14話 竜の本質②
「ねえ、エリノア。君の狙いは分かるけど、今回の訪問はやっぱり唐突じゃないかな? 向こうにも、心の準備ってものがあるだろうし」
「そうね、カール。でも、こういうのはタイミングが全てよ。だからこそ、今こうして馬車を走らせているの」
私達は今、リヒトブリックからアドラーへ向かっている。
今回の件について、事前に連絡はしていない。
「カール義兄さん。姉さんは時々、とても大胆な行動をするんだ。僕は慣れているけど、あなたもそのうち慣れると思うよ」
「そうなのか、ヘクトル君……。やはり王族ともなると、その辺りの感覚が我々と違うんだね」
「いえ、カール様。姫様がちょっと変わっているだけかと」
馬車の中には、私と夫のカールと、ヘクトルとライエル。そして──
「いやあ、さすが我が雇い主様! このような大胆な策を用いるとは、私も驚きましたよ。これが上手くいけば、リヒトブリックにとっては大きな意味を持ちますし、 ルガール国王陛下も鼻が高いでしょうねえ」
ハンス・ベルネット。
私が雇った相談役の青年。他の貴族や王族の前ではかしこまっているけど、私達身内の前では途端に饒舌になる。
優秀な人物だし、今のところ特に問題はない。だから、彼の好きにさせている。
「まあ、ハンスの言う通り、とんでもない話ですよね。というか、あのジークベルト王子が了承したってのに驚きましたよ」
「そうね、ライエル。あの子も渋々ではあるけど、決断してくれたわ。本人にも利益がある話だもの」
『グウィネス女王と、弟ジークベルトの結婚』
私は父であるルガール国王に、そんな提案をした。
お父様は驚いていたけど、私が様々な利点を説明すると納得してくれた。
ひとまず国内は安定するし、何よりも──
「……あの、王女殿下。僕が我が儘を言ったせいで、窮屈な思いをさせて申し訳ありません」
「いいのよ、ユヅル。あなたがソウマと合流してくれれば、私としても安心だもの」
居心地が悪そうにしている彼──ユヅル・ハセガワは、少し前に私に対してマール連邦への亡命を願い出た。
ユヅルの神能は《医術》。
元々はジークベルトが彼を拾い上げ、手厚く保護していた。
ジークベルトとしては、彼のためを思って用意した環境だったのだろうし、ユヅルも最初のうちはその環境を受け入れていたそうだ。
ただ、しばらく経った頃から違和感を覚えるようになったという。
どこから手に入れたのか分からない、身元不明の遺体。
それらの”鮮度”が、徐々に上がっていく。
話してくれたのは、それくらい。
詳しいことは私も知らないし、ユヅルも語ろうとしなかった。
彼はそれを理由に、私に亡命を願った。
自分のした事と向き合い、マールでやり直したい──そういう事なのだと思う。
「ユヅル君、大丈夫だよ。マールには君の友人、スタリオン卿がいる。きっと力になってくれるはずさ」
「有り難うございます、カール子爵。……あいつ、向こうじゃ大人しかったのに。本当に尊敬するよ……」
「へえ、そうなのか? 俺からしてみりゃ、なんか気にくわない奴って感じだけどな」
「ライエル、それはあなたの接し方が間違っているだけよ」
馬車の中はちょっと賑やか過ぎるくらいだけど、今はこれくらいが丁度いい。
これから交渉を持ちかけるグウィネス女王は、一筋縄じゃいかない相手だから。
(……ねえ、ソウマ。私はあなたと同じくらい、頑張れてるかしら?)
