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13話 懐かしき級友、アドラー帝国の女王と共に④

 こうして私たちは、グラーネさんの屋敷に滞在することになった。

 すぐ隣に武田君の屋敷があったけど、そっちはまだ未完成らしい。


 私たちを護衛していた騎士たちは、マール大要塞から少し離れた所にテントを張って待機してもらっている。

 理由は、陛下がゆっくり過ごしたいから。


 屋敷の中で、すぐにクラスメイトと顔を合わせることが出来た。


「久し振りだね、いいんちょ……あっ、ごめん! ここじゃシノザキさんだね」


「うん、久し振り。 杉下君、なんかたくましくなった?」


 杉下君は、向こうだとよく武田君とつるんでいた。

 体型は変わってないけど、なんだか体の全身に筋肉が付いている感じ。


「あはは、そうかも。こっちに来てから、よくソウマと剣の稽古とかやってるから」


「へえ、そうなんだ。健康にも良さそうだし、凄いね」


 その後に続くように、佐久間君、矢島君、五十嵐君、竹内さん、西沢さん、片岡さんとも挨拶をしてから、軽く会話をした。


「シノザキさん、元気そうで良かった。ここでは私も料理してるから、滞在中は頑張っちゃうね」


「ありがとう、竹内さん。そういえば、料理が趣味だって言ってたもんね」


 一度だけ、竹内さんの手料理を食べたことがある。

 かなり美味しかったので、これはちょっと期待してしまう。


「やっほー、いいんちょ。いつもは離れたとこで生活してるけど、顔見せに来た」


「ややっ! シノザキ殿、久し振りですな。あ、私の喋り方はお気になさらず!」


「ふふっ、西沢さんは変わらないね。……片岡さんは、とりあえず久し振り……」


 女子の皆とは久し振りとはいえ、それなりに会話をすることが出来た。

 まだ私の方がぎこちないけど、暫くすれば大丈夫だと思う。


(……でも、再会を喜んでばかりじゃいられない。だって私がここに来たのは、もう一つ理由があるから)


 それに関して、焦る必要はない。皆ともう少し距離を縮めてから。

 

 そして夕刻、屋敷の広間で晩餐の席が設けられた。

 私たちが席に着くと、次々とお皿が運ばれてきた。


 この屋敷は侍女を雇っていないので、料理を担当しているピーターさんとカミラさん、竹内さんたちクラスメイトも運ぶのを手伝っている。

 その様子を見て、陛下やジェローム様が不思議そうな顔をしていた。


 最初はマールの郷土料理で、山羊のチーズを使ったスープ、香草を使って焼いた野鳥の肉、粗挽き麦のパン。


「まずはこの国で採れるもので、作らせた料理を。質素ではありますが、栄養価は高いかと。さあ、どうぞ召し上がって下さい」


 グラーネさんの説明を受け、私たちはナイフとフォークを手にした。


「……うん。素朴だけど、丁寧に調理されているのが分かるわ。美味しい」


 陛下はワインを飲みながら、楽しそうな笑みを浮かべている。


「ほお……確かにこれは素晴らしい。このような料理は食べ飽きたと思っていたけど、私の見識が浅かったようだ」


 ジェローム様も喜んでいる。

 私も食べているけど、確かに美味しい。食べ過ぎないように気を付けないと。


 色んな料理が運ばれてきたけど、その中でも変わったものが目を引いた。

 料理というか、おつまみ?


「これは……もしかして上に乗っているのは、スタリオン卿の燻製でしょうか?」


 ジェローム様の疑問に、武田君が答えた。


「はい、ウィンダル侯爵。本当は食後に出すべきなのでしょうが、これは我々が最近作ったものです。薄いビスケットに新製品のチーズを塗り、その上に塩気のある燻製を乗せてみました。お酒に合うと思いますので、是非」


