18話 ボズウェルの最期⑤
「なんだ、グラーネ。……不安か?」
少し身軽になった後、体をほぐしながら妻に話しかけた。
「……まあ、不安だな。腕前だけならお前が負けるとは思わんが、相手が相手だ。一騎打ちの最中、お前に何か変な事を囁いて、それが敗因になる可能性もある」
「ははっ、正直だな。 ……だがまあ、そういう可能性も有り得る相手だ」
それでも、やる。
別に名声が欲しい訳じゃない。
ボズウェルや、戦場に散った敵兵に敬意を込めてとか、そんな理由でもない。
共に戦ってくれた仲間達に、俺の覚悟を示す。
ただ、それだけだ。
「……ソウマさん、気を付けてください」
ターニャの肩を叩いた後、マモルやロスヴィータと目を合わせてから──
俺はボズウェルの元へ向かった。
戦場には空けた空間が出来ていて、一騎打ちに相応しい場所となっている。
(……お前達も、そこで見ていろ)
意味の無い、ただの感傷だった。
地面に転がる死体と目が合ったが、彼らが何か伝えたい訳でもない。
そこにはもう、誰もいないのだから。
「感謝する、スタリオン卿。……今日は、私が死ぬに相応しい日となった」
「そう死に急ぐな、ボズウェル。人生の先輩から、精々学ばせて貰おう」
俺は剣を抜き、盾を構えた。
対するボズウェルも剣を抜き、盾を構えて相対した。
「我が名はレスター・ボズウェル!! いざ、尋常に!!」
「俺の名はソウマ・スタリオン!! この勝負、受けて立つ!!」
先に動いたのは、ボズウェルだった。
「ぬおおおっ!!」
裂帛の気合いと共に、俺の胴に突きを放つ。
俺はそれを受け流し、そのまま剣を振り上げ、上段からの一撃を見舞う。
──が、それは盾により防がれた。
「……ちっ」
舌打ちをしながら、距離を取った。
そんな俺を離すまいと、ボズウェルは間合いを一気に詰めてくる。
──激しい剣と盾の打ち合い、弾き合い。
十分に防げているし、凌いではいる。
……だが。
(くそっ! 体が重い! ボズウェルは確かに強いが、今の俺ならやれる! ……なのに、何だ、この様は!!)
俺の様子に気付いたのか、ボズウェルは俺から離れた。
息を整えながら、年長者としての私見を述べてきた。
「……貴公のそれは、別におかしな事ではない。鎧は脱いだが、心の方は軽くなってはいない。既に死んだ身の私とは違い、今も沢山のものを背負っているのだから」
そんな事は百も承知だ。
それを背負ってなお、俺ならやれると思っていた。
……完全なる油断、慢心。
「しかし、私が手を抜く事はない! 小僧!! 恐怖に打ち勝て、未来を掴め!!」
鋭い突きが、俺の顔面を襲う。
辛うじて躱すが、ボズウェルの剣は俺の頬を掠めた。
──静かだ。
大きく距離を取り、目だけで辺りを見渡す。
聞こえるのは、お互いの息遣い。
視界の端に写るのは、早くも獲物を啄み始めたカラス達。
戦は終わったというのに、俺達だけがまだ戦っている。
俺の味方も、ボズウェルの兵も、それをただ黙って見守っている。
(こんな所で、終わる訳にはいかない。……だから、俺の持てる全てを)
盾を投げ捨て、振り返らずにグラーネに宣言した。
「グラーネ、情けない姿を見せてすまなかった!! ここからは、ジンバール流で戦う!! 構わないよな!?」
「そうだ、それでいい!! ジンバールの剣、皆に見せてやれ!!」
俺は腰からもう一本の剣を抜き放ち、腰を落としながら、両手の剣先を上と下からボズウェルに向けた。
この構えに、名など無い。
だがそれはまるで、巨大な肉食獣が飛びかかる直前の姿勢。
「……それがジンバール流か。冥土の土産に丁度いい。来い、小僧!!」
一瞬で踏み込み、二本の剣で胴を目掛けて突きを放った。
がいん、と音が鳴り、それは盾で防がれた。問題は無い。
すぐさま体勢を整え、攻撃を続ける。
「ぬっ! ぐっ! おおおおおおおおっ!!」
俺の目にも留まらぬ連撃に、ボズウェルはどうにか食らいつき防いでいる。
先ほどから思っていたが、こいつは間合いの管理が上手い。
だが全てを受ける事は出来ず、腕や足、頬や胴に切り傷が増えていく。
(……次だ。次で決める)
ボズウェルの盾に蹴りを入れ、距離を離す。
乱れた呼吸を、一つ深く息を吐く事で強引に整えた。
「ボズウェル。今のうちに呼吸をしておけ。準備運動は終わった」
両手の剣をぱしりと空中で持ち替え、最初の構えに戻る。
「……ふっ、動きが見違えたな。 だが、まだやらせはせん!!」
(……っ! これを待ってた!!)
盾で胴を守りながら、こちらに突っ込んでくるボズウェル。
俺はそれに対し、上体を思い切り伸ばして両腕を振りかぶり、上段から盾に二本の剣を振り下ろした。
神能と人能により、強化された身体能力。
ボズウェルは二本の剣の衝撃に、盾を地面に取り落としてしまった。
「っ! ぬうぅっ!」
ボズウェルは年齢を感じさせない機敏な様子で、後方へと距離を取る。
──だが、俺の剣には仕掛けがあった。
片方の剣の柄が、少しだけ長い造りになっている。
柄の端を握った右手の剣は、ボズウェルの左鎖骨を食い破り──そのまま、胴の中程まで切り裂いた。
「ぐっ……がああああああっ!!」
ボズウェルは膝を突き、剣を捨てた。
そして腰から短剣を抜くと、喉の前で構えた。
「見事!! 見事なり、スタリオンよ!! ……そして、そんな貴公に頼みがある! 我が妻ドリスと、長女エステル。二人を、どうか保護して欲しい!」
「……ああ、約束しよう」
ボズウェルは俺の言葉に荒い息を吐きながらも、安堵したような表情を見せた。
「……もう一つ、頼みがある! 生き残った我が兵とその家族を、貴公の“領民”として扱って欲しい! 精一杯働き、マールの支えとなる事を誓わせる!」
「分かった。兵と、その家族。俺が面倒を見るよ」
「……ならば、最早この世に未練は無い!! この無能な私には勿体無い、良い最期だった!! レスター・ボズウェル、これにて失礼させて頂く!!」
彼は短剣を喉元にあてがうと、一息で突き立てた。
そして、ゆっくりと頭を垂れ──そのまま、動かなくなった。
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