15話 下準備と、現状の確認を①
グウィネス女王一行が帰国してから、マール国内は徐々に、慌ただしい空気を帯び始めた。
俺の家であるスタリオンと、アドラー帝国の貴族、ボズウェル家が戦う日が少しずつ、近づいている。
アドラーから手紙を持った使者が訪れてからすぐ、俺はフィオナを利用した芝居を考えた。
その結果を噂として広めるため、パルティーヤにいる顔の利く商人に手紙を送った。
『女王が帰国した頃合いを見て、噂を流してくれ』
俺が手紙を送ったのは、二週間前くらいだろうか。
結果は上々。俺達の芝居は、噂として綺麗に広がってくれたらしい。
ボズウェル側の士気は下がるだろう。兵力も減るだろうし、勝率は上がったとみていい。
(……あの商人には後で、何か上手い話を持って行かないとな)
俺はマモルと共に、マールに来てから始めた事業現場の視察を行っていた。
まず向かったのは、堆肥の生産場所。
近場にあるので、馬は使わず徒歩で向かった。
「慣れれば臭いも気にならなくなるって言うけど……やっぱり大変だね、これは」
マモルのぼやきには、俺も同意せざるを得なかった。
「ああ、そうだな……。人間のを混ぜてから、更に凶悪になってるような。でもヨシト曰く、その方が向いてるらしい」
「へえ、そうなんだね」
この場所は牛や馬の糞尿に加えて、最近では街の景観改善を名目に、人間の排泄物も回収して混ぜている。
表向きには『衛生環境の改善』『雇用創出』など、慈善事業の一環ということになっている。
(まあ当然、本当の目的は硝石。火薬の材料だけどな)
マールに流れ着いた新参者の若造が、急に臭い仕事を始めたわけで。
だからこそ、建前は重要だった。
一応、俺はあまり顔を出さず、自治組織による取り組みという形にしてある。
マモルと共に堆肥山のそばへ向かうと、作業員たちが汗を流して作業をしているのが見えた。強烈な臭気の中、黙々と働いてくれている。
そんな中、俺達に気づいた現場の責任者が、こちらに気づいて駆け寄ってきた。
「ソウマさん、お疲れ様です!」
「やあ、ご苦労様。調子はどうだ?」
「今の所、問題無いですね。ヨシトさんのアドバイスもあって、そろそろ”例のアレ”が抽出出来る見込みです」
従業員の中には、自分が何を作っているのか知る者はほぼいない。
そしてそもそも、この大陸には硝石が採れる場所がそれなりに存在している。
だが、俺達がそれらを大量に買い付けて輸入するわけにはいかない。
マール連邦に戦争の動き有り、と思われたくはないからだ。
「そうか、それは良かった。……街の連中から文句は?」
「最近では『街が綺麗になってきた』、なんて言われたりしてるそうです。収入が増えた人も沢山いますし」
「なるほど、その辺りは問題無さそうだな。回収場所の拡大については?」
「来月から新しく、三カ所ほど増やす予定です。回収に向かう人員も増やします」
貴族や商人の連中が集まった街や、街道沿いの集落ではすでに定期回収が始まっていて、専用の蓋付き桶を使えば匂いもさほど気にならないらしい。
回収作業員には小さな手当もつけてあり、意外にも希望者は多いという。
俺は小さく頷き、作業している者達に目を向ける。
衛生、雇用、都市整備。そういう言葉の裏で、戦争の道具を作ろうとしている。
この世界に来たばかりの頃は、あまりその辺りの技術は発展させるべきではないと考えていた。
だが、俺は考えを変えた。
マール連邦を取り巻く現状は余りに過酷で、敵は強大だからだ。
軍事国家であるアドラー帝国と、神柱石を教義に絡めた宗教国家──ノヴァリス神聖王国。
この二つの国は、マールと衝突する可能性が非常に高い。
実際もうアドラーとは揉めているし、ノヴァリスの国教にとって《種馬》の神能を持つ俺は、忌むべき悪魔のような存在らしい。
もし、そんな二つの大国とまともに戦争になったら──最悪のケースとして、その二カ国が同時に戦争を仕掛けてくるなら。
