからな!」
馬車の音にかき消されないよう、少し大きめの声でやりとりする。現在地は恐らく城下町。このまま何事も無ければいいのだが。
そして、その期待は裏切られた。
「てめえ! どけ! どけっつってんだろ!!」
大声で叫ぶライエル。これでは寝ている城下町の人間達も、何人かは起きてしまうだろう。
こんな所で、無駄な時間を浪費している場合では無いのに。減速し、再び止まる馬車。
「馬鹿野郎! 死にてえのか!?」
御者台から怒鳴るライエル。察するに、馬車の前に何者かが立ち塞がったという事だろうか。
とはいえ今の自分に出来るのは、聞き耳を立てる事だけ。
「す、すみません! あの、あなたが偉そうな人だったから、無茶な事をしてしまいました。僕の友達について、何か知っていませんか? ソウマって名前なんですけど……」
俺はその聞き慣れた声に、嬉しさの余り大声で自らの無事を主張してしまった。
「おい! お前、マモルか!? 俺はここだ!」
「えっ!? ソウマ……そこにいるの!? うわー! 無事で良かったよ!」
声ですぐに分かった。
杉下 衛、クラスメイトの中でも話す機会が多い友人だ。
恰幅が良く人当たりの良い性格で、すぐに人と仲良くなれる。俺とは正反対の人間だ。
なぜこんな時間に外をほっつき歩いていたのかは分からないが、だからこそ再会する事が出来た。
「てめえら、静かにしろ。はあ……マモル、でいいのか? お前、確かジークベルト王子に拾われたよな。なんでここにいるんだ?」
「はい。えっと、僕の神能は『盾』らしいんですけど、何故かジークベルト王子に対して効果が出なくて。それで、捨てられちゃいました……」
「へえ、なるほどね。……そういや、過去にも似たような例があったらしい。なんでも、盾の神能は本当にそいつを守りたいって思わないと使えないとか。つまりお前が、ジークベルト王子を嫌いだったって事だな」
「えっ、いや、別に僕は……」
神能の中にも、色々条件が必要なものがあるようだ。中には強力だが、デメリットがある神能もあるかもしれない。俺の種馬の神能はどうなんだろう。
「まあいい、ここで無駄な時間は使えない。マモル、お前も連れてってやるから馬車に乗れよ。行き先はマール連邦だ。なかなか遠いが、ここにいるよりはずっとマシだぜ?」
「いいんですか?」
「ああ。ほら、今は時間が惜しい。さっさと荷台に乗れ」
「ありがとうございます! はあ、ソウマが無事で良かったよ。いきなり連れて行かれちゃったもんね」
「……そうだな。お互い無事で良かったよ」
動き出す馬車に揺られながら、まずは友人と再会出来た事に安堵する。
だが、気になる事がある。何故ライエルはマモルを馬車に乗せたのか。
勿論、善意による行動だったという可能性も否定出来ない。
俺はライエルと知り合ったばかりだし、意外にもそういう性格、騎士道精神に則り善行を働いたとしてもおかしくはない。
しかし、これは任務中での事だ。イレギュラーとなり得る存在を同行させるなど、あり得るだろうか。
ここで俺は、ある一つの可能性に思い至る。
(……俺の存在を隠す為の囮って事か?)
それは十分に考えられる。
神能持ちを一人馬車に乗せているだけでもイレギュラーなのだ。
マモルの存在を堂々と見せておくことで、まさかもう一人神能持ち、しかも脱獄した種馬が馬車に潜んでいるとは想像し辛いだろう。
それに馬車の主は、王様の命令書を持ったライエルだ。馬車を調べるにも、そういった手心が加えられるのは期待出来る。
(どうする? マモルと二人で話せる機会があれば、その可能性を伝えるべきか)
マモルは善人だが、それ故に他人の悪意や利己的な意図に少し鈍感な所がある。
ライエルは腕っぷしだけではなく、頭の回転も速い人間だと感じた。
俺の小賢しさには気づいているだろうし、俺がマモルに入れ知恵をする事で事態が悪化することも考えられる。
(……となると、マモルには何も言わない方がいいのかもしれない)
耳を澄ますと、先ほどからライエルとマモルの会話がぽつぽつと発生している。
もし俺なら向こうから話しかけられない限り、特に何も話さないだろう。
それならば、マモルにはライエルと仲良くなってくれる事を期待した方がいい。
情の湧いた相手を非常に切り捨てられる人間というのは、そこまでいないはずだ。
たとえ楽観論だとしても、今はそれが最善だと判断する。
ばんばんと、上から二回目の合図。そろそろ二つ目の門という事か。
「ソウマ、南門に着くぞ! 問題ないか!?」
「ああ! 大人しくしとくよ!」
「マモル、堂々としとけよ! 心配すんな!」
「分かりました!」
馬車は減速し、ゆるやかに停車した。ここを突破出来れば一安心。
息を殺し、わずかな音も立てまいと気を配る。緊張の為か、全身に力が入ってしまい石のようになっている。
「お疲れです、ライエル隊長。この時間にお一人で出国ですか?」
「お疲れさん。いやいや、王様のお使いで、マール連邦までちょっとな。それに、一人じゃないぜ? なあ、マモル」
「こ、こんばんは……」
「……ライエル隊長、こいつは?」
「それがさあ、こいつ、ジークベルト王子に拾われたんだけど、神能が上手く使えなくてさ。それで捨てられたらしいぜ? 笑えるよな!」
「あー……なるほど。それで、隊長はこいつをどうするつもりで?」
「ん? ここに来る途中に拾ったんだが、世間話の相手くらいにはなるかなと思ってな。マール連邦まで連れてったら、後はこいつの勝手だろうな」
マモルを連れていく理由としては、そのくらいの適当な理由しかない。これで納得するかどうかだ。
「……ずいぶんとお優しいのですね。その、ライエル隊長らしくないというか……」
「……んー、まあ、なあ……。なんか、もう何人か自殺しちまってるんだろ? それを聞いちまうと、どうしてもな。神柱石に召喚されて、辛い目に遭ってるわけだ。お前も何か思うところはあるだろ?」
「それは、まあ……」
「ま、ただの気まぐれだな。ほい、王様の命令書だ。それと、荷物の確認も頼むぜ」
「……はい、命令書の方、確かに。お前達! 馬車の荷物を確認してくれ」
「「了解しました!」」
複数人の兵士が馬車を囲み、中を調べている。頼む、あと少しなんだ。気づかないでくれ。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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