17話 ジークベルトの憂鬱④
「ボズウェル卿、なんだその振る舞いは!! いくら礼儀知らずといえど、貴様のそれは余りにも度が過ぎているぞ!!」
私の怒りは、ジェロームの激憤により幾らか和らいだ。
……普段、物静かな奴が怒ると、やっぱり迫力あるわね。
隣で縮こまったエマちゃんの肩に腕を回しながら、ひとまず彼のお願いを聞いてみることにした。
「はーあ。……それで、あなたのお願いって何かしら?」
「私の願いとは、スタリオン卿との戦闘で生き残った兵と、その家族の保護で御座います。私と長男のマシューが死んだ後も、彼らの人生は続いていきますので。……この国は敗者に厳しく、その国風に辛い思いをしている者も少なくありません」
散々に無礼を働いた後、お願いをし、政治体制への諫言まで。
ああ、自由に生きるって素晴らしい。
殺気を放ち始めた隣のジェロームに『抑えなさい』と目配せしながら、私はいつの間にかこの男に興味を抱き始めている事に気付いた。
「なるほど。確かに、領民を預かる者としては心配よね。この国では、誰か貴族が失敗でもして落ちぶれようものなら、周りの貴族に根こそぎ奪われてしまうもの」
軍事大国の貴族としては、なるべく力を蓄えておきたいという気持ちがあるのだろう。
そういうやり方を国が奨励した事は一度も無いが、この国の長い歴史の中で、いつの間にかそんな手法が常となっていた。
「……あの、ボズウェル子爵。奥さんと娘さんについては、どうするおつもりなんですか?」
ふと、エマちゃんがそんな質問をした。
確かにスタリオン卿との戦闘で彼と長男は死ぬが、妻と娘は残る。
「はい、エマ殿。二人に関しては、スタリオン卿に保護を願い入れようかと」
……こいつ、面の皮が厚すぎる。
私はジェロームと顔を見合わせながら、思わず関心してしまった。
スタリオン卿の性格については、ある程度把握している。
彼は多分、保護を引き受けるだろう。
(多分、狙っている訳ではない。どこまでも行き当たりばったりで、その度に周りの人間を頼り、ここまで生きてきた)
普通の農民なら、それでもいい。
でもまさか、戦争で手柄を立てて貴族になってからも、そんな生き方を続けようとするものなのか。
「ねえ、ジェローム。こいつの兵とその家族の保護って、やっていいと思う?」
「……まさか、聞き入れるおつもりで?」
「とりあえず、仮定の話」
「……難しいでしょうね。いきなりそのように国が保護を始めてしまえば、これまで奪われてきた者達が、どのような反応をするか……」
「まあ、そうよねえ」
私は腕を組み、何か別な方法を考え始めてしまった。
いつの間にか、すっかりこの男のペースになっている。
「……あの、陛下。もういっその事、スタリオン卿に兵と家族も保護してもらえばいいのでは?」
エマちゃんまで、まるでボズウェル子爵みたいな事を言い出してしまった。
うーむ。ボズウェル流外交、恐るべし。
でも私は、案外それも悪くないなと思った。
兵と家族がマール連邦に移住してしまえば、ボズウェル子爵に絡む問題は完全に無くなるからだ。
(この国は、いざとなったら最大二十五万の兵を動員出来る。弱小貴族の抱える兵とその家族がいなくなっとして、何も問題は無い)
「まあ移住させるにしても、問題は数ね。どのくらい生き残って、どのくらい移住を希望するか」
「それに関してですが、ある程度まで兵が減った所で降参し、スタリオン卿に一騎打ちを所望するつもりです。スタリオン卿の名声も高まるでしょうし、そのくらいの手土産は必要かと」
(あら、意外に考えてるのね。……でも、あなたがスタリオン卿を討ち取ってしまう可能性だってあるわよね?)
エマちゃんがいる手前、それを口に出すことは出来なかった。
だいたいの話は聞いた。もう帰らせていいだろう。
「ボズウェル子爵、私から最初で最後の命令よ。立派に戦って、立派に死になさい」
「このボズウェル、しかと拝命しました。……それでは陛下、失礼致しました」
彼は礼をした後に立ち上がり、ドアの前でもう一度深く礼をしてから、応接室を出て行った。
「……はあー。すごい疲れた。なんなの、あいつ」
「あはは……。確かに、色々と凄い人でしたね」
エマちゃんと二人、顔を見合わせて、お互いに溜息をついた。
とんでもない男ではあったが、色々と考えさせられる機会にもなった。
「色んな意味で規格外な男でしたね、陛下。……今回の件を通じて、何らかの制度を整えるべきかもしれません。敗戦した貴族の遺族に対する、限定的な保護制度のようなものを」
「あの男が切っ掛けっていうのも癪だけど、まあ、考えてみてもいいかしら」
ジェロームの提案に頷きつつ、全身を包む倦怠感から逃れるよう、両手を上げて体を伸ばした。
応接室には疲労感と、何とも言えない空気だけが残った。
……さて。あの種馬君はどう対応するつもりなんでしょうね?
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