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16話 お騒がせな暗殺者②

 路地裏に俺の叫び声が響き──少しの静寂のあと。

 彼女は唐突に、まるで最初からそこにいたかのように、俺たちの前に姿を現した。


「……いやあ~!! ごめん、ごめんね? タケダ君の迫真の演技っぷりに、思わず見入っちゃってたよお、アタシ」


「……全く。遅いんだよ、お前は」


「……ああ? 何だ、おま──」


 俺の頭を踏みつけていた奴は、あっという間に死んだ。


 頭上からぼたぼたと、おびただしい量の血が降り注いでくる。

 頭部──意思を失った体はゆっくりと倒れ、俺はようやく解放された。


「ひっ、ひいいっ!!」


「こいつ、ただもんじゃねえっ!!」


 残ったのはごろつき二人。

 俺は立ち上がると、遠藤に注文をつけた。


「もう一人だけ殺せ。後は、俺がやる」


「はいは~い。……それじゃあ、ケモミミのお兄さんたち? どっちでもいいから、アタシと遊ぼうねっ!」


 遠藤は持っていたごろつきの頭を放り投げ、武器を構えた。

 それは、所謂ククリと呼ばれているような、大振りのナイフだった。

 強化された身体能力が合わされば、片腕で首を切断するのは容易いだろう。

 

「クソがあっ!!」


 一人が遠藤に向かっていったのを確認してから、俺は腰から二本の剣を抜いた。

 怒りはまだ残っているが、冷静に戦える精神状態だ。


「ご存じの通り、俺は臆病な人間だ。……頑張れば、アイツに殺される前に俺を殺せるかもな?」


 俺は両手の剣をだらりと下げたまま、ごろつきに微笑みかけた。

 対面したごろつきは肩を怒らせ、目を見開いて叫んだ。


 「……人間がっ、俺たちケモノビトをっ……見下してんじゃねえぞーー!!」


 ごろつきは剣を片手で振りかぶり、俺の頭部めがけて振り下ろそうとした。

 俺は踏み込むと同時に二本の剣を交差して──攻撃を受け止めた。


(……軽い。踏み込む必要すら無かったか。ま、普段の稽古が体に染み付いてるってのはいい)


 グラーネやブルーノの一撃と比べると、重さや鋭さがまるで無い。

 平然としている俺に、ごろつきは驚愕の表情を浮かべていた。


「なっ!! ……あ、ありえねえ! どうしてっ……」


 俺はごろつきの力と体制が緩む瞬間を狙って、全身を使い両手を跳ね上げた。

 そして無防備な腹をめがけて、両手の剣を一文字に交差させた。


「ぎゃああああっ!!! お、俺のっ! 俺のハラワタがあっ!!」


 どちゃどちゃと音を立てながら、内臓が腹から零れ落ちていく。

 ごろつきは膝を突き、痛みと絶望が混じった顔で俺を見上げていた。

 それをしばらく眺めてから、首をねた。


 さて、こっちは片付いた。遠藤の方は──


「ほ~ら、頑張れ♥頑張れ♥もう~……さっきから、全然だよ?」


 全身をズタズタに切り刻まれたごろつきは、もはや立っているのもやっとだった。

 腕も脚も傷だらけで、血が噴き出し、地面を濡らしている。


(向こうじゃ悪戯好きな奴だったが、この嗜虐性と攻撃性は何だ? 神能に突き動かされてるって事なのか?)


「こっ……殺して、くれ……っ」


「え~? もう終わり? ……じゃあ、ばいばいっ!」


 遠藤はナイフを逆手に持ち、下から振り上げ──ごろつきのみぞおち辺りに突き立てた。


「ぐがっ!! っあ、あ、あっ……ごあああああああ!!」


 そのままゆっくりとナイフをずり上げ、肉や骨を断ち切っていく。

 そして左手を傷口に突っ込むと、勢いよく何かを引きちぎった。


「お~、やっぱ面白いね、コレ。……アンタたち、女の敵なんでしょ? ま、正義執行! ってことで」


 遠藤の手には、ごろつきの心臓が握られていた。

 肉体から離れたそれは、まだ役割を遂行するかのように健気に脈動していて──やがて沈黙した。


 それを楽しげに確認してから、彼女は心臓を投げ捨てた。

 最後の一人も片付き、ようやく落ち着いて話が出来る。


 マモルは固まっている。無理もない。

 俺だって、こんな遠藤を見るのは初めてだ。

 

