19話 峻厳なる道②
報告に来た兵から、護衛は無意味だと言われた。
それでも一応、五名ほどの近衛騎士を引き連れ、練兵場へと向かった。
そして私は、目の前に広がる光景に顔をしかめた。
「酷いわね、これ。……で、あいつが私を呼んでたって話ね」
私達に気が付いたそいつは、剣を投げ捨ててから、こちらへ歩いてきた。
顔は整ってるけど、なんだか不気味な雰囲気を漂わせている。
「おー、あんたが女王様ね。結構、綺麗じゃん? まあ、俺の趣味じゃ無いけど」
「それはどうも。……それで、あなたの狙いは?」
「うん? いや、最初に言ったんだよ。お前らの女王様の、家来にしてくれって」
「……断られたから、こうして暴れた。そういう感じかしら」
「そうそう、そんな感じ」
──異常者。
それ以外、相応しい言葉は無かった。
(まあ、私も人のことは言えないけど)
厄介なのは、こいつの要求を断った場合。
私は多分、ここで死ぬだろう。
別に死ぬなら死ぬで、そういう事もあると受け入れる。
だがこいつに殺されるのは、あまりにも意味が無い。
……だったら、こうしよう。
「いいわ、あなたを家来にしましょう。でも、私じゃない。ジークベルトの家来としてね」
私は親指で夫を差し、妥協案を提示した。
「……えー? そいつ、大丈夫? なんかこう、頼りないっつうか」
「……私に、《《これ》》を飼えと?」
両者共々、不満があるようだ。
冗談じゃない。
私がこんな怪物を扱うなんて、はっきり言って時間の無駄だ。
だから、お荷物同士くっつけておく。
「まあ付き合ってみると、意外に相性が良かったりするじゃない。……どう? とりあえず、そういう事で」
「うーん。……まあ、いっか。あんたらの側にいれば、美味い飯にありつけそうだし。俺はトウヤ、よろしくな!」
トウヤと名乗ったそいつは、まだ血に濡れたままの右手を差し出してきた。
私はあからさまに嫌そうな顔を見せつつ、握手を交わした。
◇◇◇
目が覚めると、外はすっかり明るくなっているようだった。
俺はベッドから起き上がり、服を着る。
「……今日は、もうお出かけ?」
「ああ、そうだ。ダレルの所に行って、色々と話してくる」
「そう。なら、仕方ないわね。……ふあ……」
カーテンの隙間から差す光を浴びるフィオナは、美しかった。
細身ではあるものの、出るところはしっかり出ているという体型。
きらきらと輝く銀の髪と、つやりと控えめな光沢を放つ、鋭い角。
(……ああ、見惚れている場合じゃない。さっさと出かけるか)
「じゃあ、また」
「ええ、いってらっしゃい。……ねえ、次はいつ来てくれるの?」
「フィオナが望めば、いつでも」
「まあ、怖いわね。色ぼけしたおばあさんから、搾れるだけ搾り取ろうって?」
「そんなんじゃないって。それじゃ、行ってくる」
俺はフィオナの寝室を後にした。
──ここに通い始めてから、しばらく経っている。
「おはよう御座います、ソウマ様」
「おはよう、ジゼル」
廊下をすれ違ったジゼルと挨拶を交わした後、フィオナの屋敷から出た。
(さて、あっちの様子は……ああ、やってるな)
中庭には、ヨアヒムとロスヴィータ、そしてオーレリアがいた。
刃引きした武器を持った三人は、真剣な表情を浮かべている。
ヨアヒムが無言で打ち込んだ剣を、オーレリアが体をひねって躱す。
うちの長女であるモニカが、遂に乳離れをした。
それを機会に乳母の仕事から離れたオーレリアは、フィオナの屋敷で泊まり込みの生活をしながら、鍛錬する日々を送っている。
理由としては、視力に頼らない戦い方を身に付ける為だ。
以前、俺はオーレリアに対し、盲目の人間が舌打ちを利用して空間を把握する方法があると、話した事があった。
彼女は、それを習得出来ないか試したくなったらしい。
俺とグラーネも、それを止める理由など無かった。
目隠しで完全に視界を遮りながら、攻撃を躱しつつ、相手を攻撃する訓練。
(……頑張れ、オーレリア)
心の中で激励を送ってから、俺は馬に乗り竜人の里を離れた。
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