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15話 下準備と、現状の確認を③

「デリン、これは凄いよ! これを改良していけば、色んな事が出来るようになるんだ!」


 ヨシトは興奮した様子でまくし立てていた。

 気持ちは分かる。俺もこれを使ってやりたい事が、幾つか思い浮かんだ。


「確かに、これはやべえ。遠心分離機の試作機ってことだもんな」


「あっ、なるほど! 例えば、この世界だとどう使うの?」


 コタロウとマモルも、予想外の物を見せられて驚いている。


「とりあえず俺はこいつを、チーズやバターなんかの乳製品を作るのに使いたい。この──回転機とでもいうやつは、俺の工場では撹乳機かくにゅうきと呼ばせてもらおうかな。用途によって、形や仕組みを変えればどこでも使える」


「撹乳機……いい名前ですね! そう呼んでもらえるなら、俺も頑張った甲斐があります!」


 俺達にとっては遠心分離機だが、そのまま呼ぶのはやめておいた。

 発明者はデリンだし、彼をなるべく尊重したいと考えた。


 乳製品の他にも、種や果実から油を抽出する事も出来る。

 やるべき事に対して、金が幾らあっても足りない……そんな状況に俺は頭を抱えていた。

 だがこれを使って商売をすれば、かなりの先行者利益を享受する事が出来る。


「チーズやバターなんかを売りつけるなら、やっぱパルティーヤあたりか? あと、植物油もか」


「そうだな、コタロウ。あそこの商人は金儲けが大好きだし、飛びついてくるぞ」


「もちろん、マールでも売るんだよね? 僕、楽しみにしてるね」


「良かった……皆さんの反応だと、ちゃんと役に立つ物が作れたみたいですね!」


 デリンも俺達の反応に満足し、一安心のようだ。

 だが、俺としてはもう一声といきたかった。


「デリン、ひとまずこの方向性で間違いない。ただ……そんなに急ぐわけじゃないが、これを可能な限り小型化出来ないか?」


「えっ!? ……でもそれだと、やれる事があまり無いような……」


 デリンとしても、そこはやはり疑問に感じるようだ。


「……おい、ソウマ。お前、金出せばいくら無茶振りしてもいいって思ってないか?」


「そうだそうだ! 技術者に配慮しろ!」


 コタロウとヨシトの厳しい意見にたじろぎながらも、俺は自分の主張を通す。


「いや、別にお前達の事を軽視してる訳じゃないんだ。二人はテレビかなんかで見たことあるだろ? 六つくらいの試験管をぐるぐる回す、小型のやつ」


「「あっ」」


 俺の言葉でようやく得心がいったのか、二人は俺に対し人差し指でそれだ、というジェスチャーをした。


「いや、確かにそれは絶対作りたい! 俺達も手伝うから、小型化は少しずつやっていこうよ、デリン」


「はい! お二人が手伝ってくれるなら、やれそうですね!」


 その辺りは詳しくないが、作っておくことで必ず何かに使えるはずだ。


「うん、とりあえず今日はこんな所かな。俺とマモルは屋敷に帰るけど、お前達もあまり根を詰めすぎないようにな」

  

