17話 ジークベルトの憂鬱⑤
大地が揺れるような足音と、号令の声が交錯していた。
演習場を埋め尽くす兵士たち。
人間だけでなく、獣人、鉄人、竜人、森人――五つの種族が混在し、それぞれの得意分野を活かした小隊単位で、次々と訓練が繰り返されていく。
「……それなりに、様になってきたな」
俺は、演習場を見下ろす高台の上で、腕を組んでそう呟いた。
隣には、グラーネがいる。
彼女の後ろには、各種族の代表――マール連邦を支える重要人物達が並んでいた。
鉄人族長、ダレル・マルコス。
獣人族長、オズワルド・ヴォルック。
竜人族長、フィオナ。
森人の族長補佐役、クロエ・スタンダール。
名目上は「合同演習」。
だが実質は、「信頼と実力の確認」の場でもある。
海人に関しては、彼らの特性上、定期的に水分を摂取する必要がある為、支援などを任せている。
各種族がそれぞれの誇りを賭け、同じ陣形で動き、同じ敵に立ち向かう。
切っ掛けはともかく、この連邦が、ようやく“戦える共同体”になってきた証でもあった。
そこへ鉄人の一人が現れ、何やらダレルに耳打ちをして離れていった。
「斥候の報告じゃと、ボズウェル子爵は進軍を開始したようじゃ。ただ……騎兵は使わぬらしい。歩兵と弓兵のみで、こちらへ向かっている」
「ほお。兵の規模は?」
「おおよそ、一万じゃ」
ダレルとオズワルドのやり取りを聞いて、グラーネが意外そうな顔をした。
「一万はともかく、騎兵は無しか。……ふん、舐められたものだな」
「多分、馬がもったいないからじゃない? アドラーって、徹底的に無駄を省くから」
グラーネのぼやきに対し、クロエは冷静に返した。
「その無駄な存在が、今回のボズウェル子爵という事でしょう? 巻き込まれる兵は、たまったものじゃないわね」
練兵の様子を眺めながら、フィオナは穏やかな様子を崩さない。
アドラー帝国に思うところはあるだろうが、敵兵を気遣う優しさがあった。
「まあ、変に同情して手を抜くわけにはいかない。全力で叩き潰して、こちらの犠牲は可能な限り抑えたい。それが出来れば、俺達の完全勝利だ」
勝率は高いとはいえ、こちらに余裕は無い。
フィオナの優しさを尊重しつつも、改めて勝利条件を明確にした。
俺は練兵場の隅にいる、ある集団に目を向けていた。
そこでは海人の領地から援軍として参加した、ヴァネッサとその仲間達が弓の訓練をしていた。
(ただ者じゃないと思っていたが、まさか元傭兵団の団長だったとはな。傭兵仲間だった主婦達を集めて合計20人、か」
ヴァネッサは宿に飾ってあった弓を使い、他の仲間は量産したコンポジットボウを使っている。
彼女達の腕前は確かだ。傭兵団時代の経験が活きているのだろう。
風の読み方、矢の放ち方、そして狙いの正確さ──
あの規模の傭兵団をまとめていたのなら、戦闘指揮も任せられる。
ヴァネッサの存在は、戦場で一つの変数になるのは間違いない。
戦いから離れ、マールの地に根を下ろした彼女達。
そんな彼女達に、再び武器を手にする機会を与えてしまった事は、心苦しい。
それでも──彼女達は、自発的に立ち上がってくれた。
だから、俺は心の中で深く感謝し、この国を守っていく事を改めて誓った。
「そういえば、ソウマ。お前、戦の前の口上は考えているか? 今回の戦、どう考えてもお前が総大将をやらねば締まらんからな」
忘れたいと思っていた事を、グラーネに容赦なく指摘された。
……確かにそういうの、映画とか漫画でよく見るよな。
「……それ、絶対に必要なのか?」
「今回、戦自体が初めての者が殆どだ。当然、やった方が士気は高まるだろう」
オズワルドが少し意地悪そうな顔をしながら、俺にやれと言ってきた。
ヴォルック家と、グラーネの家であるジンバール家は因縁のある関係だが、俺はオズワルドに対し、以外と付き合いやすい人物だなという印象を持っていた。
(オズワルドの妻であるフェリシアは、出産を控えている。ジンバールの婿となった俺には少し複雑だが、無事に生まれたら出産祝いでも贈らないとな)
「まあ、考えておくよ。……今日は結構、長く練兵をやっているな。グラーネ、そろそろ終わりにしてもいいんじゃないか?」
「確かに、疲れを溜めさせる訳にはいかないな。後は、それぞれに任せよう」
ひとまず、合同演習は終わった。
俺は次に、農場で行われるターニャの個人練習を見に行く事にした。
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