16話 お騒がせな暗殺者①
ターニャとの件が落ち着いてから、また数日が経った。
俺はマモルと共に、ある場所に来ていた。
基本的にマール国内では、俺は護衛的な意味も含めてグラーネと共に行動する事が多い。
だが最近は、彼女には領民の練兵に専念してもらっている。
練兵自体は俺も二年程前から参加していて、たまに指示を出して紅白戦のような事も行っている。
グラーネの兵の動かし方は、本当に見事なものだった。
こちらが幾ら策を弄しても、結局上手くいかずに叩き潰されてしまう。
兵法に関する本などもそれなりに読んでいるが、実践でそれを活かせるのはまだまだ先になりそうだ。
そんな事を考えながら、マモルと二人、ゆっくりと町中を歩く。
「ここも、だんだん人が増えてきたねえ」
開けた町の中心部。大人達が働く光景と共に、子供達の笑い声が響いていた。
通りには出来たての店と、まだ工事中の店も並んでいる。
それなりに人通りもあって、町の復興速度としては悪くない。
「ああ。まあ……ここを買い取るのに、それなりの金が必要だったけどな。いずれは、観光客で賑わう町にしたいと思ってる」
「うん、そうなったらいいね。……そういえば、亜人の人たちが結構いるね」
「そこは、意識して声を掛けたんだ。この場所が融和の象徴、みたいな感じになればってな」
ここは元々、寂れた町だった。
以前はヴォルック家が管理していたが、税の取り立ては厳しく、管理も杜撰。
町の者達は、彼らのやり方に疲弊しきっていたらしい。
そんな話を聞いた俺は、ヴォルック家の長であるオズワルドと交渉をして、町そのものを丸ごと買い取った。
俺はこの町に、《アンテリナ》と名前を付けた。
適当に作った言葉だが、共に進む──そんな意味合いが込められている。
アンテリナには人間の他に、五種の亜人が暮らしている。
獣人、鉄人、森人、海人、竜人。
文化や価値観には、それぞれ微妙な違いがある。
だが今のところ、互いに支え合って、うまくやれているようだ。
まだ規模はまだ小さく、儲けもまだ無いに等しい。
それでも、ここが大きくなり、町から街へと発展して、多くの者が楽しく豊かな生活を送れるように──俺は全力で取り組むつもりだ。
「そういえばさ。今も使ってるの? 確か、《感応》だっけか」
「ん? ああ、使ってるぞ。 ……便利だけど、結構疲れるな、これ」
半年ほど前の話。俺は《感応》という人能を覚えた。
能力としては、周囲に怪しい人物がいるのが分かったり、その人物のおおよその強さが感覚として伝わるというもの。
効果範囲は半径20メートルほどだ。
召喚された人物がどういう行動をしたかによって、覚えられる人能にも差異が出てくる。
偶然ではあるが、便利な人能を覚える事が出来たのは良かった。
ただ、やはり条件がよく分からない。
俺がこれまで覚えた人能は《農耕》と《感応》の二つ。
マモルは《農耕》と《剣術》に加え、《お人好し》という三つ目の人能を既に獲得していた。
獲得出来る人能の数は三つらしいが、俺とマモルで人能の数に差が出ている理由はなんだろう。
おまけに剣の稽古は俺もマモルと同じか、それ以上にやっている。
なのに、俺は未だに《剣術》の人能を獲得出来ないでいる。
(まあ、人それぞれって事で納得しておくか)
頭を切り替えて、不審人物を探す事に専念した。
町の広場、酒場、宿屋、雑貨屋、鍛冶場──。
人々の気配は穏やか。
俺に対する好奇心や好意的な視線、それらに混じって疑いの視線は感じる。
いつも通りであり、警戒すべき気配は無い。それ自体はとても良い事だ。
だが──その時だった。
(……っ!?)
振り返りそうになるのを、なんとか堪えた。
俺に対する敵意は無いが、この町にはそぐわない力の持ち主。
そんな人物の反応を、《感応》の力が一瞬だけ捉えた。
「ソウマ、どうかした?」
「……いや、何でもない。マモル、ちょっとここで待っててくれ」
俺は来た道を戻り、人能を使って周囲の索敵をした。
ウェヌスの神殿で、シノザキに渡された紙切れ。
その紙切れには、最近、周りの国で人を殺して回っている犯人の名前が書かれていた。
(多分、あいつだ。……はあ、全く。お前のせいでこっちは面倒事に巻き込まれたんだぞ?)