この国に、それを退ける事は到底不可能だ。
だから俺自身と、この国に住む人々を守る為に。
つぎ込める時間と金を使えるだけ使って、今後も火薬や武器の開発は続ける。
「それじゃあ、俺達は別の場所を視察に行くよ。何かあれば、すぐに連絡してくれ。じゃあ次の場所に行こうか、マモル」
「うん、そうだね」
俺とマモルは顔を見合わせ、小さく頷いてから次の場所に向かった。
俺達は一度グラーネの屋敷に戻ってから、馬に乗って目的地を目指した。
ウェヌスの神殿の裏、オーレリアが住んでいた森を抜けた先の平原にある施設。
ここは火薬と花火の開発を行っている研究施設で、だからこそ人里から離れた所に建てた。
爆発の危険がある以上、人目に付かず、万が一の被害も最小限に抑えられる場所にする必要があった。
「ここはここで、あまり来たくない場所だよねえ」
「ははっ、間違いないな」
火薬の取り扱いについては、この世界ではまだまだのようだ。
知識を持つ者も非常に少ないし、だからこそ、危険な素材を扱える胆力と慎重さを併せ持つ者が必要だった。
それらの条件を満たす者として、まずは新し物好きの鉄人を雇うことにした。
彼らは人見知りではあるが好奇心旺盛でもあり、俺が彼らに面白い仕事があるぞと囁くと、興味深そうに話を聞いてくれた。
そんな鉄人の中に混じっている、一人の人間がいた。
「よお、おっさん。仕事の方は慣れたか?」
「うおっ! ……なんだ、お前さんか。ああ、マモルさんも、どうも」
「はい、どうもです」
このおっさん、なんとあの時の……俺が召喚されて直ぐに牢屋にぶち込まれた時に話した、看守のおっさんだ。
当時、思春期のいたいけな男子高校生だった俺に、ナイフで尖らせた木の枝を渡してきたこいつ。
子供が生まれるからと俺に懺悔してきたが、まさかこの国に移住してくるとは。
なぜこのおっさんを見つけたかというと、こいつが酒場で飲み仲間に向かって、『俺は牢屋にいたスタリオン卿に、落ち込んでばかりいないで気合いを入れろと渇を入れてやった』、なんて嘯いている場面を、グラーネの領民が見かけたからだ。
その話を聞いた俺は、そんなふざけたことを言う人間は一人しかいないと察する事が出来た。
おっさんの家を見つけて訪ね、お前は俺に借りがあるよなと”提案”をして、この仕事を任せている。
「全く未経験の仕事だったろうけど、どうだ? お前達も」
俺は、おっさんと共に実験に明け暮れている鉄人達に声を掛けた。
「いやあ、ソウマさん! いつ死んじまうかもしれねえっていうこの仕事、たまんないですよ!」
「はははっ、俺も楽しくってしょうがねえ!」
「この調合はこうすると……ふむ……」
「来たっ来たああああ!! この反応じゃあああ!!」
……どうやら、それぞれ自分なりに励んでいるらしい。とても良いことだ。
「こいつら、ずっとこの調子なんだ。なんで俺が今も生きてられるか、不思議で仕方ねえよ」
おっさんのぼやきに対し、俺とマモルも苦笑いを浮かべた。
この施設で働く連中には、元科学部で《発明家》の神能を持つヨシトが、火薬の扱い方をきちんと教えてから現場に出てもらっている。
おっさんには研究の他に、研究に没頭して寝食を忘れがちな鉄人達の管理も任せている。
現場監督のような役割で、給料にもちゃんと色を付けている。
「それでおっさん、研究の進捗はどうだ?」
「ああ、黒色火薬の安定性は少しずつ上がってる。けど、花火用の色付き粉はまだ試行錯誤だな」
「なるほど、いい感じじゃないか。安全第一に、焦らずやってくれ」
「そうだな。そこは勿論、気を付ける。──しかしまあ、花火ねえ……。観光の特色にしたいってんだろ? なかなか責任重大だな」
「あんたが綺麗でデカい花火を作ってくれたら、この国も観光で潤うかもな。少しずつ人を増やしていくつもりだから、頑張ってくれ」
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