表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

64/74

18話 ボズウェルの最期①

 朝靄が薄く漂う平野に、幾重もの陣幕が張り巡らされていた。

 その中心、マール大要塞の前方に位置する平原に、俺たちは布陣している。


 ──まず、現在の我が軍の内訳はこうだ。


 俺とグラーネのスタリオン、ジンバール陣営は後方に控え、総大将を務める。

 兵力、千五百。


 ダレル率いる鉄人と、オズワルド率いる獣人は、歩兵として前衛を担う。

 兵力、五千。


 クロエ率いる森人は、弓騎兵として遊撃、攪乱。

 兵力、五百。


 ヴァネッサ率いる弓部隊と、ロスヴィータを始め少数の竜人。

 併せて、一千ほど。


 これが、我が軍の全てだ。


 対するボズウェル子爵の兵数は一万。こちらは、およそ八千。

 数では劣るが、戦力的にはこちらが有利だった。

 身体能力に秀でた亜人が多数いる以上、二千の兵力差は許容範囲内。


「……出てきましたね」


 アルゴルが唸るように呟いた。

 視線の先には、主戦場の中央を悠然と歩む、一人の騎士の姿があった。


 赤いマントを翻し、金属の擦れる音を響かせながら、どこまでも堂々とした態度。


「……あいつが、ボズウェル子爵か」


 マリカ同様、俺に、俺達にとんでもない迷惑を掛けた男。

 あんな態度で生きられたら、どれほど気が楽になるだろうか。


「行こう、グラーネ」


 俺とグラーネは、歩調を合わせ彼の元へと向かっていく。

 やがて相対した所で、両者は互いを見据えた。


「……貴公がスタリオン卿か。そしてそちらが、その妻であるグラーネ殿。早速だが、私の願いを聞き入れて欲しい。妻と娘と、この戦で生き残った者達の保護を頼みたい」


「……何だと?」


 謝罪の言葉は無かった。

 それどころか、頼み事をしてきやがった。


 俺はグラーネと顔を見合わせ、互いに困惑の表情を浮かべるしかなかった。

 元いた世界どころか、こちらの世界で学んだ常識が通用しない。


 改めて、ボズウェル子爵を観察する。


 良く磨かれ、朝露が僅かに滴る頭は、別にいい。

 こういう状況だし、起きてから顔を洗っていないのだろう。脂ぎった顔も許そう。

 だが──なんだ、その目は。その、子供のように純粋な目は。


 自らの行いでこうなった事を、ちゃんと理解しているのか?

 なぜこんな男が貴族になって、こうして兵を率いているんだ?


 俺は腹が立ってきた自分をなだめるように、深く息を吐いた。

 不快な人物から、速やかに離れたい。

 

「ボズウェル、貴様はここで死ぬ。残念ながら、我々が貴様の願いを聞き入れねばならん理由は無いな」


 グラーネは、呆れた表情でそう告げた。

 俺も同意見だが、こういう人間はここで引き下がったりはしないだろう。

 この男が次に何を言い出すか、注意しながら適当にやり過ごす必要がある。


「確かに、その通りだ。……それでも、聞き入れて欲しい。私が愚かだったばかりに、家は滅び、兵は死んでしまう。……頼む。どうか、慈悲をくれないだろうか!」


 ボズウェルはそこまで言った後、俺達の前で跪いた。

 戦の前に総大将のこんな姿を見てしまっては、兵の士気は下がるだろう。


 ……いや、それは間違いか。

 最初から負ける事が──死ぬ事が決まっているのに、士気を上げられる訳がない。


 だから。


 せめて、全ての兵は無理だとしても、付き従ってくれた者に希望を与えたい。

 そう、考えているんだろうな。


(まあ、こいつの事情など、俺にはどうでもいいが)


 俺達が黙っていると、ボズウェルは更に言葉を続けた。


「私なりに、必死に考えたのだ。スタリオン卿が、我が妻と娘、兵とその家族を保護した場合。マール連邦はアドラー帝国に対し、打撃を与える事が出来る」


「あんたが言いたい事は分かる。つまり、アレだろ? アドラー帝国内の、反乱分子の勢いを増やす切っ掛けになる。そんなところか?」


 そういうメリットもあるにはあるだろうが、アドラー帝国から俺に対する敵意を煽りかねない。

 だから、こいつの話には乗るべきではない。


「貴公としては要するに、アドラー帝国からの逆恨みが嫌だというのであろう? だから、私はグウィネス女王陛下に謁見した。我が兵と、その家族。安心して、スタリオン卿の領民にして頂きたい」


 確かに、アドラー帝国は超大国であり、人口は多い。

 些末な貴族の兵と、その家族が国外に流出しようと、それほど痛手にならないのかもしれない。


(それでも受け入れるとなると、色々と面倒だ。……ん? 何故俺は、こいつの話に乗る前提で考え始めているんだ?)


 思考を誘導された事に、思わず鳥肌が立った。

 それを誤魔化すように、平静を装いながら腕を組む。


 ……なるほど。

 

 この様子だと、アドラー内部でもこいつのやり方に調子を狂わされた奴らが、かなりいるんだろうな。


「……ソウマ、こいつのあしらい方はお前に任せた」


 グラーネの声にも、わずかに迷いが滲んでいた。

 俺と同じく、こいつと正面から言葉を交わすことに、妙な不安を感じているのだろう。


 まあ詳細は後で、グウィネス女王と決める事になるはず。

 いつまでもこいつと話していたくはないので、適当に切り上げよう。


「ああ、そうだな。……ではボズウェル子爵、戦場で」


 俺はグラーネと共に、その場を立ち去ろうとした。


「スタリオン卿、言い忘れた事がある! ……ある程度こちらの数が減ったら、戦を切り上げ、貴公に一騎打ちを申し込むつもりだ。受けて貰えるだろうか?」


「一騎打ちだと!? 馬鹿な!!」


 俺より早く、グラーネが反応した。

 理屈で考えれば、こちらが応じる理由は一切ない。

 じゃあ、こいつがそれを提案する理由はなんだ?


「……あんたの事が全く理解出来ないよ、ボズウェル。一応、理由を聞かせてくれ」


「貴公に、私が出来うる限りの最大限の贈り物をしようと思ったからだ。……自慢ではないが、私は国内では年齢の割に、それなりに腕が立つ」


 彼の年齢としては、恐らく50歳前後だろう。

 確かに、首周りもしっかりしていて、背筋もぴんと伸びている。


「だが私も、もう若くはない。それに、貴公のように神柱石で召喚された者は強いのだろう? それなら、私を討ち取る事は十分に可能なはずだ」


『喧嘩をふっかけられた若き種馬が、軍事大国の貴族との一騎打ちに勝利した』


 その事実が広まれば、俺の名声は確かに上がるだろう。

 マールの種馬に勢いありと、他国の商人は勿論、どこかに移住を考えている者達も、この国に興味を示すかもしれない。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