 確かにこのチーズは、今までこの世界で食べてきたチーズとは違う。

 いわゆるクリームチーズのようなものを再現してみたのだろう。


 ジェローム様は興味津々という感じで、さっそく口に入れ頬張った。

 そしてそれをしばらく味わった後、ワインを飲んだ。


「……スタリオン卿。このチーズ、日持ちはしないだろう? 妥当な金額を支払うので、どうか作り方を教えてくれないだろうか」


「気に入って頂けましたか」


 くすりと笑って答えた武田君に、興奮気味のジェローム様が商談を始めた。


「これはチーズの革命だ! 是非、我が国でもこれを味わいたい。……金貨五百枚でどうだろう?」


「ええ、いいでしょう。商談成立です」


「ちょっと、ジェローム。せっかくみんなで楽しく食事してるのに、それは無いんじゃない?」


 陛下は怒ってるというわけではないけど、軽く注意するような口ぶりでジェローム様をたしなめている。


「うっ……。確かに、食事中に無粋でした。皆さん、申し訳……って、あれ? もしかして陛下、全部食べてしまったのですか!?」


「そうよ? だって、美味しかったし」


「ああ、もう少し食べたかったのに……」


 おつまみは、あっという間に無くなった。

 私も一つ食べたけど、確かにあれは止まらなくなってしまうのも分かる。


「ははっ。ウィンダル侯爵、そう落ち込まないで下さい。滞在中にまた、お作りしますので。商売の話は後で幾らでも」


 それからも色々な料理が出てきて、最後に出てきたのは──


「えっ……これ……」


「どうだ? シノザキ。こういうの、食べたいかなって」


 白いご飯に味噌汁、卵焼き、鯖の味噌煮、そして煮物だった。


「へえー。これがあなた達の国の料理ってわけね?」


「はい、グウィネス女王陛下。と言っても、お口に合うか心配なのですが……」


 武田君は申し訳なさそうな表情をしている。

 私は嬉しいけど、陛下とジェローム様は気に入ってくれるだろうか。


「さあ、エマ。君の為の料理なんだ、食べてみてくれ。……なるほど。その細い棒を使って、君たちは食事をするのかい?」


「あ、はい。これは『お箸』といいます。でも、お二人はフォークとスプーンでいいと思います。……それでは、お先に失礼しますね」


 私はまず、味噌汁が入ったお椀を手に取り、一口飲んだ。


(……はあー。これだ、これ。ていうか味噌をここまで再現出来てるの、凄くない?)