それなのに、俺に対して一言も無いのはどういう事なのか。
(……普段は明るい性格だが、以外に繊細な奴だからな。申し訳なくて、顔を出しにくいって感じなんだろうが)
こちらに気取られた事に感づいたのか、反応は無かった。
もし向こうも同じ人能を持っているとしたら、俺の意図に気付くだろう。
いいからひとまず、お前は俺達の前に顔を出せ。
マモルに合流して、まだ調べてない場所を探す。
そして──見付けた。町の西側にある、まだ開発途中の区画。
古い家屋や店が並ぶ、人通りの無い路地裏だ。
《感応》を使って反応を探っていると、不意に嫌な感覚に襲われた。
まるで誰かに見られているような……心の内側を爪で撫でられるような、不快な感覚だった。
(……確定だな。人気の無い所で再会しようって事か)
俺は腰に下げた二振りの剣に触り、息を吐いた。
「マモル、あっちにも行ってみよう」
「……え? だ、大丈夫かな? あの辺り、ちょっと危ないって聞いたけど……」
「《感応》で確認したが、大丈夫そうだ。困っている人がいるかもしれないだろ?」
「ああ、確かにそうだね。じゃあ、行ってみよう」
親友を騙すような真似をしたが、あいつの性格を考えれば必要だと思った。
誰かを驚かせたりするのが、大好きな奴だから。
俺達は路地へ向かい、そして──
「やあやあ、こんな所にスタリオン様のお出ましとはなあ! はははっ、どうした? 散歩でもしてんのかい?」
三人の獣人が、俺達の行く手を塞ぐように現れた。
それぞれ、右手に少しくたびれた剣を持っている。
「ちょっ!? ソ、ソウマ? 大丈夫だって、言ってたじゃん!」
「……すまない、マモル。どうやら、《感応》の力をまだ使いこなせていないらしい」
ありがちで、予想通りの展開。俺の頭は冷静だった。
この先にあいつがいる。お手並み拝見とでも言うつもりか?
「君達の言う通り、ちょっと散歩してたんだ。悪いが、そこを通してくれないか」
「へへっ。別に通してもいいけどよお、もう少し頼み方ってもんがあるだろ?」
これでもか、というくらいの典型的な三下キャラの台詞。
吹き出しそうになるのを堪え、俺は地面に膝を突いた。
「俺達じゃ、君達のような獣人には敵わない。どうしたらいいんだ?」
今の俺とマモルだと、それなりの強さの獣人なら、二人同時でもやれると思う。
それほどまでに、神能と人能による身体能力向上の効果は大きい。
ただ三人となると、微妙だろう。
「そうだなあ……取りあえず、そのまま土下座でもするんだな」
「なるほど、分かった」
俺はごろつきの言葉に従い、両手を地面に突き、頭を下げた。
「なっ……こいつ、マジでやりやがった!」
「がははっ、所詮は人間ってこった! むしろ素直に従うなんて、カワイイとこあんじゃねえか」
「……あん? そっちの兄ちゃんはどうした? 何か言いたいことでもあんのかよ」
早々に土下座をかました俺とは違い、マモルはこの状況に戸惑ったままだった。
「……マモル、お前も土下座しとけ。それで済むなら、安いもんだろ」
「いや……でも……」
そんなごく普通のマモルに、思わずほっとする。
──だが、それが彼らの気に障ったのは明らかだった。
俺はごろつきの一人に頭を踏まれ、地面に頬を擦り付ける形になった。
「ぐっ!!」
「ソウマ!!」
「なあなあ、そこの兄ちゃんよお。俺たち、そんな難しいこと言ってるか? この腰抜けみたいにちょっと土下座すりゃ、見逃してもらえるかもしれないんだぜ?」
“かも”、と言っているのが姑息というか、なんというか。
殺されはしないかもしれないが、痛めつけるくらいはするつもりなんだろうか。
「っていうかよお、お前らがターニャを保護しちまったから、俺たちのおもちゃが無くなっちまったんだぞ? どうしてくれんだ、おい」
「……何だと?」
一人の獣人が、聞き捨てならない事を言った。
「はっ! 全くだぜ、ホントに……よお!」
「負け犬のグラーネに、上手いこと取り付きやがって!」
「がっ!……ごほっ、げほっ!」
そのままの姿勢で、他二人の獣人に脇腹を蹴られた。
「止めてくれ! 僕も土下座するから、ゆるしてよ!」
マモルは暴行を受ける俺を見て、堪らず土下座してしまった。
だが向こうの感情が昂ぶっている以上、最早それだけで気は済まないだろう。
……そして、俺の気持ちも変わった。
「おい、そこのお前。さっき、気になる事を言っていたな。ターニャに乱暴して、俺の友人の農場の周りをうろついていたのは、お前達なのか?」
「ああ? だからそう言ってるじゃねえか!! ははっ! 俺たちの“お古”の使い心地はどうだい? 種馬さんよお!」
「……そうか、そうだったんだな。お前達が──そうか……!!」
俺の中で飼い慣らしていたつもりだった、どす黒い感情。
それが凄まじい勢いで膨れ上がっていく。
──こいつらを、皆殺しにしよう。
だから俺は、大声で叫んだ。
「おい!! 遠藤!! 遠藤万理華!! いい加減に出てこい!! 今からこいつらを殺す、さっさと手伝いやがれ!!」
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