2話 脱獄②
ある程度話が見えてきた。つまり現状だとエリノア王女の王位継承権は、実質的に無いと言っていい。
その現状を、種馬の神能を使うことで変えたいという話か。
「成功してもしなくても、君には対価が支払われる。そして君の神能の力に縋りたい貴族や王族は、リヒトブリック以外の国にも沢山いる。上手く立ち回ることができたら、君は大金持ちになれるだろうね」
俺のメリットとしては自由と金。まあ、十分な報酬だろう。
そろそろ10分経つ頃合いだろうから、次の質問で最後にする。
「この質問で最後にするよ。ここにヘクトル王子がいるって事は、お姉さんを支持するってことでいいのか?」
「ああ、そうだね。僕は玉座に興味は無い。僕も父上も、ジークベルト兄さんに王位を継がせたくないのさ」
「そんなに問題があるお兄さんなのか?」
「はっ! あんな奴が王様になったら、俺はこの国を出て行くね」
思わず本音が出てしまったらしい。
気まずそうに口を手で塞ぎ顔を背けるライエルを見て、ヘクトル王子は苦笑する。
「……兄さんはとにかく権力に対する執着が強い。それに邪魔な人間は民は勿論、貴族や王族も殺すことをためらわない人だ。姉さんも僕も、何度か殺されかけている。有能な臣下も失っているんだ」
「……それはもう、暗殺しかないんじゃないか? 向こうがやってくるなら、遠慮なんか必要ないしさ」
他人事だからと、物騒な事を言っている自覚はある。
そういう世界なら、早く適応するしかない。
そう、自分に言い聞かせながら。
「んなもん、とっくに何度もやってるっつうの」
「残念ながら全て失敗している。兄さんは人を操るのが本当に上手い。だから、君なんだ」
うんざりした表情の二人。王族はいい暮らしが出来るのは確かかもしれないが、果たしてそれが幸せなのかというと分からない。
よし、もういいだろう。まずはここを出るべきだ。
「ヘクトル王子、話は大体分かったよ。出来る限り協力させてくれ」
「ありがとう、ソウマ。……さあ、行動開始だ。ライエル、彼を出してやれ」
ライエルは立ち上がり、兜を着ける。王子も床に置いた懐中時計を再び襟元の中にしまい、立ち上がり兜を着けた。
「……おい、今から鍵を開ける。壁際まで下がれ」
「はいよ、了解」
立ち上がり、壁に背を付ける。
かちゃかちゃとライエルが音を鳴らし、鉄格子の扉が開く。
ここまでくると、流石に自由への期待感が湧いてくる。
しかし、ぬか喜びはしたくない。
出来るかは分からないが、平静を保つよう努めよう。
「ほら、出てこい。おかしな真似はするんじゃねーぞ」
俺はゆっくりと扉をくぐると、一息ついた。
「体が硬い。伸びをしたり、体を軽くほぐしてもいいか? ほら、足を挫いたりしたら大変だし」
「ああ、是非そうしてくれ」
「ちっ。さっさと済ませろよ」
二人の許可ももらったので、両手を挙げて体を伸ばす。
次は腰。同時に、手を組み回しながら足音も片方ずつ、つま先を立てて回す。
最後は足を片方ずつ出し、両足のアキレス腱を軽く伸ばして終わりだ。
「こんなもんかな。よし、行こう」
「うん。じゃあ先頭はライエル、次はソウマ、殿は僕で」
「何かあったら俺が様子を見るので、二人は待機を。行きましょう」
俺が最後じゃないのかとは、わざわざ口には出さなかった。
まあ信用は無くて当たり前、そこはお互い様だ。
しかし俺は、二人を信じてついて行くしかない。
牢屋がある部屋を出ると、すぐそばに看守が手足を拘束された状態で倒れていた。
目隠しと猿轡も噛ませてある。
「あー、俺は二人みたいに看守の格好はしなくていいのか?」
「必要ない。お前はここを出たらすぐ、馬車に乗って隠れてもらうからな」
早足で移動しながら、ライエルは簡潔に答える。
「一応ここからの流れを言うと、馬車で出国し、街道を南に進みパルティーヤ共和国に。そしてパルティーヤを出国して南西へ。姉のいるマール連邦に着いたら、ひとまず大丈夫かな」
