表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

68/74

18話 ボズウェルの最期⑤

「なんだ、グラーネ。……不安か?」


 少し身軽になった後、体をほぐしながら妻に話しかけた。


「……まあ、不安だな。腕前だけならお前が負けるとは思わんが、相手が相手だ。一騎打ちの最中、お前に何か変な事をささやいて、それが敗因になる可能性もある」


「ははっ、正直だな。 ……だがまあ、そういう可能性も有り得る相手だ」


 それでも、やる。

 別に名声が欲しい訳じゃない。

 ボズウェルや、戦場に散った敵兵に敬意を込めてとか、そんな理由でもない。


 共に戦ってくれた仲間達に、俺の覚悟を示す。

 ただ、それだけだ。


「……ソウマさん、気を付けてください」


 ターニャの肩を叩いた後、マモルやロスヴィータと目を合わせてから──

 俺はボズウェルの元へ向かった。

 戦場には空けた空間が出来ていて、一騎打ちに相応しい場所となっている。


(……お前達も、そこで見ていろ)

 

 意味の無い、ただの感傷だった。

 地面に転がる死体と目が合ったが、彼らが何か伝えたい訳でもない。

 そこにはもう、誰もいないのだから。


「感謝する、スタリオン卿。……今日は、私が死ぬに相応しい日となった」


「そう死に急ぐな、ボズウェル。人生の先輩から、精々学ばせて貰おう」


 俺は剣を抜き、盾を構えた。

 対するボズウェルも剣を抜き、盾を構えて相対した。


「我が名はレスター・ボズウェル!! いざ、尋常に!!」


「俺の名はソウマ・スタリオン!! この勝負、受けて立つ!!」


 先に動いたのは、ボズウェルだった。


「ぬおおおっ!!」


 裂帛の気合いと共に、俺の胴に突きを放つ。

 俺はそれを受け流し、そのまま剣を振り上げ、上段からの一撃を見舞う。

 ──が、それは盾により防がれた。


「……ちっ」


 舌打ちをしながら、距離を取った。

 そんな俺を離すまいと、ボズウェルは間合いを一気に詰めてくる。


 ──激しい剣と盾の打ち合い、弾き合い。

 十分に防げているし、凌いではいる。

 ……だが。


(くそっ! 体が重い! ボズウェルは確かに強いが、今の俺ならやれる! ……なのに、何だ、この様は!!)


 俺の様子に気付いたのか、ボズウェルは俺から離れた。

 息を整えながら、年長者としての私見を述べてきた。


「……貴公のそれは、別におかしな事ではない。鎧は脱いだが、心の方は軽くなってはいない。既に死んだ身の私とは違い、今も沢山のものを背負っているのだから」


 そんな事は百も承知だ。

 それを背負ってなお、俺ならやれると思っていた。

 ……完全なる油断、慢心。


「しかし、私が手を抜く事はない! 小僧!! 恐怖に打ち勝て、未来を掴め!!」


 鋭い突きが、俺の顔面を襲う。

 辛うじて躱すが、ボズウェルの剣は俺の頬を掠めた。


 ──静かだ。


 大きく距離を取り、目だけで辺りを見渡す。

 聞こえるのは、お互いの息遣い。

 視界の端に写るのは、早くも獲物をついばみ始めたカラス達。


 戦は終わったというのに、俺達だけがまだ戦っている。

 俺の味方も、ボズウェルの兵も、それをただ黙って見守っている。


(こんな所で、終わる訳にはいかない。……だから、俺の持てる全てを)


 盾を投げ捨て、振り返らずにグラーネに宣言した。


「グラーネ、情けない姿を見せてすまなかった!! ここからは、ジンバール流で戦う!! 構わないよな!?」


「そうだ、それでいい!! ジンバールの剣、皆に見せてやれ!!」


 俺は腰からもう一本の剣を抜き放ち、腰を落としながら、両手の剣先を上と下からボズウェルに向けた。


 この構えに、名など無い。

 だがそれはまるで、巨大な肉食獣が飛びかかる直前の姿勢。


「……それがジンバール流か。冥土の土産に丁度いい。来い、小僧!!」


 一瞬で踏み込み、二本の剣で胴を目掛けて突きを放った。

 がいん、と音が鳴り、それは盾で防がれた。問題は無い。

 すぐさま体勢を整え、攻撃を続ける。


「ぬっ! ぐっ! おおおおおおおおっ!!」


 俺の目にも留まらぬ連撃に、ボズウェルはどうにか食らいつき防いでいる。

 先ほどから思っていたが、こいつは間合いの管理が上手い。

 だが全てを受ける事は出来ず、腕や足、頬や胴に切り傷が増えていく。


(……次だ。次で決める)


 ボズウェルの盾に蹴りを入れ、距離を離す。

 乱れた呼吸を、一つ深く息を吐く事で強引に整えた。


「ボズウェル。今のうちに呼吸をしておけ。準備運動は終わった」


 両手の剣をぱしりと空中で持ち替え、最初の構えに戻る。


「……ふっ、動きが見違えたな。 だが、まだやらせはせん!!」


(……っ! これを待ってた!!)


 盾で胴を守りながら、こちらに突っ込んでくるボズウェル。

 俺はそれに対し、上体を思い切り伸ばして両腕を振りかぶり、上段から盾に二本の剣を振り下ろした。


 神能と人能により、強化された身体能力。

 ボズウェルは二本の剣の衝撃に、盾を地面に取り落としてしまった。


「っ! ぬうぅっ!」


 ボズウェルは年齢を感じさせない機敏な様子で、後方へと距離を取る。

 ──だが、俺の剣には仕掛けがあった。

 片方の剣の柄が、少しだけ長い造りになっている。


 柄の端を握った右手の剣は、ボズウェルの左鎖骨を食い破り──そのまま、胴の中程まで切り裂いた。


「ぐっ……がああああああっ!!」


 ボズウェルは膝を突き、剣を捨てた。

 そして腰から短剣を抜くと、喉の前で構えた。


「見事!! 見事なり、スタリオンよ!! ……そして、そんな貴公に頼みがある! 我が妻ドリスと、長女エステル。二人を、どうか保護して欲しい!」


「……ああ、約束しよう」


 ボズウェルは俺の言葉に荒い息を吐きながらも、安堵したような表情を見せた。


「……もう一つ、頼みがある! 生き残った我が兵とその家族を、貴公の“領民”として扱って欲しい! 精一杯働き、マールの支えとなる事を誓わせる!」


「分かった。兵と、その家族。俺が面倒を見るよ」


「……ならば、最早この世に未練は無い!! この無能な私には勿体無い、良い最期だった!! レスター・ボズウェル、これにて失礼させて頂く!!」


 彼は短剣を喉元にあてがうと、一息で突き立てた。

 そして、ゆっくりと頭を垂れ──そのまま、動かなくなった。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