 多分、竹内さんがもの凄く頑張ったんだろう。


 私は次に、鯖の味噌煮に箸を伸ばした。

 口の中に懐かしい味が広がり、日本人としての魂が米を求め始めた。

 すかさず炊きたての白米を頬張ると、体の中を幸福感が駆け巡っていくのを実感した。


「あっ。皆さんも、どうか食べて下さい。……いやあ、やっぱり和食っていいなあ」


 私の言葉で、待ってましたとばかりにクラスメイトも食べ始めた。

 久し振りの本格的な和食なのか、とても嬉しそうだ。


「スタリオン卿。私は折角なので、その『箸』というものを使って食べてみたいと思う。どうやって持てばいいのだろう?」


「勿論、お教え致しましょう。いいですか? まず右手を……」


「私はフォークとスプーンにしようかしら。お箸はまた次の機会ね」


 マールに来てからの初めての食事は、とても楽しい時間だった。

 ……うん、来て良かった。ありがとう、武田君。みんな。




 次の日。


 陛下とジェローム様はグラーネさんと一緒に、マール国内の散策に出掛けていった。

 私はひとまず別行動。武田君と杉下君と一緒に、ある場所まで向かっている。


 少し離れた場所にあるらしいので、馬で向かう事になった。

 私は自分で馬に乗れないので、杉下君の後ろに乗せてもらっている。


「シノザキ、いいか? これから行く場所にお前の目的のモノがあるけど、他国にはあまり知られたくない。一応、内密にな」


「うん、分かってる。でも、神柱石は壊されて、水晶玉だけは残ってるんだね。私は助かるけどさ」


「大昔の事はよく分からないけどさ……神柱石は無理だけど、水晶玉は持ち運び出来るよね? なんとなく、嫌だったんじゃない?」


「ははっ。マモル、俺もそういう理由な気がするよ。水晶玉だけあっても意味が無いからな。戦争に負けた腹いせで、とりあえずムカつくから隠したって感じだと思う」


 私は武田君に対して、自分の神能や人能をしばらく確認してないなあ、みたいな話題を振った。

 すると武田君が、この国でもそれは可能だと言ってくれた。


 ただ私はその事に関して、事前に陛下とジェローム様から聞かされていた。

 確かに水晶玉が壊されたという記録が残っていないなら、そちらの方は現存していると考えるのが普通だろう。


『あなたの神能を使って、スタリオン卿が本当に望んでいるものを、そっと探ってちょうだい』


 これが、グウィネス女王陛下から私に対して課せられたお願い。

 命令ではないけれど……そのくらいは、やるべきだと思うから承諾した。


 私の神能である《娼婦》の能力──それは異性の肌に触れると、その相手が望んでいるものが分かるという力。

 幸いにもこの能力は、自分の意思で使う使わないを決める事が出来るのが救いではある。


 こんなこと、本人には言えない。

 私に優しくしてくれた武田君に対し、申し訳ない気持ちはある。

 だけど、それでもやると決めた。


 やがて、目的の場所に着いた。そこは古くて小さい神殿のようだった。

 私たちは馬から降りて、二頭を神殿の近くに繋いだ。


「さあ、着いたぞ。ここはウェヌスの神殿って呼ばれてるらしい」


「ウェヌスって……ヴィーナスってこと?」


「シノザキもそこは引っかかるよな? まあ、俺達みたいに召喚された”先輩達”が建てたのかもな」


「こういう場所、結構雰囲気があって好きなんだよねえ」


 私たちは世間話をしながら、内部に入っていった。

 外とは違い、微かにひんやりした空気。

 奥には古びているけど、よく磨かれた女神の像が安置してあった。


「さて、ここをこうすると……」


 武田君が壁の一部を押し込んだ。

 すると仕掛けが作動して、近くの壁がくるりと回った。


「……なんか、漫画とか映画みたい」


「ははっ、だよな。ここはグラーネの家が昔から管理していて、教えてもらったんだ。さあ、行こうか。マモル、ランタンに火を」


「うん」


 壁の先にあった階段を降りて、地下に向かった。

 扉があり、中に入るとそれはすぐに見つかった。


「あった。確かに、リヒトブリックとかアドラーで見た水晶玉と同じものね」


 台座に収められた、水晶玉。

 暗闇の中でもしっかりと存在感を放っている。


「マモル、ランタンで照らしてやれ。俺達は一応よそ見をして、水晶玉を見ないようにな」


「うん、そうだね。はい、シノザキさん」


「ありがとう、杉下君」


 私は水晶玉に手をかざした。

 すると直ぐに、この世界の文字が浮かび上がる。

 《娼婦》の能力に関しては、特に変わりないけど──


(ええと……《もの覚え》。一度見聞きしたものを忘れにくい。これが人能ってやつかな? いつの間にか覚えたみたいだけど、これは便利だ)


「うん、ありがとう。なんか《もの覚え》って人能を覚えてたみたい。二人は確認しなくて大丈夫?」


「ああ、俺達は少し前にやったからな。それじゃ、戻ろうか」


 一階に戻った後、私は深呼吸をした。

 さあ、本当の目的はここから。上手く出来るだろうか。


「……そういえば、二人は剣の稽古をずっとしてるんだよね? ちょっと、手の平とか触ってみてもいいかな?」


「え? うん、別にいいけど……」


 杉下君の手に触れる。

 確かに手の皮が厚くなっていて、タコが出来ている。


(……ふふっ。杉下君らしい望みだね)


 杉下君の望みは、『昨日の鯖の味噌煮をまた食べたい』だった。


「ありがとう、杉下君。……武田君も、いいかな?」


「ああ、構わないよ」


 武田君の手も、杉下君と同じように戦う人の手をしていた。

 けれど──


(……おかしい。神能を使ってるのに、何も見えない、聞こえない……?)


 まるで、空っぽの箱を空けたみたいだった。


「シノザキ、大丈夫か?」


「っ……あ、ううん。何でもない。二人とも、ありがとう」


「? そうか。んじゃまあ、屋敷に戻ろう」


「だね」


 神殿を出る前、誰にも見られないように、私は武田君の手にそっと紙切れを押し込んだ。彼はそれを開き、静かに頷いた。

 

 ひとまず屋敷に戻ることにした。

 後で正直に、陛下に報告するしかない。




 それからは皆と話したり、マールの中を観光したりと、ゆっくり過ごした。

 そして、アドラーに帰る日が近づいていたある日のこと。

 談話室で、陛下がふと口にした。


「ねえ、スタリオン卿。帰る前に、フィオナ族長に会えないかしら? 生きた伝説に、どうしても会ってみたいの」


 武田君は少し考えた後、言葉を慎重に選ぶようにして答えた。


「……分かりました。明日、会談の場を設けましょう。ただ、覚えておいて下さい。身の安全を、絶対に保証出来る訳ではないと」 

 ここまで読んでいただき、有り難うございます。


 もし宜しければ、ブックマークや星評価などして頂けたら小躍りして喜びます。

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