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2話 脱獄①

 監獄生活、20日目。


 浅い眠りから目が覚め、毛布の中でうとうとしていた。時間は多分、日付が変わる辺りか。

 特にやること、出来ることもないのでこのまま寝直すしかない。

 そう思っていたとき、それは起こった。ドスンと、何かが強い力で壁に叩きつけられる音。


(……おいおい、マジか?)


 眠気は吹き飛び、すぐさまベッドから飛び起きる。

 反射的にベッドの下に手を伸ばし、右手で握りしめた木の枝を見て少し落ち着くことが出来た。

 これで何が出来るのかという話ではあるが。


(まあ、なるようにしかならないよな)


 牢屋の入り口の扉が開く音が聞こえた。

 足音から察するに、相手は二人か。覚悟を決め、息を整える。

 良くも悪くも、今日で俺の状況は変わる。


 木の枝は正面から見えないように握り、外壁に背を付けて立つ。


「お待ちを。私がまず、様子を見るので」


 そして闖入者(ちんにゅうしゃ)の一人は鉄格子の前に立ち、ランタンを俺に向ける。

 看守になりすまして侵入したのだろう。そいつは兜を脱ぎ、もう一人に話しかけた。


「ヘクトル様、種馬は生きてます。……ああ、右手に何か持ってますね。おい、お前。それをよこせ」


 背は多分、180半ばほど。金髪のセミロングに緑の目、全身に戦う為の筋肉が付いていそうな体型。

 俺が木の枝を振りかぶり襲いかかったとして、勝てる相手ではないというのは明らかだった。


「……」


 それでも何故か、俺の体は抗う事を選んだ。右半身を前に出し、腰を少し落とす。

 残念ながら当然、ナイフ格闘術のようなものの知識や技術は全く無い。


「はあ? お前、やる気かよ。……あのなあ、俺達はお前をここから逃がす為に来たんだぜ?」


「……そうなのか?」


 危うく警戒心を解きかけたが、まずは冷静になれと自分を諭す。

 仮に、男の言葉が本当だとする。それならすぐにでも行動を開始しなければ、成功する確率は刻一刻と下がっていくだろう。

 だとしても、最低限の情報は提示して欲しい。


「ライエル、時間が惜しい。僕が話すよ」


 ヘクトルと呼ばれたもう一人も俺の目の前にやってくると、兜を脱いだ。

 身長は170ほどで、目の色は青。金色の短髪はよく切り揃えられていた。

 顔つきからして多分、俺よりは年下なのだろう。


「ヘクトル様、こいつまだ武器を……」


 ライエルの言葉を片手を上げただけで制止する。相当な身分なのかもしれない。


「初めまして、僕はヘクトル。リヒトブリック王国の第二王子だ。君の名前は?」


「あ、ああ。俺の名前は……ソウマだ」


 貴族どころか、王族だった。


 こんな所にわざわざ王族? 

 こういう時は、信頼出来る腹心なんかに任せるものじゃないのか?


 とにかく、色々と事情がありそうだ。


「ソウマというんだね、よろしく。さて、君もある程度説明が欲しいだろう。まずは座ろうか」


 そういうと王子はその場に胡座をかいた。俺も壁を背にして座る。


「はは、もっとこっちに近づいてきてくれ。大丈夫、絶対に君を傷付けたりしないよ。それと……よければ武器を渡してくれないかな? それがあると、ライエルが落ち着かないようだ」


