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17話 ジークベルトの憂鬱①

 私は自室のバルコニーから、外の景色を眺めていた。

 やるべき事は、山ほどある。

 なにせ、あのグウィネス女王の夫となるのだ。

 本来なら今この瞬間も、彼女に相応しい男となるため、自己研鑽に励むべきなのだろう。


 だがそれでも、体は思うように動かず、心はすっかり冷え切ってしまっていた。

 こんな調子で、アドラー帝国に移り住んだとして──果たして上手くやれるのだろうか。


(原因は分かっている。これは、姉上が決めた話なのだから。……確かに、承諾したのは私だ。だが今にして思えば、なぜ頷いてしまったのか)


 今回の事で、つくづく思い知らされた。私は姉上には適わない。

 あの類い稀な外交手腕、人望、人心把握──どれもが一級品。

 そんな彼女を父上が玉座に推すのは、全くもって当然の事。


 それに比べて、私はどうだろうか?

 姉上が王位継承権第一位となってからも、相変わらず何も変わらぬまま。

 それどころか、姉がくれた”贈り物”に、尻尾を振って飛びついてしまっている。


 ……あの時の姉上の表情には、確かに優しさがあった。

 大国の女王のもとで学び、立派な弟になってほしい──そんな思いと、同時に国内を安定させるため、私を遠ざけたいという計算も。


(嬉しかったのだろうか? 政敵とはいえ、血の繋がった家族。お前は孤独ではないと、手を差し伸べてくれた事が)


 そこまで考えて、私はひとつ大きく溜息をついた。

 こんな事に時間を使っていては、いつまで経っても姉との差は埋まらない。


 ──気分転換にでも、練兵場で槍の稽古をするか。


 動きやすい服に着替え、自室を出る。

 渡り廊下を歩いていると、向こう側から──会いたくない人物が二人。 


「やあ、兄さん! その格好は、今から稽古? 良かったら僕と一緒にどう?」


「あら、いいじゃない。ジークベルト、折角だし付き合ってもらったら?」


 私の気持ちとは裏腹に、和やかな表情の姉と弟。

 逆恨みもいい所ではあるが、心は更にささくれてしまった。


「相変わらず、二人とも仲がいいな。私の事は気にせず、どうか二人で仲良くやっていてくれ」


「……ねえ、ジークベルト。アドラーに移った後は、自分だけでやっていくのよ? 私たちで、苦手な相手との会話の練習をすればいいじゃない」


「ははっ! 言われちゃったね、兄さん。 でもまあ、僕もそのあたりはちょっと心配だな。 世間話でもしながら、手合わせしようよ」


 そこまで言われて逃げるのは、自分の未熟さを認められない事の表れでしかない。

 観念した私は、二人に付き合う事にした。


「……まあ、いいだろう。ヘクトル、お前も着替えてこい」


 三人で練兵場へ向かった。




「よーし。じゃあさっそくやろうか、兄さん」


「……お前と違って、私には準備運動がいるんだ。少し待っていろ」


 練兵場の隅には、古びた鎧を着せられた訓練人形が並んでいた。

 胸板には剣や槍で出来た細い打撃痕、突き跡が幾つも残り、鈍く光る鉄面には、過去の訓練者たちの執念が刻まれている。


 私は刃の潰してある訓練用の槍を手に取り、深く息を吸った。

 この冷え切った心も、体を動かせば少しは暖まってくれるだろうか。


 まずは基本的な突きだ。

 腰を落とし、構えてから──人形の胴体を目掛け、突きを放った。

 力任せではいけない。槍の重さと、自身の体重を使う必要がある。

 その単純だが重要な一連の動きを、暫くの間繰り返した。


 その後は、下段からの切り上げ、横薙ぎ、上段からの振り下ろし、石突きを使っての打撃。人形に対し、それらを組み込んだ連撃を叩き込む。

 よし、準備運動はこのくらいでいいだろう。

 稽古用の、木製の槍に持ち替える。


「待たせたな、ヘクトル。……それじゃあ、やるぞ」


「うん。いやー、兄さんとやるのは久しぶりだし、楽しみだなあ」


「頑張って、二人とも。なるべく、怪我をしないようにね」


 私は練兵場の中央に移動して、槍を構えた。

 ヘクトルも私に相対するように立ち、こちらを見据えた。

 ただ、木剣は構えなかった。だらりと下げたまま。


(まあ、どうせ腕前には差があるのだ。運良く一本でも取れたら、せいぜいからかってやろう)


 まずは、挨拶代わりにひと突き。

 ヘクトルはそれをひょいと躱し、下段からの切り上げ。

 私はそれを防ぎ、石突きでの打撃を試みた。だが、それも当然のように躱される。


「悪くないけど、動きがちょっと重いね。考えすぎなんじゃない?」


 余裕の口調で言いながら、ヘクトルは素早く距離を詰め、私の懐へと踏み込んでくる。反応が一拍遅れた。

 脇腹を木剣でぴしりと打たれ、誰が見ても「一本」と判定出来る当たり方だった。


「……まだ、これからだ」


 私は一度大きく後退し、深く息を吐いた。落ち着け。姉上が見ているのだ。

 こんなところで、弟相手に苦戦しているようでは──。


 次の一手は、強引に攻めることにした。

 突きの連打。動きが読まれているのは分かっているが、それでも当たれば一本だ。


 だが、またしても無駄だった。

 ヘクトルはその全てを紙一重で見切り、足さばきと体の回転でいなしてくる。

 まるで踊るような動きだ。


 やがて弟は、互いに間合いを測るだけの単調な“踊り”に飽きたのか、私の突きに対し両手で木剣を振り下ろした。

 想像以上の重い衝撃に槍を取り落としてしまい、そんな私の頭にこつりと木剣が添えられた。


「兄さん、ほんとに真面目にやってる?」


「……黙ってろ」


 苛立ちを抑え、私は構え直した。

 するとヘクトルは、今度は自分から仕掛けてきた。

 上下左右、緩急をつけた斬撃の連続。防げはするが、完全に守勢に回っている。


(本来なら、武器の相性はこちらが有利なはず……にもかかわらず、まるで歯が立たん。あれだけ毎日稽古していれば当然か)


 と、そんな私にまた一撃。


 こちらが考え事をしているのを見破られたのか、膝に軽い切り払いを受けた。

 思わずバランスを崩しそうになる。


「ほらほら、また一本。この調子だと、次も──」


「っ! ……調子に乗るな!」


 私は叫ぶようにして踏み込み、半身を崩しながら強引に槍を横薙ぎに振る。

 狙いは甘い。だが、ヘクトルの体勢も整っていなかった。


 弟は一歩引いて避けようとしたが、予想よりも踏み込みが深かったのか、槍の石突き部分が脇腹を打った。


「くっ……!」


 小さく眉を寄せて、ヘクトルが後退する。


「……一本、だな」


 僅かな達成感と共に、荒い呼吸を整えながら。


「うん、一本だ。やるね、兄さん」


 ヘクトルは不満を見せるどころか、素直に頷き、にやりと笑った。


「油断しているから、そうなるのだ。またライエルにしごいてもらえ」


 私はそう言って、槍を地面についた。

 姉が微笑みながら拍手しているのが見えた。


「良かったわ、二人とも怪我もなく終えられて。……でも、ジークベルト。意地で取った一本ね?」


「……結果は結果だ」

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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