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2話 脱獄③

「次の階段を降りたら一階だ。二人とも、ここからは慎重に。ソウマ、これを持っていろ」


 ライエルから火を消したランタンを受け取る。一階に松明等の明かりがあるのか、ここからはランタン無しでも行動出来そうだ。

 三人で可能な限り足音を立てずに、そろりそろりと階段を降りる。


「二人はここで待機。様子を見てくる」


 ライエルが先行し一階の様子を伺う間、俺と王子は階段の途中にある踊り場で息を潜めた。

 俺みたいな奴と王子様が二人きりはどうなんだと思ったが、武器も持たない一般人に遅れは取らないという事なのだろう。


 王族の男だ。剣も体も、普通の奴らよりはるかに鍛えてあるはずだ。


「そういえば、ソウマに聞きたいことがあった。君って童貞なのかい?」


 突然、何の脈絡も無いことを聞かれる。

 意味が分からない。驚き、口の中の唾液が変なところに入った為むせてしまう。


「ごほっ、ごほっ。……いやまあ、童貞だけど」


 別に隠したり誤魔化したりする必要も無い。

 いずれお前達の世界もそうなるんだ。俺が悪い訳じゃない。社会が悪い。

 ……いや、18歳で女性経験が無いという事は、そもそも責められる事なのか。


 とあるデータによると、そういう経験が早いのと遅いのでは、遅い方が大幅に離婚率が下がるという調査結果もあるらしい。

 勿論、価値観の多様化した世界においては恋愛や結婚だけが全てではないし、離婚するもしないも当人達の自由だ。


「なるほど、なんとなくそんな気はしたよ。……ライエルがいないうちに言っておこう。お互い初めて同士で色々大変だろうけど、姉さんをよろしく頼む」


「……分かった」


 頭の中で色々と社会問題について考え現実逃避していると、姉をよろしくと弟さんからお願いされてしまった。

 エリノア王女がどんな人物かは分からないが、そういうものとは無縁で生きてきた俺がこういう形で経験する訳か。


 今更ながらやはり相手が一般人ではなく王族となると、プレッシャーも凄い。怒らせたら、用済みになった後にどうなるか分からない。


 やはり、失敗したり怒らせない為に『練習』するべきなのか。娼館という存在は当然、この世界にもあるはずだ。


 ……いや待て、王女様お付きの侍女が優しく手ほどきしてくれる可能性も──


「入り口の方は問題無し。行こう」


 思春期真っ盛りの妄想が爆発しかけたところで、ライエルの声に呼び戻される。


 牢屋に入れられてからは、そういう欲求を発散する機会も精神的余裕も無かった。

 出た途端にこれとは。今は脱獄の途中だと自分に強く言い聞かせる。


 入り口近くの柱には見張り役の看守が二人、拘束され縛り付けられていた。

 壁に松明も掛けてあるので体が冷えることは無いだろう。

 他人の心配をしている場合ではないが。


 ライエルが入り口の扉に立つと、そこにいろとジェスチャーで伝えてきた。ライエルはそっと扉を開け、外の様子を伺う。

 そしてこちらを振り向き、頷いた。ひとまずここからは出られるようだ。


「……流石に夜は冷えるな。でもまあ、一歩前進か」


 扉をくぐると冷たい空気、空には満天の星。


 防寒着と暖かい飲み物でもあれば風情に浸ることも出来たが、そんな物は無いし、そんな暇も無い。

 寒さで震える体を両腕で抱きしめながら、この後の動向はライエル達に委ねるのみだ。


 ライエルの配下と思われる兵士達が、こちらに近づいてきた。


「お疲れ様です。ヘクトル王子殿下、ライエル隊長」


「皆、ご苦労様」


「副隊長、何か問題が起きたりしていないか?」


「順調かと」


「そうか。王子殿下に五人、護衛をお付けしろ。城まで警護だ」


「ライエル、僕はもう少しここにいるよ。君とソウマの見送りくらいはさせてくれ」


「……分かりました」


 待機していた部下と思わしき兵士は六人。

 近くには黒を基調とした豪奢(ごうしゃ)な作りではあるが、どこか奇妙な形の馬車があった。これでマール連邦まで行くようだ。


「俺の着替えは? 鎧もだ」


「お待ちを。おい! 隊長の着替えと鎧を持ってこい」


 後ろの兵士達に呼びかけると、三人が動き馬車の荷台から着替えと鎧を持ってきた。

 残りの二人は周囲を警戒しつつも、時折俺の方に好奇の視線を向けてくる。


「時間が惜しい。鎧を着るのを手伝ってくれ」


 ふと周りを見ると、近くにいたヘクトル王子の姿が見えなかった。

