19話 峻厳なる道③
ダレルと待ち合わせているマール大要塞へ向かっている途中、俺はここ最近の出来事について考えていた。
まずアドラー帝国で、軍事クーデターが起こったこと。
評議会は一度解体、大粛正が行われた。
結果、グウィネス女王が全権を握る事となった。
ただ、これはマールにとって悪い話ばかりではない。
表向きは軍事クーデターだが、明らかにグウィネス女王の指示によるものだ。
彼女のやり方に不満を募らせている者達は存在するだろうし、しばらくはアドラー国内の安定化に専念してくれるだろう。
(その間に武器開発をして、国力を増強し、いずれ来るアドラー帝国との戦争に備える。……ここからが、正念場だ)
ジークベルト王子がグウィネス女王の夫となった事も、見逃せない事実ではある。
これについてはひとまず保留だ。
彼をよく知るエリノアも承知した上でそうなったのだろうし、彼女なりの考えはあるはずだ。
だから、その辺りは任せる。
ボズウェル子爵の兵と、その家族の移住については、近いうちに最初の移住者達がマールへ到着する予定だ。
その中には、ボズウェル子爵の妻と娘も含まれている。
二人はひとまず海人の領地にある、空き屋敷で生活してもらう手筈となっている。
俺は夫を殺した張本人であるから、なるべく離れた場所で暮らしてもらった方が、お互いにとっていいだろう。
やがて、目的地のマール大要塞に着いた。
馬を繋ぎ、近くの鉄人にダレルの居場所を聞いた。
「あっ! どうも、ソウマさん。ダレル族長なら、正門上の防壁通路で見かけましたよ」
「ありがとう」
要塞の改修作業をしている職人達を横目に見ながら、ダレルの元へと向かう。
「すまない、ダレル。少し遅れたかな」
「おお、ソウマか! くっく、フィオナ族長の屋敷からじゃろう? なら構わん。早く、子供の顔が見たいのう」
ダレルの横に立ち、要塞全体を見渡す。
眼下には改修作業をする者、訓練をしている者。
皆、それぞれの役割を全うしている。
「今回の諍いで、堂々と要塞を改修する大義名分も出来た。……死傷者は出てしまったが、利益もあった。──ソウマ。お主は今回の戦、どう捉えておるのだ?」
「まあ、この国の皆が考える切っ掛けにはなったろう。良くも悪くも、こういう事はまた起こるかもしれないってな。……それで、ダレル。要塞の改修作業についてだ」
俺の声色が変わったことを敏感に察したダレルは、こちらを向いた。
「なんじゃ? お主も、要塞の改修が必要だと言っておっただろう。何か問題でもあるのか?」
「率直に言おう。改修作業は、ある程度までやったら切り上げて欲しい。……どうせ、この要塞は落ちる」
「……ソウマ、何を考えておるのだ? 言葉が足りん、詳しく話せ」
ダレルの顔には困惑と、僅かな怒りがあった。
彼は、マールの為に人生を捧げてきた。
そんな彼にとって、俺の物言いは配慮に欠ける発言だったかもしれない。
しかし、だからこそ、言わなければならなかった。
「ダレル、単純に物量の話だ。アドラーが本腰を入れてマールに攻め入った場合、どうなる? 向こうが一度に投入出来る最大兵力を考えれば、この要塞は時間稼ぎすら出来ずに落ちる可能性が高い」
そもそも、時間を稼いだ後に何が出来るのかという話もある。
アドラー帝国と戦争になった場合、頼れる可能性があるのはリヒトブリックとパルティーヤ。
だがその二つの国も、いざとなればアドラーとノヴァリスへの対応をする必要があるのだ。
そう考えると、マール単独でアドラーをどうにかする手段が必要になってくる。
「お主の言いたい事は分かる。じゃが、この国にはフィオナ族長もいる。彼女の存在が、戦力の投入への抑止力に──」
「なあ、ダレル。フィオナは、いつまで生きていてくれるんだ?」
「……彼女は、長くないのか?」
そんなものは、俺には分からない。
だが実際、今はまだ気丈に振る舞っているが、彼女は昔のような無茶は出来なくなっている。
だったら、その時はいずれ訪れるのだろう。
「改修作業の代わりに、お前達にやって欲しい事がある。いいか? これは慎重かつ、極秘で進める必要がある作戦だ」
新参者だが、ダレルと同じくらい、この国を大切に思っている自負はある。
俺なりに将来を見越して、考えているプラン。
それをダレルに伝えた。
「……この前の戦後処理は、そういう考えあっての事じゃったか」
「ああ、そうだ。この作戦が上手くいけば──俺達は、アドラー帝国に勝てる」
ダレルは俺を見つめ、しかめっ面をした後、急に笑い出した。
「ふっ……くくっ、はっはっはっは!! いやいや、お主が味方で良かった!!」
先ほどまでの暗い雰囲気は消えた。
ダレルの様子から判断すると、俺の作戦に乗ってくれるようだ。
「金は俺も出すが、人員集めは任せていいか?」
「おお、儂に任せておけ!! 信頼のおける者を厳選し、事に当たるとも!!」
作戦について子細を相談しあった後、俺はスタリオンの屋敷に帰った。
屋敷の建築は終わり、クラスメイトも利用し始めていた。
──それから、しばらく経った後。
俺は自室で、戦後処理に関わる書類と格闘していた。
悪戦苦闘する夫を見かねて、グラーネも手伝ってくれている。
「……はあ。これ、いつになったら終わるんだ? この辺りが得意な人物を、誰か探して雇う必要があるかもな」
「うーむ……。まあ、確かにな。残念ながら、私の知り合いは力自慢ばかりだ」
愚痴を言い合いながら仕事をしていると、ドアがノックされた。
「入ってくれ」
「……やほー、ソウちゃん」
入ってきたのは、マリカだった。
彼女はここ最近、国内の不審人物発見と情報集めの為に、屋敷を離れていた。
「ああ、マリカだったか。どうした? 何か報告するような事でもあったか?」
「……うん、そうみたい。グラーネさんもいるから、ここで言っちゃうね」
マリカはドアを開け、周囲を確認してから鍵を閉めた。
どうやら、とても重大な事案らしい。
「あのね」
彼女は、一呼吸置いてから──
「……ヴォルック家に、《親帰り》が生まれたの」
「っ!! ……本当、なのか」
それは正しく、青天の霹靂という知らせだった。
グラーネは額に手を当てながら、呻くようにマリカへ問い質した。
「……一人か? 子供は、全部で何人か分かるか?」
「生まれた子供は、一人だけ。女の子みたい」
──何故だ。
どうしてこの時代に、もう一人生まれたんだ。
「グラーネ。……これはもう、ヴォルック家との争いは避けられないか?」
「……ああ、避けられん。仮に、同じ《親帰り》であるレオナルドをヴォルックの婿にやる事になったとしても──フェリシアが、それを妨害するだろうな」
国内で争っている余裕は無い。
だが、回避するのは不可能。
一難去ってまた一難、とはよく言ったものだ。
重く沈んだ気持ちを、どうにかしたい。
……せめて窓を開けて、空気を入れ替えるくらいはさせてくれ。
《第2章・完》
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました。
次章の主な舞台は、ノヴァリス神聖王国になります。
誠意執筆中ですので、お待ち頂ければ幸いです。