17話 ジークベルトの憂鬱⑥
「あいたた……。よーし、もう一本お願いします!」
農場の空き地で、ターニャとミレイユ達の五人が訓練をしていた。
槍に関しては、俺はまだまだ未熟だ。
それでも、剣をそれなりに振ってきたから分かる。
ターニャの槍は、最初の頃とは比べ物にならないほど、鋭さを帯び始めていた。
(上達も早いし、大したもんだ。……ひょっとしたら、戦場では俺の方が助けられるかもな)
体のあちこちに擦り傷やあざが出来ていたが、訓練そのものが楽しいのだろう。
ターニャは元気一杯といった表情で、槍と盾を打ち鳴らしていた。
「おーい、ソウマ! こっちに来い!」
そんな事を思っていると、ロスヴィータに呼ばれた。
彼女は、ミドリと一緒に日陰で何かを食べながら、一休みしているようだった。
俺は彼女にターニャの槍の師匠を頼み込んで、なんとか承諾してもらった。
最初はどうなるかと思っていたが、意外にも楽しくやっているようだ。
ロスヴィータは、ターニャとかなり仲良くなっていて、槍以外の話も普通に話す。
そのついでと言っていいか分からないが、俺に対しての態度も軟化した。
『友人のターニャが好きな男なら、オマエは仲間だ』
そう言われた時は驚いたが、それが彼女の価値観なら、それはそれで助かる。
二人に近づいていくと、食べているモノの正体は案の定だった。
「やあ、ロスヴィータ。……って、また食べてるのか、それ」
「やっほー、ソウマ君。ちょっと作り過ぎちゃったから、食べるの手伝って」
ミドリにそう言われ、皿に残った料理──じゃがバターを手に取った。
冷めかけてはいたが、まだじんわりと熱い。
一応、ふーふーと息を吹きかけ、じゃがいもにかぶりついた。
(夏が始まる季節にどうなんだと思ったが、少し冷えた状態なら悪くないな)
「このじゃがばたーというモノは、素晴らしいな! バターを乗せただけで、こんなに美味くなるとは……」
ロスヴィータは、そう言ってまた一つじゃがバターを手に取ると、むしゃりと食べ始めた。
炭水化物の過剰摂取を心配したが、彼女は亜人だ。
子供という訳でもないし、本人の責任で思う存分食べてもらおう。
「でもまあ、この大陸にじゃがいもがあるのは助かるよな。豊穣王の仲間が、船で余所の大陸から持ち帰ったらしいが」
「へえ、そうなのか。オマエ、なかなか物知りなんだな。偉いぞ」
現地人に感心されてしまったが、俺はじゃがいもが存在するがゆえの苦労も感じていた。
(じゃがいものおかげで、この大陸の人口は爆発的に増えた。……そのせいで、軍事大国であるアドラーと、宗教国家であるノヴァリスが力を持っている側面もある)
「……ソウマ君はさ、ターニャが戦うこと、どう思ってる?」
ミドリとしては、やはりまだ割り切れていないのだろう。
ターニャはミドリがここに連れてきた経緯があるし、彼女としては責任のようなものを感じているはずだ。
だから俺なりに、ターニャに対して思っている事を正直に話す必要がある。
「まあ、やっぱ不安だよな。……でもな、もうターニャが決めた事だ。絶対にとは約束出来ないが、あいつと一緒にここに戻ってくるよ」
「……うん」
ミドリは寂しそうに笑って、頷いた。
立ち直るまでずっと世話をしていた彼女にとっても、ターニャはかけがえのない存在なのだろう。
もしかすると、母親や姉のような気持ちを持っているかもしれない。
「ターニャのやつ、俺の子供を産んでくれるそうだ。そんな存在を、大切に思ってないはず無いだろ? ……だからまあ、ロスヴィータも頼むよ。ターニャの事」
「ああ、任せておけ。 ……そういえば、言うのを忘れていた。ボズウェルとの戦には、ワタシも参加するぞ。フィオナ様に許可を頂いたからな!」
予想外だが、嬉しい誤算だった。
少数ではあるが竜人も戦に参加する事になってはいるものの、族長のフィオナには里で待機してもらう手筈となっている。
竜に変身出来るという噂はアドラーに広まっている為、フィオナが戦場にいると相手が何をしてくるか分からないからだ。
「そうか……。ありがとう、ロスヴィータ。戦場では、なるべくターニャの近くにいてやってくれ。俺の側にはマモルがいるから、大丈夫だ」
「おい、ソウマ。……オマエは、ワタシのことを少し見くびっているようだな? このワタシにかかれば、オマエとターニャを同時に守るくらい簡単なことだ」
ロスヴィータはにやりと笑って、立て掛けていた槍を手に取った。
たったそれだけで、彼女の雰囲気は凄みを増した。
「ははっ! それじゃ思う存分、頼らせてもらうさ。……折角だし、少し体を動かしていくか」
「おっ、いいじゃないか。ターニャも気になるが、オマエも鍛えないとな!」
「ま、私はいつも通りやるしかないか。……二人とも、頑張ってねー」
俺とロスヴィータは、ターニャ達と共に稽古に励んだ。
◆◆◆
辛気くさい奴らと一緒に、俺はアドラーからマールまでの道のりを歩いていた。
この鎧は、外れた場所にある村の連中を皆殺しにして奪った。
ははっ! どいつのサイズが合うか、分からないからな。
ボズウェル子爵とかいう奴は、かなりのアホらしい。
確かな証拠も無いのに、あいつがやったと決めつけて、結果として家を滅ぼす事になったんだから。
まあ、そのおかげで、俺は特等席であいつの勇姿を見物出来るんだ。
少しくらいは、感謝してやってもいいか。
……しっかしまあ、暑いし、臭いし、大変だ。
おまけに隣の奴なんか、泣きながら歩いてやがる。
これから死に行くってんだから、仕方ないのかね。
もちろん、俺もちょっとは気を付ける必要がある。
うっかり死んでしまったら、洒落にならないからな!
ああ。もう少しで、お前に会える。
……待っててくれよ、ソウマ。
◆◆◆
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