17話 ジークベルトの憂鬱③
「……あの、陛下。やっぱり私も同席しなきゃ駄目ですか?」
「なに? エマちゃん。……やっぱり、面倒かしら?」
「そういう訳じゃ、無いですけど。……何を話せばいいのかなあ、と」
「基本的には黙ってていいわよ? ただ、あなたもいた方が、彼も納得するだろうって話ね」
「ええ、そうですね。……エマ、基本的にボズウェル子爵は人畜無害のようだ。まあ、今回のように子供の事となると、たがが外れてしまうらしいが」
「なるほど……」
私は応接室でエマちゃん、ジェロームと共に、ボズウェル子爵との対談を予定していた。
こちらとしては別にする必要は無いと思っていたけど、彼も一応は貴族。
どうせ死ぬであろう弱小貴族にも、女王としてある程度の情けは掛けてやってもいいと判断したのだ。
暫く三人でソファーに座り雑談をしていると、ドアがノックされた。
「グウィネス女王陛下、レスター・ボズウェルに御座います! 本日は謁見の栄誉を賜り、参上致しました」
ドアの外から聞こえてきた、過剰なまでに張り上げた声。
初めての謁見であるうえに、もとは農民上がりという出自もあって、貴族社会では完全に浮いた存在だと聞いている。
挨拶ひとつ取っても、それはもう不器用なほどに礼儀正しかった。
私は早くも後悔し始めたが、仕事はやらなければならない。
二人と顔を見合わせたあと、覚悟を決めて声を掛けた。
「入りなさい、ボズウェル子爵」
ドアが開かれ、入室して来た彼の第一印象としては──
(……本当に、本当に悪いと思ってるけど、なんていうか、アレよね)
少しよれた貴族服に、ぴかぴかに磨かれた禿頭。
体は年齢のわりによく鍛えているが、肌がやけに脂ぎっている。
そして何より、私が嫌悪感を抱いた最大の理由──それは、彼の“きらきらした目”だった。
他の貴族のように、死んだ魚のような濁った目をしていないのだ。
つまり、貴族社会どころか、まともな大人としての社交性も持ち合わせていないということ。
(だからこそ、彼はこんな状況に陥ったという訳ね。……私の父親かしら? こんな奴に、爵位を与えたのは)
まあ、そんな父親も母親と一緒に、私がしっかり殺した。
質の低い貴族が生まれないよう、今後はより審査の基準を厳しくすればいい。
「よく来てくれたわね、ボズウェル子爵。さあ、そこに掛けなさい」
一礼をしてからソファーに座ったボズウェル子爵は、姿勢を正して、なけなしの社交辞令をかまし始めた。
「女王陛下におかれましては、本日も──」
無駄に大きな声でおべっかを使う彼を、私は片手を上げて制止した。
「元気があるのは結構。でも、ここには彼女のようにか弱い女性もいるの。声を抑えて、冷静に話しなさい。いいわね?」
「承知致しました、陛下。……そちらの女性は、どういった方なのでしょうか?」
「……彼女は、あなたが喧嘩を売ったスタリオン卿の友人よ」
「!! ……そう、でありましたか。宜しければ、お名前を伺っても?」
「はい。エマ・シノザキといいます。どうかよろしく……って、あっ……」
エマちゃんは自分が挨拶した相手について思い起こしたのか、言葉を詰まらせた。
「ふふ。そうですな、私はもうすぐ死ぬ予定ですから。こんな愚かな男がいるのだと、ただ思って頂ければ」
……はあ。本当に、意味の無い時間だわ。適当に話して、さっさと帰らせよう。
私は最早苛立ちを隠すこと無く、ソファーに寄りかかった。
「それで、今日はどんなようでここに来たのかしら?」
「はい。……本日は、陛下にお願いしたい事があり参内致しました」
「……へえ。お願い、ね」
そもそもだ。
こいつが先走るような真似をしなければ、私はマールまでの面倒な道のりを我慢して表敬訪問する必要は無かったし、無様を晒して逃げ帰る事も無かった。
凄まじく無遠慮、かつ無礼な振る舞い。
放っておけば死ぬと分かっていても、今すぐにでも殺してやりたい衝動に駆られてしまった。
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