 流石に居なくなった訳がないともう一度周囲を見渡すと、馬車の荷台で何かを探していた。

 そして毛布を持ってくると、俺に渡してくれた。


「君の為に用意した物だ、使ってくれ。体を冷やすと大変だ」


「……ありがとう」


 尊き存在を雑用に動かせてしまった事実に、ライエルと兵士達の表情が凍り付く。

 王子はすかさず手を叩くと、配下に対し(げき)を飛ばした。


「些細なことは気にするな! お前達はやるべき事をやれ!」


 毛布で寒さも軽減出来た所でライエルの着替えも終わり、いよいよ馬車に乗って出発する事となった。


「待たせたな、ソウマ。お前の特等席は……ここだ」


 ライエルが馬車の御者台の座席部分をがばりと持ち上げた。変わった形だと思ってはいたが、まさか中に人が入れる仕組みになっていたとは。


「お前の存在を隠してマール連邦まで運ぶために、御者台は一から作ったんだとよ。作戦を実行に移すのに時間が掛かった訳だ。ほら、さっさと入れ」


 また窮屈な所に閉じ込められるのかと思ったが、後ろの荷台に隠れるより成功の確率は遙かに上がる。


 渋々中に入り、体を寝かせ胎児のような姿勢をとる。

 ぎりぎり俺の体が収まるサイズだ。

 牢に入れられた時に身長を測られた記憶があるが、これが理由か。上体を起こし体が痛くならないよう、下に毛布を敷いてからもう一度体を丸めた。


「よし、なんとかいけそうだな。それで、お前の頭の横に黒い板があるだろ? それを横に引いてみろ」


 言われた通り板を横に引くと、外から空気が入ってきた。

 御者台の外側の部分にはそこだけ網目状に穴が開けてあるので、外の様子も(うかが)う事が出来る。


「牢屋よりキツそうだが、仕方ないな。よし、ライエル。さっさと行こう」


「ああ、すまない、二人とも。最後にソウマと握手させてくれ」


「おいこら、ソウマ。ちゃんと顔を出して挨拶しろ」


 俺は上半身を出し、ヘクトル王子と向き合う。


「ソウマ、また会おう。君が無事に姉の元にたどり着くことを祈っているよ」


「ヘクトル王子も、お元気で。……その、次までにまともな言葉遣いを覚えておきます」


 握手を交わすと、王子は護衛と共に去って行った。


「ったく、何度お前を殴ろうと思った事か。ほら、さっさと丸くなれ」


「ああ。このまま隣の国、パルティーヤ共和国に行くのか?」


「いや。一度西門から城下町に入った後、南門から出てパルティーヤを目指す。まあ、疑われないように可能な限りはな」


「了解。大人しくしてるよ」


 確かに、牢屋から囚人が脱獄した夜に何も言わずにいきなり出国は明らかに怪しい。リヒトブリックからパルティーヤに向かう途中に関所もあるだろうが、可能な限り手順を踏んでおくのはいいだろう。


 そして真っ暗で狭い空間に閉じ込められる。流石に息苦しいので、頭の横の板をずらして空気を入れよう。近くに人がいるときは、ほんの少しだけ開けておけばまあバレないはずだ。


「俺がいない間、ヘクトル王子殿下を頼んだぞ」


「はっ。隊長も、どうかお気を付けて」


 一人残った兵士に見送られ、程なくして馬車は動き出した。動き出したのだが──


(……はあ、これはなかなかキツいな……)


 まず第一に、振動。

 座っていないのもあるが、寝そべった状態だと体全体に振動が伝わる。

 仮眠でも出来るかと思ったが、これは無理だ。

 疲労がたまればそのうち眠れるかもしれないので、今は目を閉じて可能な限り脳を休ませておく。


 そして第二に、速さだ。思っていた以上に速度が出ない。

 当然だが、馬は生き物なので喉も渇けば腹も減るし、疲れてしまう。

 適度に馬を休ませなければいけないので、更に時間もロスしてしまう。


 危惧しなければいけない事もある。


 俺達の追っ手は馬は使うが、馬車は使わないであろうという事。

 まず確実に追いつかれる。どう対処するのだろう?

 その辺りは無事に二つの門をくぐることが出来たら、ライエルに方針を聞いてみよう。


(14日……つまりは二週間。まだまだ先は長いな)


 あるのは期待、不安、恐怖。

 生まれた世界では無気力に生きていた。……皮肉な事だ。

 この世界に喚ばれてからは様々な感情が刺激され、よほど人間らしい日々を生きている。 

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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