18話 ボズウェルの最期⑥
剣を収め息を吐いていると、背後から誰かに抱き締められた。
「……心配させたな、ターニャ」
「……はい。でも、勝つって信じてましたから!」
「はあ、やれやれ。第一夫人の私を差し置いて、随分と見せつけてくれるじゃないか」
「あっ! ご、ごめんなさい、グラーネさん!」
「ははっ! 気にするな、ターニャ。ちょっとからかってみただけだ」
慌てた様子で、ターニャが俺から離れた。
ゆっくり歩いてきたグラーネと、抱擁を交わす。
「不格好だったが、どうだった?」
「初めての実戦で、あれだけジンバール流を使えるなら問題無い。……よくやったぞ、ソウマ」
グラーネは俺から離れた後、ターニャの肩に手を置いた。
「ターニャ。近くで見ていたが、お前も見事だった」
「本当ですか!? ありがとうございます、グラーネさん!」
「そうだな……ある程度、腕に自信が付いたと思ったら──たまにでいいから、私達の屋敷に来い。誰かしら、稽古の相手になるぞ」
「はい! もっともっと、強くなりたいです」
そんな二人のやり取りを眺めていると、ボズウェル兵の生き残りが数人、こちらへやって来た。
表情を見るに、こちらに対して怒りや恨みを抱いている様子は無かった。
──と、彼らの到着を待っていると。
離れた場所で何かが動いた。
(……なるほど、生き残りがいたか。運の良い奴だ)
死体の山から、一人の兵が起き上がった。
そいつは辺りをきょろきょろ見回してから、後ろに控えている兵達の元へと駆けていった。
(随分と身のこなしがいいな。まあ、生き残る奴ってのは、そういうもんか)
そして、俺達の所へ向かって来た兵達。
俺達の前に整列した後、その中から一人が歩み出て来た。
彼らは他の歩兵達と違い、金属製のしっかりした鎧を身に付けている。
恐らく、ボズウェル直属の配下なのだろう。
「お見事でした、スタリオン卿。我らは一度、アドラーへ帰還します。……その、よければ荷車をお貸し頂けないでしょうか? レスター様とマシュー様の遺体を、アドラーまで」
「別に貸してもいいが……マールに墓を作るってのは駄目なのか? 君達はこっちに移住するようだし、その方が良さそうに思えるが」
「……宜しいのでしょうか?」
「別に、問題無いだろう。そうだよな? グラーネ」
「ん? ああ、特に問題は無いだろう。それに、彼の妻と娘もこちらで保護するのだ。アドラーに墓を作ったとして、誰が管理するのかという話にもなる」
「……確かに、そうですね。寛大なお慈悲、誠に感謝致します」
「……ところで、君の名前は? 察するに、ボズウェルの下で兵を指揮していたようだが」
俺の疑問に、目の前の彼は姿勢を正してから答えた。
「失礼しました! 私はジョエルと申します! 農民の生まれでしたが、レスター様に拾われ、自分なりに精一杯やっていました」
年は、20代半ばだろうか。両頬のそばかすと、金の短髪。
見た目は少し幼く見えるが、しっかりしていそうな性格に見える。
「ジョエルか、覚えた。……今回の件で、俺自身の兵を持つ機会が出来た。良ければ君に隊長を任せたいんだが、どうだろう?」
「……少し、考えさせてください。出来れば、家族と話し合ってから決めたいので」
「そうだな、分かった。これから帰るんだろうが、食料なんかは足りてるか?」
「はい。それについては……随分、余裕が出来たので」
「そうか。悪いが、ボズウェルと長男以外の死体は油で燃やす。他に方法が無い。……長男の死体はどこか分かるか?」
「ええ、お気になさらず。……長男のマシュー様でしたら、その、あそこに」
ジョエルの指の先に、きらきらした鎧を着た死体を見付けた。
なるほど、あれなら間違わないな。
「ありがとう。じゃあジョエル、また会おう」
「はい。いずれまた、お会いしましょう」
ジョエルと別れ、俺達は自陣へ戻った。
皆、割れんばかりの声で迎えてくれた。
「我々の勝利だ!!」
「スタリオンの大将、見事だったぜ!!」
「案外、楽勝だったな!!」
だが、陣の傍らには、負傷者と思われる者達もいた。
その中には、二度と動かないであろう友に対し、哀悼の念を示している者も。
(……分かっちゃいたが、これが戦争だ。そしてこの後には、グウィネス女王と戦後についての話し合いが待っている。全く、休む暇が無いな)
俺はダレルやオズワルドに肩を叩かれながら、片手を挙げて自らの勝利を皆に示した。
まあ、こんな殺し合いをなるべく回避するのが俺達の仕事だ。
……それでも今は、仲間と共に勝利を喜ぶ振りくらいはしておこう。
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