ヘクトル王子が足りない説明を補足してくれる。まあ、分かってはいたがそんなに甘くはなさそうだ。
「……なるほど、結構長旅になりそうだな」
「円滑に事が運べば、14日くらいだ。お前、頼むから移動中は大人しくしとけよ」
階段を早足で駆け下りながら、気になった事を聞いてみる。
「結構音を立てながら移動してるけど、問題ないのか?」
「見張りは全員拘束してある。ま、お前に言われなくても警戒はしてるさ」
慎重すぎても機を逃すという事か。
素人の俺が何か心配するのは、余計なお世話どころか、足を引っ張りかねない。
それなら、余程の事がない限り、黙っているのが正解だろう。
「ところでソウマ。君たちが持っていた、薄い板のような物は何に使うんだ? 皆が持っていたという事は、重要な道具だったりするのかな」
スマホの事だろう。何に使うか、使えるかくらいは言っても大丈夫だと思う。
いずれバッテリーも切れ、使えなくなるのだから。
「あれの使用用途は、海を隔てた相手と連絡が出来る、計算が出来る、時間が計れる、人の会話を記録して後でそのまま聞き直すことが出来る、まあそんな感じかな。他にも色々出来るぞ」
「……えーっと、ソウマ。あれをこの世界で作る事は出来るかな?」
振り返って王子がどんな顔をしているか確認してみたかったが、今は時間が惜しい。無駄話が出来ているだけでよしとしよう。
「いや、無理だな。あれを動かす動力を注ぐことも出来ないから、すぐに動かなくなる。分解して中を調べるだけで我慢してくれ」
「そうか……。君達は、想像以上に文明の発達した世界から来たみたいだね」
「未開な野蛮人が蔓延る世界に来て頂き、誠にありがとうございますって話か?」
「別に野蛮人だとは思ってないさ、俺達も通ってきた過程だしな。文明の変遷っていうか」
それに神柱石や神能、人能なんて摩訶不思議は俺達の世界ではあり得ない。時代が進めば、この世界が俺達より進んだ文明を擁する可能性は大いにある。
そしてそれは、俺達の行動次第という事なのだろう。
ただ、どこまで俺達が干渉していいのかという疑問はある。
俺達の持つ知識を広めれば、その恩恵を受け生活が豊かになる人間は増えていくだろう。
しかし歴史を紐解けば、文明の発展と戦争における兵器の進化は同時に起こる。
現時点では絵空事でしかないが、例えば線路を敷き蒸気機関車を走らせる事が出来るようになったとする。
物流に大いなる革命が起きるが、戦争の際には列車砲を走らせる事が出来るようになる。
また、銃の存在。
恐らく、まだこの世界ではそこまで有効な武器としては使われていない。
だが俺達が製鉄や金属加工の技術をレベルアップさせてしまえば、今までよりも性能のいい銃を製造する事が可能になる。
もしそれを大量生産出来た場合、戦争における死傷者の数は爆発的に跳ね上がる。
俺達がこの世界で作った武器が、いずれは俺自身やクラスメイト達に向けられる日は必ず来る。
そう考えた場合、今後クラスメイトと合流する事が出来たなら。
その危険性を話し合い、どこまでは教えて大丈夫なのか決めておく必要があると思う。
そして、ある可能性。クラスメイトの誰かが俺達と離れ、己の利益のみを考え行動を始めたら──。
その場合、その人物を排除する事すら選択肢に入れなければならないという事は、覚悟しておくべきなのか。
(はあ。改めて、碌でも無いことに巻き込まれたな)
可能性の話とはいえ、そんな未来を想像出来てしまう自分が嫌になる。
それでも、その辺りを何も考えずに生きていくのはただの不用心だし、この世界では絶対に必要な考えだ。
俺くらいは、そういう意識を持っていても構わないだろう。
今はそれで納得しておく。
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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