19話 峻厳なる道①
アドラー帝国・練兵場。
そこでは厳しい空気の中、兵たちが己の武を磨き、集団としての練度を高めるため、日々鍛錬を積んでいる。
──そう。普段であれば。
だが今、そこにあるのは。
血の匂いと、断末魔。
「はい、これで20人目っと。……あれ? 30人だっけ? ま、どうでもいいか」
トウヤは足元の兵士を踏み越え、転がる槍を蹴り飛ばした。
武器を取ろうとした者から、まず殺した。
逃げる者には槍を投げ、拾った石すら投げて殺した。
現実では有り得ない、馬鹿げた身体能力による殺戮。
もはや、抵抗する者は殆どいなかった。
彼の遊びに、おもちゃとして付き合うしかなかった。
「ば……化け物……!」
そう呟いた兵士の首が、次の瞬間、破裂した。
「……なあ、お前ら!! こんな雑魚の癖して、この国守るつもりだったとか、正気? マ〜ジで笑えるわ」
トウヤは最初、これでも一応平和的なお願いをした。
『俺を、あの女王の側近として雇え』
残念ながら、それは受け入れられなかった。
なら仕方ない。
トウヤは考えを改め、そしてこういう事になった。
練兵場の中央。
兵達が退き、血だまりだけが広がる場所で、彼は周りを見渡す。
雄叫びを上げて斬りかかってくる騎士団長に対し、ゆったりと剣を構える。
「ぜええええいっ!!」
「ほいよっと」
トウヤは下段から剣を跳ね上げ、騎士団長の剣を弾き飛ばした。
そしてそのまま、剣を脳天目掛けて叩きつけた。
剣は頭蓋を割り、騎士団長は脳漿をまき散らして──がしゃりと、崩れ落ちた。
「んー……なんか、飽きちゃったな。……この中で、生きてて一番偉い奴! こっちに来い! ……ああ、別に殺さないから安心しろ」
しばらくすると、怯えた表情でトウヤに近づく者がいた。
「……ふ、副団長は、私だ」
「おお、偉いじゃん」
副団長と肩を組み、トウヤは小声で囁いた。
「なあなあ、グウィネス女王だっけ? ……呼んできてくんね?」
「そ、それはっ……私、には……」
顔を青ざめ、怯えた表情で副団長は答えた。
「……ああ、悪い悪い。こっちの世界の人間も、色々あるよな。──でもさ」
トウヤは顔を近づけ、笑いながら宣言する。
「お前が呼びにいかないなら、俺が今からグウィネスを殺しに行く。……出来ないと思うか?」
「っ!! わ、分かった! 今から、私が陛下を呼びに行く! ……だから、これ以上は……」
「おう、分かってるって! んじゃ、頼んだ」
トウヤは彼の背中を軽く叩くと、転がっている死体に腰掛けた。
「いやー。ソウマきゅんのあんな姿見たらさ、テンション上がっちゃうじゃん? ……とりあえず、俺はこの国を拠点にしてみようかな」
──まるで、掃除でも終えた後のように。
血塗れの練兵場で、彼は爽やかな笑顔を空に向けていた。
◇◇◇
私は現在、ジークベルトを執務室へと呼んでいた。
ジェロームには席を外してもらい、二人きり。
ボズウェル子爵など最初からいなかったかのように、彼との結婚式は滞りなく行われた。
まあ、私はジークベルトと寝るつもりは無い。
どこかで適当に、女を探して来なさいとだけ言っておいた。
「……それで? この間の話だけど、覚悟は決まったかしら?」
「……」
彼は何かを言いかけた後、俯いてしまった。
全く、とんだ甘ちゃん坊やだこと。
「ねえ、そんなに難しいかしら? 『ルガール国王陛下を殺せ』って、あなたには出来ない? あれだけ、向こうじゃ気に入らない奴を殺してたってのに? なんだったら、教えてあげましょうか。 私がどうやって、両親を殺したか」
──別に、玉座に目が眩んだとか、そんな理由じゃない。
あの人達はただ無能で、金食い虫だったから。
だから殺した。よい良い国へ、民を豊かに。
そう、教わったから。
「……約束、したんだ。父上と。誠実であるように」
「……はあ?」
その言葉に、私は思わず吹き出してしまった。
「……ふっ。ふふ、あはははっ!! ……面白いわね、あなた! でもね、ジークベルト。よく考えてみなさい? この場合、誠実であるのは誰の為か。それは私と、アドラー帝国に対してよ」
王配として、女王を支える。
私を支える為に、リヒトブリックの国王を殺す。
そう、私は何も難しい事は言っていない。
「……グウィネス女王。他に、何か出来る事はないだろうか? それなら私は──」
「そんなもの、無いっつってんのよ!! この役立たず!!」
私はテーブルにジークベルトの額を叩きつけた。
……衛兵には『気にするな』と命じてある。
「もう一度言うわね? あなたが“誠実”に生きたいなら、それは女王に誠実であること。……いつまでも、リヒトブリックの連中に舐められっぱなしでいいの?」
「……」
「いい? 王族の人間は、峻厳なる道を歩まなければならない。王族に生まれた時点で、それは決まっている。なら、あなたはお父様に示す必要がある。これがアドラー帝国女王の王配、私の覚悟だと。……さあ、どうなの?」
ジークベルトが何か言いかけようとした時、廊下から慌ただしい気配がした。
私はひとまず彼を解放して、外の報告を待つことにする。
やがてドアが開き、血にまみれた鎧の兵が、肩で息をしながら敬礼した。
どうやら、尋常ならざる事態のようだ。
「へ、陛下……っ! 大変申し訳ありませんが、練兵場にお越し願えませんでしょうかっ!?」
「……まず、落ち着きなさい。何があったの?」
「そ、それが……不審な人物が練兵場に侵入し、兵が多数殺されました! 我が騎士団の団長も殺害され、グウィネス女王陛下を連れて来いと要求しています!」
「なるほど。……近衛騎士団を現場に派遣すればいい話じゃないの?」
「お言葉ですが、陛下! ……いくら近衛騎士団が束になろうと、奴には適いません! どうか、どうかっ……!」
私は溜め息をついてから、腕を組んだ。
(……多分、スタリオン卿と同じ召喚された人間の仕業ね。種馬君だけでも持て余していたのに、まだ厄介な人物がいたの?)
ああ。本当に、苛々する。
──でもまあ、仕方ない。
「ジークベルト、あなたも来なさい。せいぜい、夫として私を守ってちょうだいね」
「……ああ。分かっている」
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