17話 ジークベルトの憂鬱②
練兵場の隅にある椅子に座り、暫く適当に会話をしていた。
そこに、意外な人物が現れた。
「まあ、お父様。どうしてここに?」
「お前達がここにいると、侍女に聞いたのでな。その様子だと、もう稽古は終わってしまったのか」
「はい、父上! 兄さんに、一本取られてしまいました」
「それは素晴らしい。 ……ジークベルトも、きちんと鍛錬に励んでいるのだな」
「……いえ。あんなのは、ただの偶然ですよ」
頬を緩めて話す父上に対し、私はそう返した。
「ふうん? さっきは『結果は結果だ』、なんて言ってた癖に」
姉の軽口は聞こえなかったふりをして、ただ顔を逸らした。
父上はそんなやり取りを眺めながら、ゆっくりと近づいてくる。
そして私の隣に腰を下ろした。
「……ジークベルト。アドラーに渡る前に、少し話しておきたいことがある」
真面目な声色に、思わず背筋が伸びた。
姉も弟も空気を読んだのか、父上の言葉を静かに待っている。
「お前は昔から、自分に厳しすぎるところがある。だがな、立派な器とは、そうやって自分を削って作るものではない」
「……そう、なのですか」
「今度の縁談は、決してお前を捨て駒にするつもりで決めたわけではない。エリノアもそうだろう?」
姉は静かに頷いた。
「ええ。私も父上も、あなたには“強さ”ではなく、“誠実さ”を育んで欲しいの」
「誠実……」
「グウィネス女王は、とても強い人よ。でも、だからこそ、彼女を支えるには、力ではなく節度と真心が必要なの。……ジークベルト。きっと、あなたにはそれが出来るはず」
その言葉を素直に受け取れるほど、自分に自信は無かった。
だが――少なくとも、期待はされているのだと実感できた。
「……私に、出来るだろうか」
気の利いた返しもできず、私はただそう呟いた。
「自信は、これから作っていけばいいさ。焦るな。お前にはまだ、時間は沢山ある」
父上はそう言って、立ち上がった。
「では、私はこれで戻るとしよう。……ジークベルト」
「はい」
「気負わずにな。立派な王配とは、“王を孤独にしない者”だ」
父の背中を見送っていると、姉がぽつりと言った。
「なんだか、私も剣を習いたくなっちゃった。ヘクトル、教えてくれる?」
「……止めときなよ、姉さん」
「あら、私には向いてないって言うつもりね? これでも私、賊をやっつけたことだってあるのに」
思い立ったが最後、姉は木剣を振り回し始めた。
その動きは、舞なのか戦いなのか、よく分からない何かだった。
だが、本人は至って真剣なようだ。
そんな姉を見て、ヘクトルは私に縋るような視線を向けてきた。
「まあ、そのうち飽きるだろう。付き合ってやれ」
ヘクトルを見送ってから、改めて姉について考えた。
(今はあんな無邪気な様子を見せているが……三年前、確かに姉上は賊を二人殺したと聞いた。そいつらは拘束された状態だったそうだが)
人前であんな風におどけてみせたと思えば、外交もして、必要なら人も殺す。
私と同じ家に生まれ、どうしてここまで王族としての差が開いたのだろう。
……ただこれは、劣等感からでは無く、分析する為の疑問。
稽古中のヘクトルに言われた通り、色々と考えすぎなのかもしれない。
ならばこれからは、なるべく必要な事だけを考えればいい。
私が王族に相応しい人間になれるか、まだ分からない。
それでも、機会には恵まれているのだ。
楽しそうにじゃれ合っている二人を見て、私は少し頬が緩んだ気がした。
──まあ、気のせいだろう。
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