窓の外を眺めながら、遠く離れた大切な友人の事を思った。
◇◇◇
アドラー帝国の帝都──ヴァルシュタット。
その帝都を一望できる高台に建つのが、アウレアヴィア宮殿。
私はいつものように、執務室で宰相ジェロームと共に書類仕事をこなしていた。
……でも、私はいまいち仕事に集中出来ないでいる。
「ねえ、ジェローム。ちょっと休憩しない?」
「……また、ですか? なんだか、ここ最近調子が優れないようですね」
「いやいや。マール連邦であんな目にあったのよ? はあ……殺されるかもって、本気で思ったわ」
「ええ、まあ……。ただ、それはそれとして、スタリオン卿とチーズの取引はしますけどね」
「……案外、図太いわよね。あなた」
私は書類を投げ出し、ソファーに腰掛けた。
ジェロームも仕事を諦めたようで、呼び鈴を鳴らして侍女に紅茶を頼んだ。
紅茶を待つ間、私は足を組み替えてジェロームを横目で見た。
「それで? ジェロームはあの会談、仕込みだったと思う?」
「当然、そうでしょうね。ご存じですか? 『グウィネス女王はフィオナ族長の力にを恐れ、会談の場から逃げ去った』。最近帝都では、このような噂が流れています」
「……エマのお友達の仕業ね、それは。三年前に召喚された子達は人畜無害だって報告を受けていたけど、活きのいい子もいたって事ね。活きのいいというか、性格の悪いというか……」
そんな噂が流れてしまえば、ボズウェル子爵と共に戦う兵達の士気は下がるし、兵力も落ちる。
ボズウェル家が負ける事は変わらないが、それでもマール側の亜人を幾らか減らして欲しいという狙いもあった。
これでは、ボズウェル側が圧倒的に不利になる。
「いっその事、約束を反故にして大軍で攻め、スタリオン卿を捕らえますか? 味方にしてしまえば、心強い存在かと」
「有り得ない。もしそんな事をすれば、マールとリヒトブリックだけでなく、パルティーヤも軍を起こす可能性が跳ね上がるわ。漁夫の利を狙って、ノヴァリスもちょっかいをかけてくる」
マールとリヒトブリックだけなら、なんとかなる。
問題はこの大陸の真ん中にある、中立国のパルティーヤだ。
彼らは商売だけでなく、自由という気風を維持する為に兵力の維持も欠かさない。
長年、大きな争いがなかった大陸なのだ。
我が国が軍事行動を起こしてしまうと、周りが過剰に反応する可能性は高い。
「《豊穣王》オーウェンの片腕、《お喋り好き》のシシリー。戦後のごたごたがあったとはいえ、更地になった大陸のど真ん中に中立国を築き上げる。全く……とんでもない置き土産を残してくれたわね」
シシリーがどんな神能を持っていたのかは分からない。
分かっているのは、スタリオン卿がオーウェンと同じ《種馬》の神能を持っているという事。
ならば当然、スタリオン卿も警戒すべき人物で間違いない。
「……陛下、敢えて申し上げます。我がアドラー帝国のこの状況──まさに”詰みかけて”いませんか?」
ジェロームの言葉に私は腕を組んでから、目を逸らした。
そんな事は分かっている。
何より厄介なのはスタリオン卿と、リヒトブリックの時期女王候補であるエリノア王女の関係。
まあ、その二人の噂にも色々と種類があるけれど。
「はあ……。夫が死んでから暫く隠遁生活をしていたけど、あっという間にこんな状況に陥るとはね。どう? ジェローム。ここから立て直せるかしら?」
「勿論、まだやりようはあります。ただその為には、一刻も早く陛下の権勢を取り戻す必要があるかと」
「ええ、それは私も理解しているわ。……まあこの際だから、仕方ない。その辺りは私が上手くやっておくから、ジェロームは国内の貴族の動きを注視していて。それと、これからは今まで以上にスタリオン卿の情報を集めて」
「……その辺りを陛下に任せるという事に不安を覚えますが、時間がありませんからね。心得ました」
ドアがノックされ、ようやく紅茶が運ばれてくる。
私達は茶菓子で糖分を補給した後、現状とこれからについて長い時間話し合った。
(若い子達が二人、張り切ってくれちゃって。……そろそろ、お姉さんとも遊んでもらうわよ?)
それから数日後、アドラー帝国に珍しい人物が訪れる。
目下の政敵のうちの一人、エリノア王女だった。
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