 デリンの工房を出て体を伸ばしていると、また声を掛けられた。


「あっ! ソウマ氏、丁度いいところにいた!」


 我らの偉大な《芸術家》の神能持ち、アキナだった。


「なんだ、今度はアキナか。見て欲しいものでもあるのか?」


「いや、それがちょっと……。とりあえず、ソウマ氏だけでいいと思う。ミドリ氏の農場に行ってあげて」


「何だ? 前にトラブルがあったって聞いて、それには対応したはずだが……」


 少し前に、ミドリに相談された。


『最近、農場の周りを怪しい人物がうろついてるからどうにかして欲しい』


 俺はグラーネにその事を相談し、四人の用心棒を農場に住まわせた。

 簡易的な小屋を作り、彼女達はミドリやターニャと共に生活している。


「……そういうのじゃないんだけど、まあ、行けば分かるかな」


 アキナの要領を得ない言い方に引っかかりを覚えつつ、とりあえず農場に向かうことにした。


「分かった、今から行くよ。マモル、お前は先に帰ってくれ」


「うん、じゃあ先に帰るね」


 空が赤く染まりつつあったが、まだ夕食の時間には早い。

 新たに追加された行き先に、俺は徒歩で向かった。




 農場に着くと、農作業の方は一段落しているのが分かった。

 だが土の匂いに混じって、どこか緊張感を孕んだ空気が漂っていた。

 確かに、あの光景は……。


 少し足を早めて、空き地に集まっている彼女達に声を掛けた。


「やあ、みんな。近くを通りかかったんだが……これは一体、どういう状況だ?」


 そこには、木剣と盾を持ったターニャ。

 そして彼女を囲むように、用心棒として住まわせていた四人がいた。


「あっ! どうも、ソウマの旦那。いやね、ターニャさんが、どうしてもっていうから……」


 彼女の名前はミレイユ。四人のまとめ役だ。彼女達は、グラーネの元で戦士として仕えていた。

 だがグラーネの家──ジンバール家がヴォルック家との争いに敗れた後、グラーネは彼女達の身を案じ放逐していた。


「そうなんですよ……。そんなの、やらなくていいって。私たちは言ったんですけどね……」


「それで、ターニャさんに向いてる武器は何だろうって、いろいろ試してました」


 カティアとベティも、渋々ながらターニャに付き合っているようだ。


 「……リサナとミドリがいないな」


「リサナは、ミドリさんを慰めに行きましたよ。ミドリさんはやっぱり、ターニャさんが戦うって言い出したのが嫌だったらしく……」


 ミレイユの言葉で、大体の状況は理解出来た。

 俺としても衝撃的な光景だったので、のろのろとした足取りでターニャに近づいた。


「……ターニャ。お前が戦おうと思った切っ掛けは何なんだ?」


「そんなの、ソウマさんに決まってます! ソウマさんがいなくなったら、私……生きていけませんから」


「いや……そんな事はないだろ。ここにはミドリがいて、ミレイユ達もいる。頼むから危ない事は俺達に任せて、安全な場所にいてくれ」


「嫌です!! 絶対に嫌!! まだ時間はあるし、私だってソウマさんと一緒に戦いますから!!」


(……この子の中で、俺はそこまで大きい存在になっていたのか……)


 俺にとっても、ターニャは大切な存在だ。

 以前、妻のグラーネにも相談して、ターニャに結婚を申し込んだのだが──断られてしまった。


 だから俺は、ターニャにとって俺はそれなりに大切で、互いの欲求を解消出来る相手くらいに思っているのだなと認識していた。


 それがまさか、こんな事態になるとは……。


「……悪いが、三人はリサナと一緒にミドリの側にいてやってくれ。ターニャとは、俺が話すよ」


 二人きりになった俺達は日陰に移動して、地面に座った。


「とりあえず、木剣と盾は置いてくれ。……正直、かなり驚いてるよ。改めて確認するが、どうしても戦うっていうんだな?」


 ターニャは黙って頷いた。

 それなりに長い付き合いになるので、彼女に頑固な所があるのは分かっている。

 俺がいくら言ったところで、残念ながら折れる事はないだろう。


 俺は深い溜め息をついてから、ターニャの手を握った。


「なあ、ターニャ。確かにお前は体格もいいから、戦い方を覚えれば、それなりにやれるようになるかもしれない。……でもやっぱり、時間が足りなすぎる。それはターニャも分かってるよな?」


「……はい。でも、そんな危ない場所だから、ソウマさんと一緒にいたいんです! この農場のみんなも大好きですけど、私はやっぱりソウマさんが一番ですから」


「……そんな俺は、お前に結婚を申し込んで断られた訳だが」


「いえっ、あれはっ、その! ……そもそも、別に結婚しなくても一緒にいれば良くないですか? 私、そのへんがよく分からなくて」


(!! ……なるほど。そこの価値観の違いが、こういう状況を生み出したのか)


 そういう事なら、俺がターニャの価値観に合わせればいい。


「つまり俺とは、その……大切だけど、形式にはあまりこだわっていないってことか?」


「はい……。だって、私はもうソウマさんのものだし、ソウマさんも私のものでしょう? それだけじゃ、ダメなんですか?」


「はははっ! 確かに、ターニャの言う通りだ」


 ……そうだよな。元々そんなもんだし、それだけで良かった。

 色んな事を難しく考える俺達は、簡単で大切な事を忘れているのかもしれない。


「私、頑張ります! だから一緒に戦って、一緒に生き残りましょう! それで……そしたら、子供を作りましょう」


 ターニャは俺の手を両手で握り、真剣な眼差しで俺を見つめた。

 結婚に興味はないらしい彼女の、俺に対してのプロポーズ。


 そんな俺は彼女の両手に空いていた手を重ね──彼女の想いを受け入れた。


「そうだな。子供が出来たら、もっと幸せだ」


「……はい!」


 遠回りはしたが、俺とターニャの関係はこれで一段落ついた。

 次に必要なのは、彼女をどう鍛えるかだ。


「ターニャ。お前には剣じゃなく、槍を使って欲しい。片手に槍、片手に盾。遠くの敵を攻撃出来るし、いざという時は盾も使える。どうだ? 強そうだろ?」


「確かに、強そうです! でも、私に出来るかなあ……」


 俺はターニャの肩を叩き、安心させるように言った。


「ま、なんとかなるさ。俺がグラーネに頼んで、凄腕の槍使いをお前の師匠として紹介してもらう。それでいいよな?」


「はい! ……うーん、優しい人だといいなあ」


「はは。残念だが、そうも言ってられないだろうな。……じゃあターニャ、今日はもう家に入れ。ミドリと、ちゃんと仲直りしろよ」


「はい。ソウマさん、今日はありがとうございました!」


 俺はターニャと別れ、屋敷に帰った。




 屋敷に帰った後、俺はグラーネとブルーノに聞いた。

 この国で一番の槍の使い手は誰だ、と。

 二人は同じ人物の名前を挙げた。


 ……はあ。


 まあ、愛するターニャの為だ。頑張って協力して貰おう。

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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