「……それが仕事ですので」


「ああ、そうだね。いつもありがとう」


 主従関係はあっても軽口を言い合える仲という訳か。そして、それが許される実力もあるのだろう。


「分かった、今からそっちに行くよ。武器、というか木の枝はなるべくゆっくりした動作でそっちに渡せばいいのか?」


「はは、そうだね。そうしてもらえると助かるよ」


 俺はゆっくりと歩み寄り鉄格子の前で座ると、そっと右手を差し出した。ライエルが受け取るのだろう。


「うん、見事な木の枝だね。ありがとう」


 ところが王子がひょいと右手を伸ばし、木の枝を受け取ってしまった。

 そしてべきりとへし折ると、後ろに放り投げた。


「んなっ……ヘクトル様、どうか俺に仕事をさせて下さいよ……」


「ライエル、お前も座れ。男三人で腹を割って話そうじゃないか。もっとも……」


 王子は懐中時計を襟元から取り出すと首から外し、床に置いた。ライエルも王子の言葉に従い、胡座をかいた。


「10分だ。なるべく早く行動に移す必要がある。それで、何から聞きたい?」


 疑問は沢山あるが、まずはこれを聞いておくべきだろう。


「種馬の神能っていうのは忌み嫌われてるんだろ? なんで今更、俺をここから出すんだ?」


「それはね、使い方次第でとても大きな力になるからさ。君は自分の神能がどういうものか分かるかな?」


「……要するに、子供が生まれやすいってことなのか? この神能を持つ人間は」


「そうだ。我々が君に期待しているのはそこさ」


 いや、だとしてもだ。


「王位継承権が絡む問題なのか? でもさ、余計話がこじれないか? まさか俺の子供を王様にするって話じゃないよな?」


「将来的にはそういう可能性もあるが、目的はそこじゃない。君には僕の姉であるエリノア王女を、種馬の神能の力で子供を産める体にして欲しいのさ」


 王子の言葉に思考が中断させられた。言っている意味が分からない。


「……いやいや、おかしいだろ。そのエリノア王女っていうのは、多分病気か何かで子供を産むのが難しいってことだよな? じゃあ、無理じゃないか」


「おい。お前、名前はソウマだったか? さっきから言葉遣いが……」


「ライエル、黙っていろ。今はどうでもいいことだ」


 ライエルの怒りはごもっともだ。一応、こちらの気持ちを伝えておくべきか。


「あんたの気持ちは分かるよ。でもな、こっちの気持ちもちょっとは想像してみろよ? 文明の遅れた世界に無理矢理連れてこられて、仲間も三人自殺してる。その元凶である国の王族に敬意を持てなんて、そんなの無理だろ? 理性的に会話してやってるだけで、むしろこっちが感謝してもらいたいくらいだ」


 俺はライエルに鋭い視線を向ける。

 対するライエルは王族への忠誠心からくる怒りと、世間知らずのガキに対する侮蔑の視線で返答してきた。


「ソウマ、ひとまず今はそのままの言葉遣いで構わない。……ただ、次に会う時までには貴族や王族との接し方は覚えておいた方がいい。君や、君の友人の為にもね」


「……そうだな。ありがとう、ヘクトル王子」


 今後、この世界で生きていく為に必要なのは間違いない。

 だが、今は時間が限られている。言葉遣いはこのままでいかせてもらおう。


「ええと、何の話だったかな。……そうそう、姉の体の話か。まず、王位継承権の話から始めよう。現在、この国の国王には三人の子供がいる。第一王女のエリノア、第一王子のジークベルト、そしてこの僕、第二王子のヘクトルだ。ここまではいいかな?」


 俺は頷き、話の続きを促した。


「当然、次期国王はこの三人の中から選ぶことになる。でも父上……現国王はこれまでずっと誰を次の国王に指名するか、一度も言及した事がない。それは何故か? 公然の秘密だが、次期女王として期待している姉さんが子を産むのが難しい体だと医者に言われたからだ。そこで君の出番という訳だ」


「種馬の神能が人間の体そのものに影響を与えるってことか? 正に神の力だな」


「過去の書物を見ると、妊娠するのが難しいとされていた女が、種馬の神能を持つ男と交わることで、子供を産んだという記録がある。幸運な事につい最近、我が国の神柱石に反応があった。そしてその結果、種馬である君が召喚された。千載一遇の機会というやつさ」

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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