「……とりあえず、満足したか?」


「うん! タケダ君もお疲れ~。なんか、すっごい変わったね! でもまあ、今の方が全然いいよ~。あっ、スギシタ君も久しぶりぃ!」


「へあっ!?  あ、うん! 遠藤さんも、久しぶり……」


 すっかり顔を強張らせながら、マモルもなんとか挨拶を返した。


「衛兵に連絡して、死体の処理は任せよう。……ああ、くそっ。お前のせいで血まみれになったぞ」


「え~? そっちもなんだかんだ、派手にやってたっしょ?」


 直ぐに連絡がついて、数人の衛兵がやってきた。

 俺が叫んだおかげで、どうやら目撃者がいたらしい。

 俺達が無法を働いた訳ではないと証明され、ひとまず安心だ。


「……さて、遠藤。お前には問答無用で付いてきてもらうぞ。皆の前でちゃんと謝って、マールで大人しくしていろ」


「うっ……、やっぱり、行かないとダメ?」


「遠藤さん……お願いだから、もう暴れたりしないで欲しい。僕たち、平和に暮らしたいんだ」


 マモルは真剣な表情だった。

 実際彼女が原因で、他国の貴族との戦いに発展したのだ。

 もう絶対に、放し飼いする事は出来ない。


「よく言った、マモル。……ほら、さっさと行くぞ」


「……は~い」




 グラーネの屋敷に戻り、皆の前に遠藤を突き出した。

 俺は血で汚れた頭を洗い、服を着替えた後、大広間で行われる会議に参加した。


「さて……。マリカと言ったか。お前がここ最近、周辺国で人を殺し回っていた犯人という訳だな?」


「……はい」


 グラーネの鋭い視線には、流石の遠藤も緊張せざるを得ないようだ。


「まあ、こいつには迷惑を掛けられた。……でもな、グラーネ。こいつは飼い慣らせば、使える駒だ。ここで生活させてやってくれないか?」


「……あの、皆さん、本当にすみませんでした。もうひとりぼっちは嫌なので、ここに置いてください」


 遠藤のトレードマークだった金髪。

 すっかり黒くなってしまって、割と地味な印象になっていた。

 だがそれと同時に今の彼女は、殺しの世界に身を置く人間が持つ、凄みのような雰囲気を漂わせている。


「グラーネさん! この子は私がしっかりと面倒を見るので、どうかお願いします!」


 遠藤の幼なじみであるナナミが、グラーネに懇願している。

 今までずっと、親友と離ればなれだったのだ。もう離れたくはないのだろう。


「ううむ……ナナミはこの屋敷で、ピーター達と共に料理を作ってもらっているからな。望みは叶えてやりたいが……」


 それでもやはり、グラーネは渋っている。

 皆の安全を預かる身としては、間違いなく正しい。


「なあ、遠藤。お前、多分《暗殺者》の神能を、まだ上手く扱いきれてないんだよな? だからずっと、俺達から離れてた。……その“殺しの衝動”みたいなのは、他で解消出来ないのか?」


「……ん~? 他で解消って、どういう事?」


「まあ……例えば、狩りとか。鹿とか猪とか、そういうのを捕ってきてもらえば、俺達も飯が豪華になるだろ?」


「……それは、試したこと無かったかも」


「後は……お前、《感応》の人能を覚えてるよな? グラーネ、俺としてはそれだけで十分な理由だ。国内で怪しい人物を探すのに、俺一人だけだと大変過ぎる」


「なるほど。確かに、ソウマが覚えた《感応》には助けられているからな。……それでは、決を採る。この場にいる者で、彼女を屋敷に住まわせる事に反対な者は?」


 幸い、反対する者はいなかった。


「……決まりだな。この屋敷で生活する事を許そう。やれる事をやれ、私からはそれだけだ」


 グラーネは肩をすくめ、テーブルをぽんと叩いた。


「! あ、ありがとうございます、グラーネさん……」


 遠藤は申し訳なさそうに、グラーネに感謝を伝えた。


「良かった! もう、どこにも行かないでね? マリカ」


 ナナミが遠藤に駆け寄り、強く抱き締めた。


「うん……あははっ、ちょっと苦しいよ、ナナミ……」


 二人はお互いに再会を喜び合い、目に涙を浮かべていた。


「ま、良かったじゃん! 一件落着だな」


「大人しくしとけよー?」


「……また、屋敷が賑やかになったな」


「ウチの農場でも、働いてもらうよーん」


「エンドウ氏、こちらの世界でもよろしくお願い致す!」


 クラスメイト達も二人の周りに集まり、和やかな空気になった。

 俺とマモルはその光景を眺め、ようやく人心地がついた。




 その夜。俺はバルコニーで一人、考え事をしていた。

 一悶着あったが、強い仲間が増えたのは大きな収穫だ。


 ただ、彼女は不安定要素ではある。

 しっかりとコミュニケーションを取って、ケアを欠かさないようにしなければならない。


(……ボズウェルとの戦いの際には、敢えて国内での動きを探ってもらうのもいいかもな)


 戦闘面は頼りになるし、それ以外だと諜報活動にも向いている。

 非常時の際、味方側で怪しい動きがないか見張る事が出来るなら、背後から撃たれるような事も防げるかもしれない。


「やっほ~、ソウちゃん。今夜はおセンチな気分なの?」


 背後からいきなり声を掛けられ、心臓が跳ね上がった。


「!! ……お前、危うくここから落ちるとこだったぞ……」


「へへっ、びっくりした?」


 遠藤は俺の隣に並び、手すりに背中を預けた。


「……その体勢、危ないぞ」


「大丈夫だって~。もう、ソウちゃんは心配症だなあ」


「? さっきから何だ? その、ソウちゃんってのは」


「え? だってアタシたち、もう友達じゃん」


「……そうなのか? まあ、クラスメイトではあるけど」


 遠藤は、いかにも芝居じみた仕草で、目を見開いてみせた。


「ひっど! ……まあソウちゃん、そういうとこあるよね~、うん。じゃあアタシの事、これからマリカって呼んでね」


「……普通に嫌だ。っていうかお前、距離の縮め方が下手くそ過ぎないか? 向こうじゃもっと、自然だったろ」


「だってさあ~……しょうがなくない? アタシこっちに来てからずっと一人で、人との付き合い方とか忘れちゃったし」


「……ああ、なるほど」


 確かに、そういう理由なら納得出来る。


「だからね、ソウちゃんには感謝してる。みんなに迷惑かけたくなかったけど、結局かけちゃって。それでも、ここにいろって……言ってくれたからさ」


「ま、そんな風に優しくされたら、友達になりたいって思うのも仕方がないか」


 厄介な奴に目を付けられたが、もう諦めるしかない。


「ね、そうでしょ? ……そんじゃこれからアタシとソウちゃんで、ブイブイ言わせていこうぜっ!」


 彼女はそう言うと、こちらに拳を突き出した。

 俺は溜め息をついてから、拳を合わせた。


「……はいはい。よろしくな、マリカ」 

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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